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No.497

秋庭

将之さん

VECTOR GLIDE(ヴェクターグライド)CEO・代表取締役

妥協なきブランドとして、ものづくりの新たな挑戦へ

文・写真 島田 浩美

雪山を滑る楽しさを突き詰め、国内製造にこだわり、高品質で精度の高いプロダクトを生み出している「VECTOR GLIDE(ヴェクターグライド)」。バックカントリー愛好家を中心に、多くのスキーヤー、スノーボーダーを魅了し続けている純国産ブランドです。創設者の秋庭将之さんは、日本スキー界のレジェンド的ライダーとしても一目置かれた存在。2022年にはヘッドオフィスを長野市へ移転しました。その背景にあるのは、ブランドがスローガンに掲げる「妥協なき物創り」の追求です。
 

精密なデザインと豊かな乗り味で熱狂的ファンに愛されるブランド

「VECTOR GLIDE」と聞いて、手つかずの雪山を楽しむバックカントラーであれば、すぐにピンとくるよく知られたブランドであると同時に、元プロレーサーでトップデモとして活躍したプロデューサー・CEOの秋庭将之さんの名を思い浮かべる人も少なくないのでは。2003年に秋庭さんが自らの経験を生かし「どんな斜面でも安心して滑走できるスキーがほしい」との思いからブランドを立ち上げ、2023年に創業20周年を迎えました。
 
2023年3月に野沢温泉スキー場で開催された20周年イベント
▲2023年3月に野沢温泉スキー場で開催された20周年イベント
 
大切にしているのは、ユーザーの豊かなスキーライフを第一に考えた製品開発です。ウィンターシーズンのはじめから、厳冬期のパウダーはもちろん、春のザラメ雪やシャバ雪まで、あらゆるコンディションを楽しめるよう、それぞれのモデルをミリ単位で緻密に設計。スキーを単なる乗り物ではなく作品と捉え、厳密に考えられたアウトラインや、厳選されたマテリアルに基づく機能性、飽きのこないシンプルなグラフィックデザイン、雪山を滑る楽しさをアップデートしてくれるような乗り味、豊かなスノーライフに寄り添う文化的側面など、さまざまな付加価値を滑り手に提供しています。滑るシーンも、バックカントリーからゲレンデ、レーシングなど幅広く対応。どんなシチュエーションでも最高の滑走体験を楽しませてくれるブランドとして、多くのファンに支持されています。
 
2003年に7モデルからスタートし、現在はジュニアを含む19モデルを展開
▲2003年に7モデルからスタートし、現在はジュニアを含む19モデルを展開
 
生産を国内にこだわっているのは、製造現場にイメージや数値などのディテールを明確に伝え、職人と一緒に作り上げていきたいから。全てのモデルには、どういう場面で滑るどんな乗り味のものかキャラクターが設定されており、それぞれにふさわしい名前が付けられているのも特徴です。
 
秋庭さんは企画から考え、キャラクターを想定してアウトラインを引き、熟考を重ねて作り出したプロトタイプを何度も実地テストしたうえで、思いを込めてモデル名を付けます。時間をかけて1台1台をリリースしているからこそ、販売を伸ばすために、やみくもに毎年新しいデザインにするようなことはしません。各モデルのアウトラインは変えず、マテリアルの変更やサイズ展開をすることでニューモデルを生み、乗り味を変えずにそれぞれのモデルを熟成させています。ブランド名は知られていても、モデル名まで覚えられているブランドはあまりないのではないでしょうか。そんななか、「VECTOR GLIDE」は個々のモデルがしっかりと認知され、それぞれにコアなファンが付いていることからも、いかに“モデル立ち”しているかがわかります。
 
