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No.480

田中

さん

ワイン生産者・「Signature K」代表

ソムリエから生産者へ。長野市初のワイナリーを目指して

文・写真 石井 妙子

軽井沢、東京、京都。各地のホテルやワインバーでソムリエとして経験を重ねてきた田中啓さんは2016年、ワイン生産者への転身を決意して出身地の長野市にUターンしました。現在は信更町でヴィンヤード(農場)「Signature K(シグニチャーケイ)」を営んでいます。2021年には、初のワイン「SIGNATURE K 2020」を発売。さらに、長野市初のワイナリー建設の計画も進行中です。
 

長野市でワイン作りの第一人者に

水田や蕎麦畑の中に集落が点在する、長野市信更町高野地区。気持ちのいい風が吹き抜ける斜面に、生命力にあふれたブドウの木が並んでいます。
 
「ブドウ栽培は風通しが大切。初めてここに来た時、風が気持ちよく吹いていたことも、ここを選んだ理由です」と田中さん。果樹は作業しやすい垣根状に仕立てられている
▲「ブドウ栽培は風通しが大切。初めてここに来た時、風が気持ちよく吹いていたことも、ここを選んだ理由です」と田中さん。果樹は作業しやすい垣根状に仕立てられている
 
長野県はこの10年ほどで個性豊かな小規模ワイナリーが増え、全国から注目を集めています。しかし意外にも、長野市内にワイナリーはありません。現在、田中さんはブドウを栽培して醸造工程のみ他のワイナリーに依頼する「委託醸造」という方法でワインを作りながら、長野市初のワイナリー立ち上げの計画を進めています。
 
初めてのワイン「SIGNATURE K 2020」は瞬く間に完売。白ワインだが、赤ワインに使うピノ・ノワールを10%混ぜた「混醸(こんじょう)」による珍しい味わい。エチケット(ワインのラベル)には産地である「Takano」の名が記されている
▲初めてのワイン「SIGNATURE K 2020」は瞬く間に完売。白ワインだが、赤ワインに使うピノ・ノワールを10%混ぜた「混醸(こんじょう)」による珍しい味わい。エチケット(ワインのラベル)には産地である「Takano」の名が記されている
 
県内でも東御市や小諸市はブドウ栽培に適した気候や土壌、広い土地を得やすいなど好条件が重なって、ワイナリーの新規参入が多い地域です。そうした人気地域ではなく長野市を選んだ理由は、田中さんにとって「地元だから」だけではありません。
 
「始めるならすでにワイナリーがたくさんある地域ではなく、長野市で第一人者になりたいという思いがありました。ここは標高730mで育てたい品種の栽培条件に合うし、近くにワイン用ブドウを栽培する先輩がいたのも安心で。この畑は、元そば畑なんです。土に堆肥が入っていない、自然な状態だったことも魅力でした。
 
後から分かったことですが、実は母方の先祖が信更町に住んでいたそうなんです。調べたら、お墓も見つけることができたんですよ。導かれたのかもしれませんね」

 
熟す前のピノ・ノワール。ここから徐々に水分が増して柔らかくなり、色も赤く変化していく
▲熟す前のピノ・ノワール。ここから徐々に水分が増して柔らかくなり、色も赤く変化していく
 
合計2100坪を数える畑では、白ブドウの代表的品種シャルドネと、赤ワインの王者ピノ・ノワールを栽培しています。土からブドウを育て、ワインを醸す。「ワインは農産物」という田中さんの言葉通り、その味わいは原料のブドウと深くつながっています。
 
「ワインは、『テロワール』と呼ばれる土地の個性を表現することを大切にします。この畑の気持ちのいい風も含めて、味わいとして表現できたら」
 
ピノ・ノワールを使ったフランス・ブルゴーニュ産のとあるワインとの出会いが、この世界に魅了されたきっかけ。ピノ・ノワールは栽培が難しいため現在は実験的に少量栽培しているが、これから面積を広げる予定だ
▲ピノ・ノワールを使ったフランス・ブルゴーニュ産のとあるワインとの出会いが、この世界に魅了されたきっかけ。ピノ・ノワールは栽培が難しいため現在は実験的に少量栽培しているが、これから面積を広げる予定だ
 

作り手に転向したい。背中を押した「千曲川ワインアカデミー」

かつてソムリエとして、「軽井沢ホテルブレストンコート」、東京の「ザ・リッツ・カールトン」、京都屈指のワイン専門店「ワイングロッサリー」のバーで10年以上のキャリアを重ねてきた田中さん。作り手への転身を決意して長野に戻ったのは、30代の終わりのこと。土からワインを作る醸造家の言葉に感銘を受けたことが、キャリア転換のきっかけになりました。
 
「フランスや日本、さまざまな生産者の話を聞くなかで『作る人の言葉の重みには絶対に勝てない』と感じるようになりました。ソムリエもワインの知識を学んでお客様に提供しますが、やはり作り手の言葉とは違うんですよね。そんな想いから、生産者への憧れがふつふつと湧き上がってきたんです」
 
