No.476
西澤尚真さん・横田幸子さん
Tukipiste〈トゥキピステ〉店長(西澤さん)、ボディケアスペース責任者(横田さん)
地域の人の体と心を支える場所に。理学療法士が営むカフェ&ケアスペース
文・写真 石井 妙子
長野電鉄本郷駅の隣にオープンした「Tukipiste(トゥキピステ)」。ドアを開けると、大きな窓のあるカフェスペースにコーヒーのいい香りが漂っています。カウンターでコーヒーを淹れる店長の西澤尚真さんは、キャリア10年の理学療法士です。
なぜ理学療法士がカフェを? ここは、カフェとボディケアの両方を提供するスペース。同じく理学療法士でキャリア20年を数える横田幸子さんと共に立ち上げました。2人の「体の内と外をトータルで整えるサポートをしたい」という思いから生まれた場所です。
▲学校帰りの高校生からご近所さんまで幅広いお客さんが訪れるカフェスペース
カフェをきっかけに、体に意識を向けてほしい
かつて市内の整形外科医院に勤務し、リバビリテーション科の主任を務めていた西澤さん。多くの人の治療に携わる中で「体のコンディションは食によっても変わる」と痛感したといいます。
「健やかな体のサポートには、食とボディケアの両方が必要です。私たちにとって、これは本気の “二足のわらじ”。体も心も制約を受けるコロナ禍だからこそ、地域の皆さんの力になりたいと 思っています」(トゥキピステのホームページより)
カフェのメニューは「咀嚼」と「腸活」がコンセプト。人気は、自家製オーガニックグラノーラと旬のフルーツをたっぷり使ったデザートです。歯応えざくざくのグラノーラに、フルーツの甘味と酸味がよく合います。
▲「オリジナルオーガニックグラノーラ&ヨーグルト」(税込み650円)。自家製オートミールにアーモンドやカボチャの種、ひまわりの種をミックス
▲素材に熱を加えず生のまま圧力をかけて搾った「コールドプレスジュース」(レギュラー250ml 税込み800円)も人気。この日はニンジン、オレンジ、パイン、ショウガをミックス
店内奥にはボディケアスペースがあり、肩こりや腰痛、姿勢改善など、さまざまな悩みを持つお客様が訪れます。手技で体の状態を整えるケアを提供するほか、ピラティスの理論を使ったトレーニング「シルクサスペンション」も人気。西澤さんと横田さんが、ケアスペースとカフェスペースを交代で担当しています。
▲店内奥のケアスペースでケアを行う横田さん。カフェに隣接しているが、静かで落ち着ける空間
▲ハンモックのような道具を使って空中でエクササイズを行う「シルクサスペンション」のトレーニングも受けられる
もちろん2人とも、飲食業は初めての挑戦。なぜカフェとボディケアを同じ場所で? そう尋ねると「カフェという気軽な場所を、体に意識を向ける入り口にしてもらいたいんです」と西澤さん。
例えば肩こりや頭痛、不眠など「大したことない」と思うような不調はつい後回しにしてしまうもの。忙しい毎日の中で病院に行くのは面倒だし、整体に定期的に通うのもそれなりにお金がかかります。
けれどもし、気軽に立ち寄れる街のカフェにボディケアのプロがいたら? コーヒー1杯の値段で、体のことを日常的に相談できる場所を作りたい。西澤さんたちのそんな思いが、カフェの原点にあります。
「例えばお客さんから『肩こりに悩んでいるんです』と聞いたら、入浴中に温めながらこんなケアをしてみるといいですよと伝えたり、日常の体の使い方をアドバイスしたりもします。仕事帰りにここでお茶を飲んで気持ちにゆとりを持ったり、私たちと雑談したりすることで、体に意識を向けるきっかけにしてほしい。押し付けはしたくないですが、ここをきっかけにボディケアを受けてみようと思ってくれてもいいし、もちろんお茶を飲むだけでも歓迎です」(西澤さん)
店名の「トゥキピステ」はフィンランド語で「支点」。体の「支点」を取り戻し、健やかなコンディションのサポートを通じて、誰かの小さな「支え」になる。それが2人の理想です。
▲カフェのメニューは体に負担が少なく、でもしっかりおいしいことを大切にしている(写真提供/トゥキピステ)
気軽に立ち寄る町医者のようなカフェ
西澤さんは医療機関で働いていたころ、症状が進行してからようやく来院する患者さんが多いことに歯がゆさを感じていました。
「症状が進行してしまった状態だと、治療や施術でできることは限られます。早い段階で相談してくれたら、体が変わる可能性は広がるんです」(西澤さん)
トゥキピステが目指すのは「街のお医者さん」よりもっと身近で、気軽に相談できる場所。市街地ではなく住宅街の立地を選んだのも、体に悩みを抱える方が通いやすいから。
▲医院勤務時代、患者さんから「痛みが出てから治療するのでは遅いと分かっているけど、忙しい時はなかなか病院に行けなくて」という声を聞いていた西澤さん