ヴェクターグライド最速のパウダーモデルである「GENIUS(ジーニアス)」。本来は「天才」というよりも「非凡な才能」という意味がある。スノーボードで開発後、その性能をスキーに転化させ、形状も独特で才能を持ったような乗り味だったことから、このネーミングに
▲ヴェクターグライド最速のパウダーモデルである「GENIUS(ジーニアス)」。本来は「天才」というよりも「非凡な才能」という意味がある。スノーボードで開発後、その性能をスキーに転化させ、形状も独特で才能を持ったような乗り味だったことから、このネーミングに
 

あらゆるジャンルのスキーを第一線で牽引してきた30年超のキャリア

秋庭さんは、北海道札幌市出身。洋服の仕立て屋を営んでいた父が自然やスキーが好きだったことから、3歳のときに家族で山奥のスキー場の麓に移住しました。引っ越してすぐにスキーを始め、同級生がわずか4人の小さな小学校に進学すると、兄の影響で1年生から競技スキーの世界へ。初めて出場した大会で負けた悔しさをバネに翌大会から小学校5年生までは不敗の選手となり、北海道を代表するスキーヤーへと成長しました。
 
ところが、1000分の1秒を競うアルペンスキーの世界は厳しい一方、日本では技術指導のメソッドが確立しておらず、十分なコーチもいない状況。秋庭さんは独学でさまざまな滑り方にチャレンジした結果、スランプに陥ります。低迷期の中学時代を経て、ようやく中学3年生のときに選手として持ち直したそうですが、ひたすら考えて研究し、挑戦するスタイルは、こうした少年時代の経験が少なからずあるのでしょう。
 
あらゆるジャンルのスキーを第一線で牽引してきた30年超のキャリア
 
こうして年間を通してスキー中心の生活を送り、日本大学への進学と同時にナショナルチームに所属。カルガリーオリンピック候補として海外を転戦しましたが、大学3年生のときにヨーロッパで膝を怪我したことを機に日本代表を辞退し、オリンピックの出場を断念しました。しかし、競技を続けたい思いから、プロスキーの道へと活躍の場を移したのです。
 
「ずっと競技人生を続けられたのも、やはりスキーが好きで、努力の末に勝つ喜びを知っていたからです。そのため、たとえオリンピックは諦めても、スキーはやめられませんでした。違うかたちで競技を続けることを考え、たどり着いたのがプロの世界でした」
 
「ずっと競技人生を続けられたのも、やはりスキーが好きで、努力の末に勝つ喜びを知っていたからです。そのため、たとえオリンピックは諦めても、スキーはやめられませんでした。違うかたちで競技を続けることを考え、たどり着いたのがプロの世界でした」
 
当時、日本とアメリカで行われていた賞金レースのツアーに参戦し、5シーズン、プロスキーレーサーとして活躍。しかし、時代の流れでレース自体がなくなり、所属していたチームが解散すると、秋庭さんは新たな挑戦として、チーム仲間の影響も受け、基礎スキーの技術選手権大会に出場しました。すると、上位の成績を収めたことで、国内でも一握りしかなれない全日本スキー連盟のデモンストレーターになったのです。
 
そこで、トップデモとして理論を組み立てて言葉で滑りを伝えられるコーチになろうと、オーストリアのスキーメソッドを学んだ全日本スキー連盟の教育本部のもとで方法論を習得。日本障害者スキー連盟のヘッドコーチに就任し、選手の育成環境を整え、当時、スキーの専門家が携わっていなかったチェアスキーの開発に携わりました。当時、秋庭さんがトレーニングの一環として取り組んでいたダウンヒル用のマウンテンバイクのフルサスペンションを駆使し、それまでと比べ、格段にスピードアップしたチェアスキーを生み出したのです。
 
「やはり、テイラーだった父の影響もあって、発想したり、何かを作ったりするのが好きなんでしょうね。開発したチェアスキーの技術は海外のチームにも取り入れられました」
 
さらに、同時期に始まった“雪上の障害物競争”ともよばれるスキークロスに出合い、競技者として復帰し、数年後にはワールドカップ種目になったことから、日本チームのメンバーとして参戦。Xゲームにも出場しました。そのとき、すでに「VECTOR GLIDE」を立ち上げていた秋庭さん。現在、自身のブランドの板でワールドカップに出場した唯一無二の選手でもあります。
 
