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No.483

博仁さん・琴美さん

「中華蕎麦 ほし乃」「麺道 麒麟児」

ゼロから生み出さないとつまらない。行列必至の人気店の現在とこれから

文・写真 島田 浩美

国民食としてすっかり定着し、いまや海外でも右肩上がりの人気を誇るラーメン。趣向を凝らした一杯を提供する高級路線の店も増え、その可能性はどんどん広がっています。そんな時代を牽引し、名店ひしめく長野県のラーメン業界で一目置かれる存在となっているのが、県内屈指の実力店「中華蕎麦 ほし乃」と、その1号店である「麺道 麒麟児(きりんじ)」。代表の星 博仁さんは「鶏清湯(とりちんたん)」という人気ジャンルをいち早く長野県に普及させた第一人者であり、妻の琴美さんと二人三脚で店を切り盛りしつつ、調理人として、経営者として、さらには後進を育てる業界のカリスマ的リーダーとして手腕を発揮しています。
 

並んででも食べる価値あり。行列の先にある絶品ラーメン

長野駅から徒歩5分ほどの場所にある、南石堂町商店街駐車場の入口。小さな店舗の脇に、季節を問わず長蛇の列が見られるのが「中華蕎麦 ほし乃」(以下「ほし乃」)の昼どきの日常風景です。
 
一方、その行列が次々と進み、回転が早いのもこの店ならでは。琴美さんが厨房脇の小窓から先に注文を取り、着席と同時に博仁さんによる作りたてのラーメンが提供される手際のよさも魅力で、ストレスなく並ぶことができます。
 
長野駅から徒歩5分ほどの場所にある、南石堂町商店街駐車場の入口。小さな店舗の脇に、季節を問わず長蛇の列が見られるのが「中華蕎麦 ほし乃」(以下「ほし乃」)の昼どきの日常風景です。
 
割烹のような風情の暖簾をくぐり、扉を開けるとまず驚くのは、外観からは想像できないほど整然とした、洗練された雰囲気。白木のカウンターに、席数は全9席のみ。客が騒音を気にしないようにと厨房には食洗機を導入しておらず、音楽が流れる静かな空間に適度な緊張感が漂うのも、大衆的なラーメン店とは一線を画しています。
 
白木のカウンターに、席数は全9席のみ。客が騒音を気にしないようにと厨房には食洗機を導入しておらず、音楽が流れる静かな空間に適度な緊張感が漂うのも、大衆的なラーメン店とは一線を画しています。
 
そしてなにより、オープンキッチンで繰り広げられる博仁さんのライブパフォーマンスのような職人技が見事。無駄のないスマートな動きで一杯ずつ丁寧に盛り付ける姿に思わず目を奪われ、セッティングされた紙製のプレースマットの上に提供されるラーメンのビジュアルがまた美しい。早く食べたいのに、なんだか食べるのがもったいないような不思議な感覚にも包まれます。
 
そしてなにより、オープンキッチンで繰り広げられる博仁さんのライブパフォーマンスのような職人技が見事。
 
「“ラーメンライブキッチン”のように、作業をしている手元を見せる設計はもともと考えていたものです。行列はお客さんの時間を消費しますし、行列ができているのは店主の手が遅いせいだとも思われたくない。圧倒的にやりたいと思っています」(博仁さん)
 
その言葉からは、ただおいしいだけでなく、接客から提供までのパフォーマンス、空間づくりまで、他を寄せ付けないレベルを追求したいという気概が感じられます。
 
パフォーマンスが眼の前で見られることで、小さな子どもも静かに提供を待っているのだそう
▲パフォーマンスが眼の前で見られることで、小さな子どもも静かに提供を待っているのだそう
 
基本のメニューは「醤油蕎麦(1,000円)」。信州産地鶏と名古屋コーチンのガラと水だけで取った、濁りのない透明な自慢の清湯スープがベースで、かえし(タレ)に四年熟成再仕込み醤油を使った芳醇な香りの「熟成醤油蕎麦(1,100円)」や、塩ダレに白醤油を加えて奥行きある味わいを表現した「白醤油蕎麦(1,000円)」などもあります。
 
鶏の旨みだけを丁寧に抽出した清湯スープの「醤油蕎麦」
▲鶏の旨みだけを丁寧に抽出した清湯スープの「醤油蕎麦」
 
スープからは鶏の香りが豊かに感じられ、鶏油が効いたコクと深みのある上品な味わい。ツルツルと滑らかで歯切れのよい自家製の中細ストレート麺がよく合います。
 
スープからは鶏の香りが豊かに感じられ、鶏油が効いたコクと深みのある上品な味わい。ツルツルと滑らかで歯切れのよい自家製の中細ストレート麺がよく合います。
 
隠し味のように添えられた信州産えのき茸のなめ茸もポイント。七味唐辛子が混ぜ込まれており、食べ進めるごとに、なめ茸のとろみによってスープに山椒など七味の風味が溶け出して味わいや香りに変化をもたらします。最後の一滴まで飲み干したくなる奥深さで、一杯でフルコースを味わったような満足感。ここがラーメン店であることを忘れてしまうほどです。
 