ソムリエ時代の田中さん
▲ソムリエ時代の田中さん
 
いつかワインを作るなら、故郷の長野で。漠然と願望はあったものの、ワインの奥深さを知っているからこそ、ゼロから挑戦する難しさはよく分かっていました。さらに畑探しに起業、移住……。数々のハードルを前に「簡単にはできないだろう」という思いの方が強かったといいます。
 
そんな折、知人から「長野県の東御市で、ブドウ栽培からワイン醸造まで学べる講座が始まる」というニュースを聞きます。千曲川流域一帯に広がる産地「千曲川ワインバレー」の先駆者、玉村豊男さんが2015年に立ち上げた「千曲川ワインアカデミー」でした。
 
ブドウ栽培や醸造はもちろん、ワイナリー経営、農地取得から免許申請までのプロセス、資金調達、小規模ワイナリーのブランディングに至るまで凝縮して学べる内容。講師も全国の栽培醸造家や土壌研究者など、プロフェッショナル揃いです。
 
畑のある一帯はもともと「化石湖」と呼ばれた湖だった場所。恐竜の化石が出土したこともあるそう
▲畑のある一帯はもともと「化石湖」と呼ばれた湖だった場所。恐竜の化石が出土したこともあるそう
 
ここで一から学べば、ワイン作りができるかもしれない。「思い立ったら即行動」が信条の田中さんは、すぐに計画を立てました。
 
「当時の京都のワインバーの仕事はとても充実していて、常時10種ほどそろうグラスワインのセレクトをすべて任せてもらうなど、今につながることをたくさん学ばせてもらいました。恩人である社長に『長野に帰ってワインを作りたい』と相談したら、『応援するよ』と言ってくれて。今も当時の社長や同僚、常連のお客様は、ワインづくりを応援してくれています」
 
2016年にUターンし、千曲川ワインアカデミー第2期生として基本を習得。全国から集まる同期生には、のちに県内でワイナリーを始めた仲間もいます。起業後も相談したり切磋琢磨し合ったりできる横のつながりを得たことも、大きな財産でした。
 

ブドウ栽培の師匠、佐藤宗一さんとの出会い

さらなる実践的な経験が必要だと感じた田中さんはアカデミー修了後、高山村の「角藤農園」で住み込み修業を始めます。農場長の佐藤宗一さんはワイン用ブドウ栽培歴40年のカリスマ。国際ワインコンクールの受賞歴も多く、業界のトップランナーと呼ばれる存在でした。
 
「最初は勇気がなくて(笑)、『畑を見学させてください』と連絡したんです。お会いして話をする中で『実は、長野でワイン用ブドウを作りたいんです』と伝えたら、『おう、やれやれ!教えてやる!』と二つ返事で快諾してくれて。嬉しかったですね」
 
佐藤さんはよくこの畑にも足を運び、アドバイスしてくれたそう
▲佐藤さんはよくこの畑にも足を運び、アドバイスしてくれたそう
 
親子ほど歳が離れていますが、明るく好奇心旺盛な佐藤さんと生活を共にしながら学んだ日々は今も田中さんの宝。吸収したことは農業にとどまりません。
 
「毎晩一緒に飲みながら、いろいろな話をしました。佐藤さんはビール党でしたけど(笑)。広い知識と好奇心を持った方で『農業だけじゃダメだぞ。宇宙の勉強もしろ』と言われたりして」
 
畑を決めるときも佐藤さんに現地を見てもらい、垣根の向きなどを相談しました。植えたばかりの苗木が弱ってピンチだった時も、助けてくれたのは佐藤さん。
 
「佐藤さんの助言通りにしたら、ちゃんと復活したんです。この畑にも、何度も足を運んでくれました。佐藤さんに教えてもらったことを、今もすべて守っています。私にとって最大の師匠です」
 
しかし2021年夏、突然届いた佐藤さんの訃報。もう会うことは叶いませんが、亡くなる3カ月前、初めて完成したワインを持って佐藤さんの家を訪ね、一緒に飲んだ夜は大切な思い出です。
 
「『きれいにできてるけど、まだまだだな。60点!』って。普段はビールばかり飲んでいますけど(笑)、ワインに対して一番厳しい感想をくれる方でした。ありがたかった。いつか、佐藤さんに『100点!』と言ってもらいたかったですね」
 
苗木の時に佐藤さんに助けてもらって以来、大きな病気もなく健やかに育っているブドウ
▲苗木の時に佐藤さんに助けてもらって以来、大きな病気もなく健やかに育っているブドウ
 

多様なワイナリーの哲学に触れる

一言で醸造と言っても、ワイン作りにはさまざまな考え方と手法があります。房を潰すのか濾過するのか、どの酵母を使って発酵させるか、亜硫酸をどの段階で加えるのか……。だからこそ、ワインの味は千差万別なのです。
 