最近では北海道旭川に本社工場を持つ木製家具メーカー「カンディハウス」と共同でアウトドアチェアも開発
▲最近では北海道旭川に本社工場を持つ木製家具メーカー「カンディハウス」と共同でアウトドアチェアも開発
 

人生を変えたアラスカ・コルドヴァの経験からブランド立ち上げへ

「VECTOR GLIDE」の誕生のきっかけとなったのは、2000年の冬。友人に誘われた北海道・ニセコでのバックカントリースキーでした。初めてファットスキーを履き、非圧雪の手稲山北壁のパウダーを滑った秋庭さんは、その楽しさにのめり込んだと言います。
 
「それまで競技しかしてこなかったので、競わないスキーも、パウダーも、雪山を歩いてアクセスすることも新鮮でした。さらにファットスキーの浮力が楽しく、『もっと自分のために時間を使おう』と、スキークロスは続けつつも、2期4年務めたデモンストレーターを辞めることにしました。これまでと違う体験をしたことで、その面白さを伝えていけたらいいなと思ったんです」
 
そして、その春に友人たちとアラスカのコルドヴァへ。想像を絶する絶壁を滑った体験が秋庭さんの人生を変え、ブランド設立へとつながりました。
 
人生を変えたアラスカ・コルドヴァの経験からブランド立ち上げへ
 
「ヘリコプターに乗って降ろされたのが、平均斜度58度、標高差800mほどの『ハンブル・パイ』という急斜面です。肘を後ろに引けば雪面に着くくらい垂直の斜度で、斜面は見えず、ヘリコプターで横から撮ったポラロイド写真を見て滑るラインを決めるほど。最初の滑り手が僕でした。ダウンヒルの競技では時速120〜130kmでターンし、ジャンプをすれば40〜50mは飛びますが、それとは全く違う、経験したことのない恐怖がありました。最初のターンもどうしたらいいかわからない。ジャンプターンで挑み、転んだら死んでしまうようなものすごい落差のターンを繰り返して、なんとか滑り終えましたが、その後も滑落する夢を見るほど強烈な体験でした」
 
そのときに芽生えたのが、自分の命を預けられるような安定感のある板がほしいという思いです。当時履いていたキャップ構造のファットスキーは、軽くて“浮く”楽しさがありましたが、どうしても板のバタつきが発生し、思い切ったターンをするのにエッジが心もとなかったのです。それに対し、サンドイッチ構造のしっかりとした精度のスキーであれば滑走性もよく、“滑る”楽しさも味わえると考えました。さらにバックカントリーは雪質が均一ではなく、パウダーも凍ったアイスバーンもあるため、雪質の変化に対応するためにも、エッジのグリップが効き、荒れた雪面にも強いサンドイッチ構造のスキーが必要だと考えたのです。
 
当時愛用していた既存のスキーブランドに掛け合うと、サンドイッチ構造のファットスキーもあるとのこと。しかし、3年待っても実現しなかったことから、秋庭さんは、理想のスキーを作るにはブランドを立ち上げるしかないと決意しました。
 
当時愛用していた既存のスキーブランドに掛け合うと、サンドイッチ構造のファットスキーもあるとのこと。しかし、3年待っても実現しなかったことから、秋庭さんは、理想のスキーを作るにはブランドを立ち上げるしかないと決意しました。
 
「できるかはわかりませんが、自分で作るしかないと思ったんです。レーシングスキーのソールを使ったサンドイッチ構造のファットスキーは誰も作っていないなら、やってみたいと思いました」
 
「できるかはわかりませんが、自分で作るしかないと思ったんです。レーシングスキーのソールを使ったサンドイッチ構造のファットスキーは誰も作っていないなら、やってみたいと思いました」
 