「どんな不調も、医師や施術者任せでは効果が出づらいことがあります。患者さん自身が『治そう』と思って生活習慣や体の使い方から変えなければ、本当の意味で良くなってはいきません。この場所で私たちと『体調どうですか?』と言葉を交わすことで、日常的な意識づけにつながれば嬉しいです」(西澤さん)
店舗の外観はあえてボディケアを前面に出していないため、カフェとして訪れるお客さんが大半です。それも西澤さんたちが意図したこと。幅広い人に訪れてほしいという思いがあります。
▲駅から徒歩1分のビル1階にあり、入りやすい佇まい(写真提供/トゥキピステ)
「整体やボディケアはある程度のお金を払うにも関わらず、施術者のスキルや人柄が事前に分かりにくいですよね。どんな人に触れられるか分からないのは不安だし、受けて相性が合わなければがっかりする。カフェがあることでここがどんな空間か、どんな人がケアするかを事前に知ってもらえたら安心できると思いました。お茶を飲みながら雑談感覚で簡単な問診のようなこともできるので、求めるケアも提供しやすくなります。
今後は必要に応じて、医療機関や別の治療家にもつないでいきたい。地域のみなさんの体の調子がいい方向に向くようにサポートをしていきたいと思います」(西澤さん)
▲西澤さんと横田さんが立ち上げた会社「Cranio Works」が運営母体(写真提供/トゥキピステ)
体を健やかに保つカギは「セロトニン」
西澤さんが勤務していた医院を退職し独立を決めたのは、キャリア10年の節目の年。かつて上司だった横田さんに報告に出かけたことが、トゥキピステ立ち上げのきっかけになりました。
横田さんは理学療法士歴20年の大ベテラン。医療機関でのリハビリテーション経験はもちろん、保険診療外のボディケアや妊産婦ケア、運動指導、オリンピック出場選手のコンディショニングなど多彩なキャリアを誇ります。西澤さんの上司として整形外科の部長を勤めた後、退職して独立。地域をフィールドに、健康増進や疾病予防の活動を行っていました。
そんな横田さんから働き方についてさまざまな話を聞いた西澤さんは「自分も知識や経験を地域のために役立てていきたい」と思いを新たに。ビジョンが近いと感じた横田さんに「ケアとコミュニケーションのためのスペースを一緒にやりませんか」と相談します。
当時の2人には、共通のジレンマがありました。医療機関における理学療法士の役割は、医師が指示した範囲の施術のみ。肩、膝といったように診断された箇所のみ施術するのが保険診療のルールです。治療時間が限られているのもその理由。けれど「症状がある部分だけに問題があるケースは、実は少ないんです」と西澤さん。
「体の他の部分の運動機能のアンバランスを補おうとして、離れた部分に問題が起きていることも多いんです。運動機能に指示を出している元、つまり脳の体に対する認知状態や指令にアンバランスが起きている場合も少なくないんですよ」(西澤さん)
▲ロゴマークにも、「誰かの支点(=トゥキピステ)でありたい」という思いが表現されている(写真提供/トゥキピステ)
こうした脳生理学の分野に西澤さんが関心を持った経緯は少々ユニークです。医療機関勤務時代、管理職として悩んだ時期のこと。チームには課題が山積みなのに同僚や部下にうまく伝える方法が分からず、コミュニケーションにまつわる書籍を自然と読み漁るようになりました。
「コミュニケーションについて考える延長で、心理学や脳科学に興味が湧いて。そこで出会ったのが、セロトニン研究の第一人者として知られる脳生理学者で医師の有田秀穂先生の本でした」(西澤さん)
別名「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニン。脳内の神経伝達物質の一つであり、精神を安定させる働きをします。東京まで足を運んで有田先生の講義を聞くなど理解を深める中で学んだのが、セロトニンと痛みの関係でした。
「不調が少なく活力ある体を維持するには、セロトニンが十分に分泌されている状態が必要です。睡眠の質が上がり、姿勢維持に必要な筋肉を適切な緊張状態に保つから。不足すると精神的に不安定になりやすかったり睡眠がうまく取れなかったりと悪循環が起こり、体の痛みを感じやすくなるとされています」(西澤さん)
有田先生の話で印象的だったのが、食事からセロトニン分泌をサポートする考え方でした。体の外だけでなく内からも整える必要性を改めて感じた西澤さんは「保険診療の枠を超えて体の内と外からトータルでサポートするスペースを作りたい」と考えるように。仕事の課題を解決するための学びが、めぐり巡って専門分野につながり、独立後のビジョンの源になったのです。
ケアを通じて、体本来のバランスを取り戻す