アカデミー修了後、高山村の「信州たかやまワイナリー」で3年間働きながらワイン作りを学んだ田中さんは、「違うワイン作りも見てみたい」とはるばる北海道へ。岩見沢市のワイナリー「10R(トアール)」で住み込み修業を経験しました。
 
「亜硫酸を使わないナチュールワインを作るワイナリーで、カリスマ的なアメリカ人醸造家の方がいるんです。信州たかやまワイナリーが王道のワインだとしたら、10Rは真逆の個性派ワイン。醸造家にワンシーズン張り付きで勉強しましたが、新鮮でしたね。徹底した衛生管理から何から、それまで見てきたワイン作りとは哲学が違う。『こんなやり方もあるんだ』と思いました」
 
「信州たかやまワイナリー」での仕込み作業(写真提供:SIGNATURE K)(2018/9/9のFacebookより)
▲「信州たかやまワイナリー」での仕込み作業(写真提供:SIGNATURE K)(2018/9/9のFacebookより)
 
10Rで刺激を受けた一つが、収穫後の徹底した選果でした。病気や害虫に侵された実や、まだ熟していない「未熟果」を丁寧に選り分けることで、ワインの味わいがより研ぎ澄まされるのです。
 
「選果台に載せた大量のブドウを、10人ぐらいで一斉にチェックするんです。一般的なワイン作りより遥かに手間をかけていて、意識が違う。自分が長野で作るワインもそれぐらい手間をかけて、ブランドの個性にしたいと思うようになりました」
 
2020年の「Signature K」の初収穫は、ワイン愛好者や地域の人など約30人のボランティアの協力を得て、田中さん自身は選果に専念。収穫した果実を複数回チェックし、虫害の疑いがあるものはその場でカットして断面を確認するなど、品質の良くないブドウを徹底的に排除しました。
 
初心者だからこそさまざまなワイナリーの哲学を吸収し、自分なりに消化して表現する。そうして作った初のワインは、自身としても合格点の出来ばえに。完成を心待ちにしてくれていたソムリエ時代の仕事仲間や友人に「おいしいよ」と評価されたことも、大きな自信になりました。
 
2020年、田中さんのヴィンヤードで初の収穫。信更町や隣の大岡村から多くのボランティアが集まった(写真提供:Signature K)
▲2020年、田中さんのヴィンヤードで初の収穫。信更町や隣の大岡村から多くのボランティアが集まった(写真提供:Signature K)
 
収穫時期の熟したシャルドネ。水分をたっぷりと蓄え、種が透けて見えるほど(写真提供:Signature K)
▲収穫時期の熟したシャルドネ。水分をたっぷりと蓄え、種が透けて見えるほど(写真提供:Signature K)
 
作り手を目指して7年目の今も、学びを続ける田中さん。2019年からは、中野市の「たかやしろファーム&ワイナリー」でベテラン醸造家の池田健二郎さんに師事しています。自身のワインも、池田さんの助言を得ながら「たかやしろファーム&ワイナリー」に醸造を委託しています。
 

飲んだ人を喜ばせる「日本一のワイン」を目指したい

2022年11月には第2弾のワインが発売予定。ブドウ畑は、もうすぐ3回目の収穫を迎えます。年々、ブドウの品質が良くなっている手応えを感じるそう。
 
「品質を高めなければ、自分の中で納得できないんです。やるからには、日本で一番いいワインを作りたい。例えば『去年は風通しを良くするために葉っぱをたくさん取ったけど光合成が弱まってしまったから、今年は控えめに』など反省点を挙げ、翌年に活かしています」
 
畑には植えたばかりの苗木も。夏は茂りすぎた葉をこまめにむしって風通しをよくするほか、雑草との戦いも続く
▲畑には植えたばかりの苗木も。夏は茂りすぎた葉をこまめにむしって風通しをよくするほか、雑草との戦いも続く
 
「ワインが完成した瞬間よりも、お世話になった人たちが飲んでくれた時、完成を喜んでくれた時が嬉しかった」と田中さん。最初のワインを味わってくれた師匠の佐藤さん、京都時代にお世話になった社長や常連のお客様、ホテル時代の先輩、修業先の醸造所の方々。接客業の時代から「人を喜ばせたい」という想いが原点にある、田中さんらしい言葉です。
 
目指すのは、グラスに注いだ瞬間から香りで幸福感を感じるワイン。ホテルやワインバーでソムリエとして提供してきた経験から、「飲む空間によってワインの味わいは変わる」と熟知しているからこそ、さまざまな空間で楽しめるワインを作りたいと話します。
 
これから長野市でワイナリーを創設し、新しいワイン文化を見せてくれることでしょう。その姿が楽しみです。
 
飲んだ人を喜ばせる「日本一のワイン」を目指したい
 

(2022/08/31掲載)

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会える場所 Signature K(シグニチャーケイ)

電話
ホームページ https://www.facebook.com/kei.tanaka.52

※ホームページは、田中 啓さんFacebookページ。ワインの発売情報などはここで告知
メールアドレス geomet7@gmail.com

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