バックカントリーの需要をリサーチするため、全国のスキー・スノーボードショップに電話。実際にバックカントリーをやっている店舗はわずかでしたが、ほとんどの店で「興味がある」との回答を得られたことで、潜在的なマーケットを実感しました。
 
そのうえで、高品質のスキーを作る土台が必要だと、100年の歴史を誇る長野市のスキーメーカー「小賀坂スキー製作所」の工場へ。リサーチ結果を伝え、タイアップでのブランド開発を提案したのです。秋庭さんがブランディングでめざしたのは、価値、品質、性能、デザインにこだわった、耐久性のあるプロダクト作り。好みであるヨーロッパのテイストもブランドに取り入れたいと考えました。
 
「当時、毎年スキーのグラフィックが変わり、すぐに旧モデルとなってセールになることに疑問を感じていました。そんなブランドにはしたくないと思い、飽きずに長く乗り続けられる品質と性能、デザイン、すぐに値下げされない価値の4つのテーマを軸に、『VECTOR GLIDE』をきちんと伝えてくれる限られたショップで、価格競争を起こさず展開していこうとの考えでした」
 
ヨーロッパの要素に惹かれるのは、同地の文化や車が好きだった父の影響もあるのでは、と秋庭さん
▲ヨーロッパの要素に惹かれるのは、同地の文化や車が好きだった父の影響もあるのでは、と秋庭さん
 
こうして、生産は「小賀坂スキー製作所」が担い、企画やデザインなどは秋庭さんが担当することで、「VECTOR GLIDE」のプロダクト開発が始まったのです。パウダーで浮力を得て、そのうえ抵抗を受けてターンをするスキー作りは前例がなく、秋庭さんも工場も、もちろんノウハウがありません。さらにシーズンを通してさまざまな雪質を滑れる1台を作りたいと、いろいろなアウトラインを引いて試作し、立山で何台も入念にテスト。2年におよぶ開発を経て黄金比のバランスにたどり着き、スタンダードな形状が最適だと考え、GS(大回転)のレーシングスキーをファット化したようなモデルを生み出しました。これが「VECTOR GLIDE」の最初のフラッグシップモデルとなった「CORDOVA(コルドヴァ)」です。
 
1台でパウダーからグルームバーンまで、シーズンを通して総合的に高いパフォーマンス発揮する「CORDOVA」
▲1台でパウダーからグルームバーンまで、シーズンを通して総合的に高いパフォーマンス発揮する「CORDOVA」
 
上級者からは高評価が得られた一方、当初は「乗りこなすのが難しい」「価格が高い」といった声も聞かれましたが、やはり少しずつ性能のよさが認められるように。数年経つとモデルやサイズ展開も増え、幅広いレベルのスキーヤーから高い評価が届くようになりました。20周年を迎えた現在は、あらゆるロケーションで高いパフォーマンスと滑走性を発揮し、デザイン性も優れた国産ブランドとして、不動の地位を確立しています。
 
「いろいろと言われながらもブレることなく頑なに20年間続けてきたことで、上級者が選ぶスキーとしての認知から、最近では十数年ぶりにスキーを再開するような30〜40代の人が、せっかく買うなら上質なものを、と選んでくれるようになりました。ここ数年は “VECTORらしさ”の品質は残しつつも、ユーザビリティの高いプロダクト生産にも取り組み、選択肢も増えました。女性が乗りやすい板もあり、一定の趣向のスキーヤーから選ばれるブランドになったと実感しています」
 
「いろいろと言われながらもブレることなく頑なに20年間続けてきたことで、上級者が選ぶスキーとしての認知から、最近では十数年ぶりにスキーを再開するような30〜40代の人が、せっかく買うなら上質なものを、と選んでくれるようになりました。ここ数年は “VECTORらしさ”の品質は残しつつも、ユーザビリティの高いプロダクト生産にも取り組み、選択肢も増えました。女性が乗りやすい板もあり、一定の趣向のスキーヤーから選ばれるブランドになったと実感しています」
 