麺の追加の替え玉にはトリュフソースを和えた「トリュフ和え玉(250円)」も。ほかに変わり種や限定メニューも揃う
▲麺の追加の替え玉にはトリュフソースを和えた「トリュフ和え玉(250円)」も。ほかに変わり種や限定メニューも揃う
 
さらに、ラーメンにトッピングされた3種類のチャーシューがこれまた絶品。真空低温調理をした豚肩ロース肉や鶏もも肉のレアチャーシューなど、それぞれの肉の旨みを楽しむことができます。このレアチャーシューを長野県内でいち早くラーメンに取り入れたのも、夫妻が2011年に開業した「麺道 麒麟児」(以下「麒麟児」)でした。
 
各ラーメンには別皿に追加のチャーシューと味つけ卵が盛られた「特製」バージョン(プラス300円)も
▲各ラーメンには別皿に追加のチャーシューと味つけ卵が盛られた「特製」バージョン(プラス300円)も
 

新潟や栃木のラーメン激戦の地で腕を磨き、先駆的な開拓で長野の人気店に

博仁さんは「五大ラーメン」で知られるご当地ラーメンの激戦区・新潟県出身。長野県民以上に日常的にラーメンを食べる文化が根付く地で、子どもの頃から地元・長岡市の「長岡生姜醤油ラーメン」を食べて育ったといいます。
 
市内の大学に進学後は、豚の背脂を浮かせた「燕三条背脂ラーメン」の人気チェーン店でアルバイトを開始。「頼まれたので何となく始めた」そうですが、席数が100席もある大型店で1日400~500食を提供するうちに、次第に接客も調理も技術が磨かれていきました。結果、責任ある仕事も任されるようになり、本格的にラーメン業界へ。店長に就任後は社員の育成にも注力し、最終的に店の数を9店舗まで増やしたといいます。
 
こうしてラーメン店の手応えと料理人としての魅力を感じ、28歳だった2003年に独立を決意。「できあがったマーケットに入っていくのが嫌」との考えで、関東圏に出店しようと、長岡市と人口の規模感が似ていて周辺に友人も暮らしていた栃木県小山市で背脂系のラーメン店を開業しました。
 
「自由がない状況は嫌なので、ゼロから店をつくっていった」と話す博仁さん。「1から100は誰でもできるが、ゼロから1を生み出すのが重要」と語る
▲「自由がない状況は嫌なので、ゼロから店をつくっていった」と話す博仁さん。「1から100は誰でもできるが、ゼロから1を生み出すのが重要」と語る
 
ところが、栃木県はご当地の「佐野ラーメン」や、隣県・福島県の「白河ラーメン」「喜多方らーめん」など、基本的に醤油の色が薄いあっさりスープと多加水麺のラーメンが根付くエリア。黒い醤油に太麺を使ったこってり濃厚な背脂系は真逆だったことから、最初はかなり苦戦したそうです。
 
「新潟ではご当地ラーメンの背脂系は何もしなくてもお客さんが来てくれましたが、馴染みのない栃木での独立は、ランチから深夜まで休みなく働いても、出るのは1日60食程度。そこで初めてラーメンを真面目に勉強しようと思いました」(博仁さん)
 
「新潟ではご当地ラーメンの背脂系は何もしなくてもお客さんが来てくれましたが、馴染みのない栃木での独立は、ランチから深夜まで休みなく働いても、出るのは1日60食程度。そこで初めてラーメンを真面目に勉強しようと思いました」(博仁さん)
 
とにかく大切にしたのは、作り手の方針を基準にしたプロダクトアウトの考えを軸に据えながらも「お客さん優先」の思いです。
 
「当時は『これしか作れない』という傲慢な店主も多くいましたが、食べるのはお客さんなので『郷に入っては郷に従え』。その土地で受け入れられなければ何をやっても無駄なので、背脂系をベースにしつつも、地元の人に合う味わいを追求していきました。知名度は年数を重ねないと高くならないからこそ、営業を継続して信頼を高めていくほかありませんでした」(博仁さん)
 
