No.477
大島
陽介さん
旨い肴と炭火の店 ひょっとこ 店主
仕事帰りに気軽に一杯! コロナ禍開業の苦境も乗り越えた魅力的な店づくり
文・写真 島田 浩美
2020年5月、新型コロナウイルスの影響により、多くの飲食店が休業や時短営業を余儀なくされました。そんななか、長野市権堂界隈にオープンした「旨い肴と炭火の店 ひょっとこ」。コロナ禍のピンチを前向きに捉え、焼き鳥を主軸とした気軽に楽しめるメニューで、サラリーマン世代を中心に幅広い人気を集めています。
味わい深い炭火焼き鳥と一品料理、厳選の日本酒や焼酎も自慢
長野大通りから一本東へ。飲み屋街が続く長野市権堂周辺から少し外れに位置する「ひょっとこ」の店内には炭火焼きのいい香りが漂います。焼き鳥は1本から注文でき、180円~と手頃な価格設定。カウンター席とテーブル席があり、一人でもグループでも楽しめます。
目を引くのは、店内をぐるりと囲むように壁に貼られた木札。客の名前がずらりと並び、常連に愛されている様子が伝わってきます。
▲客が思い思いに名前やニックネームを書くスタイルの「木札会員」にはさまざまな特典が。店の情報発信はSNSのみだが、評判を聞きつけて幅広い世代が訪れている
炭火による絶妙な火加減で焼き上げられた焼き鳥は、とにかく香ばしくてジューシー。強い火力でガスより火が通るのが早いため、素材の旨みや水分を逃さず、表面はパリッと、中はフワッと仕上がります。食べた時にほんのり漂う燻煙の香りもまた魅力。ほどよい塩気と脂、弾力も旨みを引き立て、ビールやサワーとの相性抜群です。
信州福味鶏を使ったもも肉やねぎま、とりかわなどの定番のほか、さっと炙ってトロっとした食感を生かした「白れば(白レバー)」など、ちょっと珍しい部位も。一品料理も、ポテトサラダや枝豆など居酒屋の定番メニューから、新鮮なレバーを使った「炙りレバー」といった肉好き・酒好きにはたまらないメニューまで、豊富に揃います。
▲通常のレバーより脂肪分が多い「白れば」。脂の乗った肝臓はとろける食感でほどよい甘みがあり、レバーが苦手な人でも食べやすい
▲新鮮な馬肉(桜肉)を使った「桜ユッケ」は、甘味があってクセのない馬肉に濃厚ピリ辛タレがよく合う
人気は、その日の朝に締めた新鮮な豚タンを低温調理で火入れし、ニンニクとごま油のタレで味わう「タン刺し」。コリコリとした食感がたまらない、店主自信の一品です。
▲ネギをたっぷりかけた「タン塩ネギまみれ」も好評
日本酒の品揃えも自慢。特に、入手困難な銘柄として名高い秋田の銘酒「新政(あらまさ)」が飲める店は、なかなかありません。特約店の酒屋が信頼している店にしか卸さず、50~60軒が入荷待ちだと言われていますが、コロナ禍開業の努力の成果と焼き鳥の評判が後押しになったのか、取引ができるようになったと言います。
このほか、なかなか見かけない珍しい銘酒が週替わりの頻度で入れ替わり、焼酎もユニークなラインアップです。
▲一般には流通しておらず、国内外の日本酒ファンから熱狂的な支持を集める「新政」
長年の経験で得た“売れる店づくり”を糧に、子育てのために移住した長野で開業
店主の大島陽介さんは、飲食業一筋15年。神奈川県出身で、居酒屋の厨房アルバイトからこの業界に入り、大衆酒場やダイニングバーなどを展開する東京本社の会社では、10年間の勤務のなかでエリアマネージャーも務めました。
「商品開発部として新店舗を立ち上げたり、調理の経験を生かして新商品を開発したり。ただ、チェーン店でアルバイトでも作れる料理を考えると、どうしても簡単なメニューになってしまう。自分が成長してお店をやりたいと思う気持ちが出てくると『これはどうなんだ』と疑問も感じるようになっていました」
▲もともと手先が器用で、調理も好きだったという大島さん
ちょうどその頃、会社では大阪や名古屋など、東京圏以外の都市にも出店を広げ、次第に地方にも目を向けるようになっていたそう。
「やはり東京周辺よりも安く出店できると知ることができたのは、エリアマネージャーという立ち位置にいたからこそでした。個人で店を開くなら、地方であればハードルが下がるなという気づきがありました」
そんな大島さんが長野に移住したきっかけは、子育てです。結婚し、子どもが生まれたのを機に、妻の実家がある長野への移住を決めました。
「子どもを育てるには、自然が豊かで子どもの遊び場も多い地方のほうがいいなと思ったんです。お店をやりたい思いもありましたが、まずは長野市の飲食店でしばらく働いてから独立を考えようと思いました」
こうして2017年、飲食展開をする長野市の会社に就職。1年目はこれまでの経験を生かしてサンドイッチ事業の新規立ち上げを担当し、店長としてメニュー開発に取り組みました。経営数値の把握や管理などに長けていたことから、利益が上がる仕組みを考え、業績は上々。そこで2年目は同社が経営する温泉施設の飲食店のメニューの見直しを任され、そこでも手腕を発揮しました。