所属ライダーも個性的で、モーグルの杉本幸祐選手がオリンピックやワールドカップで活躍していたり、バックカントリーも滑る新進気鋭の山野井全選手が全日本スキー技術選手権大会で上位に入賞するなど、幅広く躍動中。元オリンピアンの上村愛子さんも仲間入りするなど、スキーの性能だけでなく、「VECTOR GLIDE」の板で楽しんで滑るコミュニティが成熟しています。
 
「MAXI」シリーズで 全日本スキー技術選手権大会に出場した山野井全選手
▲「MAXI」シリーズで 全日本スキー技術選手権大会に出場した山野井全選手
 
創設以来、20年の間には生産工場と本気でぶつかり合ったりすることも。ブランドが独立するなど紆余曲折がありましたが、それでも「小賀坂スキー製作所」と共同で製造を続けてこられたのは、お互いにリスペクトしあってきたからこそ。そうしたなか、2022年にヘッドオフィスを東京から長野市に移したのは、「VECTOR GLIDE」というブランドをさらにアップデートさせたい思いがあるからです。
 
「耐久性のあるプロダクトを作るために上質なマテリアルを使うと、どんどんコストが上がってしまう。グラスファイバーやメタルなどの素材の生産元はヨーロッパで、輸入に依存せざるを得ませんが、納期やロット、価格を考えると、そもそもマテリアルを自社で製造できないかと考えたんです。しかも、なるべくサスティナブルで環境にダメージの少ないものが理想。サプライヤーへのゲームチェンジです」
 
「耐久性のあるプロダクトを作るために上質なマテリアルを使うと、どんどんコストが上がってしまう。グラスファイバーやメタルなどの素材の生産元はヨーロッパで、輸入に依存せざるを得ませんが、納期やロット、価格を考えると、そもそもマテリアルを自社で製造できないかと考えたんです。しかも、なるべくサスティナブルで環境にダメージの少ないものが理想。サプライヤーへのゲームチェンジです」
 
そのために工場が近く、製造業が盛んで、信州大学繊維学部などの特異な技術をもった研究機関がある長野へと拠点を移動。現在は行政などの協力も仰ぎ、産官学連携でサスティナブルな素材のブランドを世界に発信していく開発ストーリーを描こうとさまざまな企業とコンタクトを図っている段階で、少しずつ手応えを感じていると言います。
 
「僕はスキーの楽しさを散々体験し、人生そのものがスキーですし、ユーザーも、スキーで人生が変わった人や、スキー中心のライフスタイルを送っている人がたくさんいます。そうしたなかで、スキーを楽しんでもらえるプロダクトや環境を提供することが自分の使命だと感じます。新たなマテリアルへの挑戦は、実現性はさておき、大事なのは取り組む姿勢。やろうと思い続ければ、実現に近づくことはできるはずです。長野県はスキー観光でまだまだ発信でき、モデルケースとして取り組めることがあると感じています。小さなことでも、今よりひとつでもよりよくなる取り組みができるのであれば、挑戦する価値はあると思っています」
 
スキーを愛するユーザーのために、変わらず作り続け、常に進化を求めて挑戦すること。そのうえで、ユーザーの人生と、地域や環境がより豊かになるために。秋庭さんはスノーライフに寄り添い続けるブランドとして長野に根ざし、「VECTOR GLIDE」の可能性をさらに広げていきます。
 
スキーを愛するユーザーのために、変わらず作り続け、常に進化を求めて挑戦すること。そのうえで、ユーザーの人生と、地域や環境がより豊かになるために。秋庭さんはスノーライフに寄り添い続けるブランドとして長野に根ざし、「VECTOR GLIDE」の可能性をさらに広げていきます。
 

(2024/03/27掲載)

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会える場所 VECTOR GLIDE(ヴェクターグライド)
長野市西後町610-12 R-DEPOT 3F D
電話 026-266-0883
ホームページ https://www.vectorglide-japan.com/
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