こうしてゼロからスタートした店は、ラーメンと顧客に真摯に向き合う博仁さんの努力と進化で、少しずつながらも着実に売上を伸ばすように。また、背脂系以外に現在のルーツとなる淡麗系などの限定ラーメンも提供。インターネットも普及していない時代、その評判は口コミで広がりました。そして8年間の間に県内外に支店を増やし、小山市を代表する人気店へと成長したのです。
 
琴美さんとは栃木時代に出会って結婚
▲琴美さんとは栃木時代に出会って結婚
 
2010年には、博仁さんの両親が長岡市から新潟県妙高市に移り住むことになったことを機に、35歳で店の経営を退き、妙高市からほど近い長野市に移住。翌年、当時、長野県内で誰も手がけていなかった鶏清湯スープの淡麗系ラーメンとレアチャーシューを提供する「麒麟児」を長野市栗田にオープンすると、瞬く間に行列のできる人気店へと駆け上がりました。
 
「鶏清湯系は長野になかったのでいけると思っていました」と博仁さん
▲「鶏清湯系は長野になかったのでいけると思っていました」と博仁さん
 
「麒麟児」は2011年、東日本大震災の翌々日に開店。自粛ムードが漂うなかでのオープンだったが、無料麺の提供など話題性のある取り組みでも人気を集め、栗田での最終営業日は60人もの行列ができた
▲「麒麟児」は2011年、東日本大震災の翌々日に開店。自粛ムードが漂うなかでのオープンだったが、無料麺の提供など話題性のある取り組みでも人気を集め、栗田での最終営業日は60人もの行列ができた
 

若手を育てつつ、長野県を代表するラーメン店を全国に発信

2013年には、土地の区画整理に伴って「麒麟児」を長野市郊外の川中島に移転。より広い店舗になり、老若男女、誰でも安心して食べられる一杯を提供する店として、ファミリー層の人気も高めていきました。
 
北信運転免許センター前の元とんかつ店の建物を生かした現在の「麒麟児」
▲北信運転免許センター前の元とんかつ店の建物を生かした現在の「麒麟児」
 
大量の地鶏と鴨のガラを使って丁寧に煮出した淡麗スープが自慢の「麒麟児」の中華そば。当初から提供している替え玉式も当時は珍しかった
▲大量の地鶏と鴨のガラを使って丁寧に煮出した淡麗スープが自慢の「麒麟児」の中華そば。当初から提供している替え玉式も当時は珍しかった
 
その間、独立を希望する若手の職人たちを育てて開業も支援。不動の人気店となった「麒麟児」を任せる従業員も育成しました。
 
そして2019年、さらに夫婦で自由かつ柔軟に営業できる店を求め、長野駅近くに「ほし乃」をオープン。これまた県内では異彩を放つ高級食材を使ったスタイルで話題を集め、現在の地位を確立したのです。
 
そして2019年、さらに夫婦で自由かつ柔軟に営業できる店を求め、長野駅近くに「ほし乃」をオープン。これまた県内では異彩を放つ高級食材を使ったスタイルで話題を集め、現在の地位を確立したのです。
 
そんな「ほし乃」には、基本のメニューのほかに、ノドグロや松茸、ハモやウニ、あん肝など、常識を覆すような個性的な食材を使った限定メニューにも熱狂的なファンが多数。特に2020年以降のコロナ禍では、ホテルやレストランの営業自粛によって和牛などの希少な食材を卸せなくなった業者から仕入れ、普段では作れないような贅を尽くしたメニューを作るなど、コロナという逆境も楽しんでいます。
 
栃木時代に限定ラーメンを多く手がけ、レシピのストックは膨大にあることから、味見をせずともさまざまな食材の組み合わせで新メニューを生み出せるのだそう
▲栃木時代に限定ラーメンを多く手がけ、レシピのストックは膨大にあることから、味見をせずともさまざまな食材の組み合わせで新メニューを生み出せるのだそう
 
サイドメニューの「信州和牛お肉ごはん(1,000円)」も好評
▲サイドメニューの「信州和牛お肉ごはん(1,000円)」も好評
 
「飽き性なので限定メニューでいろいろ出せるのが楽しいですし、週休二日でランチのみの営業ができるのも、夫婦だけでやっているから。老舗の店はスタイルを変えられないけど、開店10年未満の店は好き放題できます。そんなふざけた店が長野市に一軒くらいあってもいいんじゃないかな(笑)」(博仁さん)
 
「コロナ禍でテイクアウトや通販をやったのも楽しかったですね」(琴美さん)
 
こんなふうに気楽に話すふたりですが、「外観で期待値を下げ、入店時の美しさとサービスで期待を上回る価値を提供して感動を生む」「初期投資をかけず、食材は高級なものを」「平日80食、土日は90食分と提供数を定めてしっかり数え、手数を減らして毎日使い切り、ロスを徹底的に減らす」といったように、「ほし乃」にはこれまで培った経営のノウハウが詰まっています。
 
