そういえばウチの地区、羊いるんですよ(信州新町 小寺)
2017年2月 9日 | 活動内容: |
皆さんこんにちは、信州新町の協力隊の小寺です。
インフルエンザが流行している今日この頃でありますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?私の方は特に風邪を引くことなく無事に仕事をさせてもらっています。健康第一、適度な運動を心がけましょう。
さて本日のテーマは地区の紹介ということで、今までにも地区のことをいくらか紹介した記憶もあるのですが、はてさて何にしたものか・・・・・・
そういえば今までにめん羊の紹介したこと無かったですね。多少触れることはありましたがしっかり話したことは無かったので、この機会に紹介しておきましょう。ちなみにめん子ちゃんとイケめぇんくんはサフォーク種で新町のキャラクターです。普段は新町所内に生息しています。
さて皆さんは羊といえばどのような姿をイメージするでしょう。白いふわふわのイメージを持っている方が多いことでしょう。もしかしたら今までにめん羊に関わったことがある方は頭と足の黒い羊を思いつくこともあるかと思います。信州新町のめん羊の歴史は昭和5年ごろからと記録されています。服の素材などとして羊毛の需要があったことがコリデール種やメリノー種の導入に起因しているとされており、養蚕業も盛んであったため養蚕で出た残渣を餌にしていたとの記録もあります。羊毛の採集とともに高齢化しためん羊の最終処理として食べた経緯から、ジンギスカンの文化が広がったとされています。このジンギスカンも肉の臭み対策の処理として、漬け込みのジンギスカンが主流となり、一般的にイメージするであろう北海道などのスタイルとは違ったものとなっています。
これはおそらく羊毛需要があった当時に飼われていたメリノー種ではないかと思われます。
さて話をめん羊に戻して昭和56年ごろから羊毛としての需要より、食肉としての需要を重視してサフォーク種の導入し今に至っています。一時期は4000頭ほどのめん羊ですが、現在では長野県は北海道に次いでめん羊の多い県に認定されてはいますが、頭数では1000頭を下回っています(新町だけでは400頭ほど)。ちなみに以外かもしれませんが、本州ではサフォーク種が一番多く飼育されており白い羊より割合的には多いのです。
そんなめん羊ですが一般的にどういった飼い方をされているかといいますと、繁殖用、食肉用で、また農家によって大きく異なる場合もありますが、繁殖用に関しては、春の毛刈りを行った後から放牧しているところがほとんどでしょう。長いところは雪が降るまでや分娩時期寸前まで外に出しているとも聞いています。8月のお盆過ぎから発情の季節ですので、オスを一緒にし、自然交配の形態をとり、1月から2月にかけて分娩を畜舎内で行うことが多いとされています。基本的に1頭の親からから1~2頭生まれるので、その子供をまた育てるか、売るというサイクルで1年間を廻します。
食肉用の場合は、畜舎内で生まれたときから肉として仕上がるまで過ごす場合と小さいころだけ放牧などを行い、仕上げの段階だけ畜舎で飼うケースに分けられます。新町の場合は基本的に前者でホゲットの段階で出荷するものと繁殖用で活躍していたものをマトンとして最終的に出荷する2つのパターンです。
観光牧場などでは見る機会がある羊ですが、国産のめん羊農家も少なくなっており生産量も牛や豚などには比べ物にもならないレベルです。そんな中でめん羊を扱っている信州新町のこの文化と生産基盤を維持または増産するために我々協力隊が現在も活動しています。
みなさんもよければこの新町に一度足を運んでいただければと思います。今の時期は分娩中でめん羊を見られる状態ではありませんが、また春には放牧する予定ですのでよろしければどうぞ。
では今回はこの辺でまた次回お会いいたしましょう。さようなら~