有田先生によれば、セロトニン分泌を促すために大切なのが「噛む」「呼吸」「歩く」といった繰り返しの運動を意識して行うこと。カフェで咀嚼を促すメニューを提供しているのもそのためです。
▲ナッツ類や豆類、穀物など咀嚼を促す食材をメニューに使用
ケアスペースでも、呼吸運動・咀嚼運動・歩行運動にフォーカスしてコンディショニングを行っています。
実際に、横田さんのケアで「調整90分コース」を体験してみました。筆者は慢性的な肩こりが悩みですが、最初に全身をチェックしてもらったところ「おそらく過去のねんざが原因で、右足首が不安定になっています」と意外な言葉。足首の影響で膝と股関節がねじれて腹圧が適切にかけられなくなっていることが、肩こりなどの不調の原因の一つになっているというのです。肩こりの原因が足首とは! これまで整体や鍼灸の施術を何度も受けてきましたが、初めて言われたことです。
横田さんは全身チェックを通して日頃の生活習慣や小さな頃のクセ、ケガの履歴など、その人のストーリーを読み解きます。それらの影響をカバーするため無意識に体が動いた結果、バランスが崩れているケースが多いのだそう。この繊細な判断に、横田さんの経験と知識が凝縮されています。
▲最初のボディチェックの様子。真っすぐ立った状態で、体の各部分を確認してもらう
ここから全身の骨と関節、その周りの筋肉や筋膜をじっくり調整していきます。
今回受けた手技は強い力を加えられることは少なかったですが、例えば右足首に調整を施すと腰の側面の突っ張った感じがいつの間にか消えていたり、お尻の右の筋肉の緊張をほぐすと左の背中が楽になったりと、さまざまな部位を調整することで全身が本来の正しいポジションに戻っていく感覚でした。さらに頭蓋骨まわりをじっくり調整してもらうと、肩まわりも楽に。
▲不調がある部分に力が加わると痛みを感じる時もあったが、肩や頭蓋骨まわりの調整は心地よくて眠ってしまうほど
「例えば噛み合わせの不具合を治す場合、頭の周辺だけ調整しても結局また同じ症状を繰り返しやすいんです。体全体を見て、トータルで整えることを大切にしています」(横田さん)
ケアが終わると劇的な変化というよりは体が軽く、すっきりした感覚。気持ちも清々しくなりました。個人差はあると思いますが、体の各部位が正しい位置にあり、どこも無理をしていない感覚です。
その人に合わせて、人生で好きなことを楽しむサポートを
最後に、自宅でできる足首のセルフケアも教えてくれました。意外だったのが、自宅でセルフケアをしっかりできるなら、しばらくお店のケアは受けなくても大丈夫だと言われたこと。
「できるだけ自主的に改善してほしいので、セルフケアが可能な方には『次の予約は1か月先にしましょう』と言う場合もあります。
言い方が難しいですが、お店に頼りすぎてほしくないんです。頻繁に通ってもらえば私たちの売上は上がりますが、お客様はその分、趣味や仕事にかける時間が減ってしまいますよね。人生全体を考えたら、どちらがいいか。もちろん自分では難しい方にはこちらでケアしますし、その人にベストな選択をサポートしたいと思っています」(西澤さん)
▲ドリンクはテイクアウトも人気(写真提供/トゥキピステ)
小学生から高齢者まで幅広くボディケアに対応するトゥキピステ。口コミで人気を呼び、今では県内各地に出張サービスを行ったり、子どもたちのスポーツチームのコンディショニングサポートをしたりと、幅広く活躍しています。
ケアの所要時間は基本的に60分から。じっくり行う分、料金は一般的な整体やマッサージよりもやや高めです。けれど「ここに通うようになってからケアの回数が減った」「痛みが再発しにくくなった」という声が聞かれています。
「人生100年時代と言われる今、趣味に夢中になったり家族や友達と過ごしたり、仕事に打ち込んだりと、みなさんそれぞれ楽しみたいことがあると思います。それらを痛みや疲労に邪魔されることなく好きな時に好きなだけ、人生の中でできるだけ長く続けてほしい。そのために、体の内と外の両面からサポートしていくことが目標です」(西澤さん)
頑張りすぎず、豊かで楽しい日常を第一に。自分の体とうまく付き合っていくヒントをくれる場所です。
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会える場所 | Tukipiste(トゥキピステ) 長野市三輪9丁目7-8(長野電鉄 本郷駅隣) 電話 070-3166-0424 ホームページ https://cranioworks2020.wixsite.com/website インスタグラムアカウント:https://www.instagram.com/tukipiste_c.w/ |
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