長らく空いていた古い建物を改修。内装は天井や壁も張り直したという
▲長らく空いていた古い建物を改修。内装は天井や壁も張り直したという
 
紙製のプレースマットを敷くのも、スマホで気軽に写真を撮る時代だからこそ、撮影後にどの店のラーメンかひと目でわかるように考えたそう。写真は限定メニュー「雲丹(ウニ)と帆立の濃厚中華蕎麦」
▲紙製のプレースマットを敷くのも、スマホで気軽に写真を撮る時代だからこそ、撮影後にどの店のラーメンかひと目でわかるように考えたそう。写真は限定メニュー「雲丹(ウニ)と帆立の濃厚中華蕎麦」
 
また、高級路線を突き進む背景には「ラーメンの食文化を高めていきたい」というふたりの願いも込められています。
 
「やはり庶民的なイメージがあるラーメンは、蕎麦やパスタの価格には勝てません。でも、値段を上げていかないと若い人が目指す業界にならない。だからこそ、自分が悪者になってでも高価格帯のラーメンを提供して、これから開業する人に向けての収益モデルや道筋をつくっていきたい。値付けは自分たちの自由ですし、高価でも適正価格ならお客さんは来てくれるはず。それに、仕入れ値が高いお店には良いお客さんがついてくれます」(博仁さん)
 
「昨年からは客単価2,000円を意識し、何を提供すればお客さんが納得してくれるかを常に考えている」のだとか
▲「昨年からは客単価2,000円を意識し、何を提供すればお客さんが納得してくれるかを常に考えている」のだとか
 
若手の独立支援に力を注いでいるのも、こうした思いのもと。これまで独立開業した弟子たちは、いずれも博仁さん・琴美さん夫妻と一緒に住み、ラーメンの作り方だけでなく、貯金の仕方や融資の受け方などまで学んだとか。開業時は物件や図面などもふたりが確認し、開業後もお互いに情報交換をして、研修旅行なども皆で一緒に行っているそうです。
 
これまで育てた弟子の皆さんと
▲これまで育てた弟子の皆さんと
 
このように丁寧に人材を育てているからこそ、弟子たちが開いたラーメン店はいずれも繁盛店として成長。たとえば、2023年1月版の「長野県で人気のラーメン店」ランキング(ねとらぼ調査隊)1位の「中華蕎麦 ほし乃」に次ぐ2位の「麺道千鶏(上田市)」や9位の「中華そば 醤縁」の店主は、かつて夫妻のもとで修業を積みました。
 
さらに県外に目を向けると、ミシュランガイドのビブグルマンにも選ばれた長岡市の「麺の風祥気」や新潟市の「中華蕎麦 采ノ芽」、栃木県小山市の「麺童 豊香」、現在はドイツ・ベルリンで活躍する「Life Berlin」のラーメン職人などもふたりが育てたそうです。
 
「やはり飲食店は、味のクオリティは高くても最終的に作るのは人なので、人材教育が一番。そこは、これからも大切にしていきたいですね」(博仁さん)
 
そんなふたりに今後の展望を尋ねると、「これからは若手世代の時代なので、プレイヤーとしては引退かな。そのぶん、プロデュース業や食材卸業にも力を入れていきたい」との答えが。
 
そんなふたりに今後の展望を尋ねると、「これからは若手世代の時代なので、プレイヤーとしては引退かな。そのぶん、プロデュース業や食材卸業にも力を入れていきたい」との答えが。
 
「そばやうどんと違ってラーメンはまだまだ未完成なので、コロナが開けたら、きっと以前とはまた違った世界が広がっていくのがラーメンの面白さです。だからこそ若手は独立させ、独立を希望しない社員は将来もできるだけ長く働けるようにしないと。そのためにも『麒麟児』のように透き通ったスープの淡麗系は珍しくなくなってきているので、次はどうしようか。かつての煮豚や焼豚に戻るネオ・クラシック系もアリかもしれません。そんなことを考えながら、ゆくゆくは若手が活躍する『麒麟児』を、長野県を代表するラーメン店として全国に発信していきたいですね」(博仁さん)
 
まだまだ進化の過程にあるラーメン業界。そんななかで独自の発展を遂げる博仁さん・琴美さん夫妻の魅惑のラーメン・ワールドに、今後も期待せずにはいられません。
 

(2023/03/13掲載)

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会える場所 中華蕎麦 ほし乃
長野市南石堂町1466
電話
ホームページ https://twitter.com/cksb_hoshino

営業時間:11時~14時(売り切れ次第閉店)
定休日:月・火曜

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