同時に、独立のための物件探しも並行して行い、見つけたのが現在の店舗です。2年ほど空いていた元ラーメン屋の建物で、厨房の機材が残っており、状態もよく、居抜きのまま使いやすいことが決め手でした。以前から気にかけていた物件でしたが、不動産屋から「ほかにもこの場所での開業を狙っている人がいる」と聞いたことで退社と独立を決意。奇しくも未知の新型コロナウイルスが流行をはじめた2020年3月頃のことでした。
「コロナが始まりかけていて『ヤバいな』と思いましたし、やはり身内も含めて開業はめちゃめちゃ止められました。でも、コロナ禍でスタートしておけば、これより売上が下回ることはないと思っていましたし、売れるお店の仕組みづくりは理解しているつもりだったので、おいしい料理であることは前提ですが、絶対に儲かる自信がありました」
また、東京で働いていた会社ではアルバイトを常に募集している状態で、人材で苦労したため、一人で店を回せる規模感もよかったと言います。
とはいえ、実は飲食店経験は長いものの、焼き鳥屋は未経験。それでも決意した背景には、焼き鳥自体が持つ魅力に惹かれたからです。
「焼き鳥は種類が多くて選べるので、毎日でも飽きずに食べられると思っていました。実際にかつて住んでいた横浜の自宅近くに焼き鳥屋があって、仕事帰りによく食事に行き、週3日くらい通えると感じていましたし、軽く1~2杯の“ちょい飲み”ができるのも焼き鳥屋ならでは。1本あたりの量は多くないので数本食べられますし、ヘルシーで、夜中に食べても重くないのも魅力でした」
やるなら炭火焼きがいいと初挑戦。サンドイッチやカフェの業態も未経験ながら手応えのある成果が得られましたし、持ち前の器用さもあるので、当初は気軽にできると考えていたそう。ところが炭の量や種類も手探りで、肉から落ちた脂で真っ黒に燃えてしまうなど、最初はかなり苦戦したと言います。それでも少しずつノウハウを身につけ、燃えにくい串に変えたりと、進化を果たして今のかたちに至っています。
多くの人に愛され楽しんでもらえる「ひょっとこ」のような存在に
こうして、飲食業に逆風が吹き荒れる真っ只中のコロナ禍でスタートを切った大島さん。“売れる店づくり”のために、さまざまな工夫を重ねたひとつが、炭焼きの練習も兼ねたテイクアウトです。外出自粛が続くなか、手軽にお店の味が楽しめることに加え、コロナ禍での開業を応援したいという“応援需要”もあったのか、着実に売上を伸ばしていきました。
▲現在もテイクアウトは予約制で対応。焼き鳥以外の一品料理もテイクアウトOK
さらに、冒頭でも紹介した「木札会員」。入会金500円で木札に名前を書けば、最初のドリンクが「大ジョッキ」に変更できたり、1組3人以上の木札会員がいれば鶏の唐揚げが一皿サービスになったりと、多彩な特典がついた仕組みです。
「よく来てくれるお客さんの顔は覚えていますが、名前を聞くと構えてしまう方もいます。その点、木札だと自然なかたちで名前を知ることができますし、お客さん側からすると常連感も持ってもらえます。グループで来店した木札会員のお客さんが『お得だよ』と仲間に入会を勧めてくれるのがうれしいですし、木札会員のお客さんが周囲におすすめメニューを紹介するとすんなり聞き入れてもらえ、その方がまたお客さんを連れてきてくれるのもありがたいですね」
加えて、2時間2,000円の飲み放題コースはお得感が高く、サラリーマン世代から圧倒的支持を得ています。
「この店で仕事などのストレスを発散してリセットし、また明日から頑張ってもらいたい。楽しさを提供したい。商品とお酒だけを売っているのではなく、空間を売っているというイメージです」
気になる店名の由来も、親しみやすく人を楽しませる「ひょっとこ」のような存在でありたいという思いから。焼き鳥だけにこだわるのではなく、おすすめメニューはその日の仕入れによって変わるため、いつ行っても新鮮さが感じられるのも、行きつけにしたくなるポイントです。
「経験上、おいしいだけでも、雰囲気のよい内装をつくるだけでも売れるわけではない。その点、うちはバランスがよかったのだと思います。コロナ禍で飲み会が減っているなか、お客さんが選んでくれているのがうれしくてやりがいですね」
より多くの人に喜んでもらえるよう、ゆくゆくは従業員を増やして法人化し、さらに単価が安くカジュアルで気楽に利用できる立ち飲み屋など、新業態の開業も考えていると話す大島さん。「仕事帰りに軽く一杯」の代表格でもある焼き鳥を軸に、さまざまな工夫で確実にファンを増やしてきた「ひょっとこ」のこれからの展開にも期待大です。
人気投稿
- 高野洋一さん うどん たかの店主...
- 三井昭さん・好子さん 三井昭商店...
- 星 博仁さん・琴美さん 「中華蕎麦 ほし乃」「麺道 麒麟児」...
- 眞田幸俊さん 慶応義塾大学理工学部電子工学科教授...
- 山﨑達也さん、恵さん 信州やまざき農園...
- 栗原拓実さん ピッツェリア・カスターニャ オーナーシェフ...
- ゆでたかの さん 二代目長野県住みます芸人...
会える場所 | 旨い肴と炭火の店 ひょっとこ 長野市鶴賀緑町2212-31 日之出権堂ビル 1F 電話 026-217-5184 ホームページ https://www.instagram.com/sumibi.hyottoko/ 営業時間:17:30~23:00 |
---|