No.462
栗原
拓実さん
ピッツェリア・カスターニャ オーナーシェフ
長野的エッセンスも加えたイタリア料理で本場の食文化と食事の楽しさを
文・写真 島田浩美・大井川茂兵衛
イタリア本国以外で、いちばんイタリア料理店の多い国は日本なのだとか。近年は長野でも、本場イタリアで修業をしたシェフが開く本格派イタリアンレストランが増えました。もはや現地修業が当たり前の時代!? そんなイタリアン戦国時代ともいえるなか、長野駅近くの人気店として多くの食通を魅了しているのが「ピッツェリア・カスターニャ」です。
オリジナリティ抜群、連日満席の活気あふれるピッツェリア
営業日は毎日更新されている「ピッツェリア・カスターニャ」のブログ。そこに並ぶのは、連日「今夜は満席です」の文字。たまに予約の空きがあればラッキー。…って、なんという人気店なのでしょう!
立地は長野駅から西へ300mほどながら、周囲に店は少なく、朝夕の通勤客は多いものの、日中の人通りはまばらなエリア。オーナーシェフの栗原拓実さんは、あえてこの立地を選んだといいます。
「イタリアに多くあるようなオープンエアの店にしたかったので、長野駅から歩ける距離ながら、静かな環境のこの物件にたどり着きました。人通りは多くはなかったものの、わざわざ足を運んでもらえるような店にしたい思いもありました」
▲オープンエアのテラス席を備えた店が多いイタリアの本場の雰囲気を味わえるよう、暖かい日はガラス戸を開放している
オープンは2012年。当時はまだ長野に薪窯で焼くピッツァを提供する店が少ないなか、ナポリから輸入した本格薪窯で焼くナポリピッツァのほか、イタリア北部の煮込み料理など、イタリア全土の料理をメニューに揃えて開店しました。
「長野の人たちにもっとピッツェリアを知ってもらいたいと思っていましたが、一般的に思い浮かべるピッツェリア=ナポリのような雰囲気にはしたくなかったんです。いろいろな色があるミラノのように、カラフルで都会的なピッツェリアをめざしました」
そんな言葉からは、ありがちな店にはしたくない、個性を表現したいという栗原シェフの意志を感じます。ちなみに店名の「カスターニャ」とはイタリア語で「栗」の意味。店名に自分の名を冠せるのは、独自のスタイルを確立しているからこそでしょう。
▲青と黄色のカラフルなオーニングが目を引く店構え。店舗入口「VIA ALESSANDRO MANZONI(マンゾーニ通り)」の看板には、華やかな店やギャラリーが並ぶミラノの「マンゾーニ通り」のようににぎやかな通りになるように、との願いが込められている
▲ピッツェリアの看板ともいえる薪窯は赤と白のタイルを貼ることで、オープンキッチンから存在感を発揮。「釜を見るとお店のカラーがわかる」と栗原シェフ
オリジナリティは、もちろん料理にも。例えばナポリピッツァは、ナポリの伝統製法と独自のアイデアを組み合わせたハイブリッド。ピッツァに最適な純度で挽いたイタリア産の粉と長野県産の地粉をブレンドした小麦粉を使っているのです。
「最初はイタリア産の粉のみで作っていましたが、ひとり1枚、気軽に食べていただけるようにもっと軽めに仕上げたいと考え、ピッツァに合う長野県産の地粉を見つけました。地粉は香りが強いので、イタリアで食べるピッツァとは違う味わいながら、イタリアの粉の独特な風味も感じられ、もたれない軽い食感になりました」
発酵のための酵母は、本場のナポリピッツァに不可欠な昔ながらのビール酵母を使用。扱いが難しく、経験が浅いとビール酵母本来の活性を引き出せずにピッツァが固くなってしまうそうですが、「ピッツェリア・カスターニャ」のピッツァ生地は、地粉特有の香りや風味をしっかりと感じつつも、軽やかな食感で香ばしさが引き立ちます。
▲小麦粉と塩、水とビール酵母だけで長時間発酵させる生地
▲チーズは100%イタリア産。薪による高温で一気に焼き上げ、縁の焦げと膨らみがますます食欲をそそる
「ナポリピッツァは、オリーブオイルを使った薄くクリスピーなミラノピッツァやローマピッツァに比べてもっとシンプルで、生地が厚くもちもちしているので、粉の香りや風味をしっかりと味わえます。イメージは、長野の『おやき』。粉もの文化が根付く長野なら、本場のナポリピッツァも好まれると思いました」
表現したかったのは、味だけじゃない現地感
栗原シェフとイタリアンとのそもそもの出合いは、意外にも受け身的なものだったとか。もともと調理師学校ではフランス料理を学び、都内のフレンチレストランに勤務。地元の長野市に帰郷してからは、フレンチの働き口がなかったことからハンバーグ屋で働いていたそうです。そうしたなか、知り合いから誘われたのが、市内に新たにオープンするイタリアンレストランのピッツァイオーロ(ピッツァ職人)でした。しかし、当時はイタリアンが身近ではなく、“渋々”仕事を受けたそう。
「その頃は『ピッツェリア』と聞いても、なんだか興味が湧かなくて。でも、人手が足りないからと働き始めたら、毎日同じように材料を量って作っても違うものができあがるピッツァの楽しさにのめり込んでいきました」
その店が現在、市内で活躍する多くのイタリアンシェフを輩出した「トラットリアジョイア(現閉店)」でした。イタリア帰りのシェフもいるなかで、着々と力をつけていった栗原シェフ。次第にイタリア現地での調理法に興味を抱くようになったといいます。
「日本人は料理に時間をかけることが大切だと思いがちですが、イタリアは手をかけずに最短ルートでフィニッシュまでもっていっても、出来栄えは変わらない。玉ねぎもじっくり炒めるのではなく、強火でバンバン炒めていきます。その仕事の仕方や考え方は現地に行かないとわからないなと思いました」
こうして、7年間働いた「トラットリアジョイア」を辞め、単身イタリアへ。ミラノと、イタリア最北西部に位置するピエモンテ州の田舎町で約2年間、研鑽を積みました。このピエモンテ州での経験が、今の「ピッツェリア・カスターニャ」に生きています。
「長野と風土が似ていて、雪も降るし四季がはっきりしていて、まるで長野にいるような感覚に陥りました。ここの料理なら、食材は変わっても長野で再現できるのではないか。この時、長野で自分の店を開くイメージが非常に湧きました」
▲イタリア料理は内臓料理が豊富で、ピエモンテ州仕込みの「白レバーのフォカッチャ」は「ピッツェリア・カスターニャ」開店当初からの人気メニュー
そこで、修業中も「この食材は日本なら何でアレンジできるか」を考えながら仕事をしたそう。
また、イタリアではオン(仕事)とオフ(休憩時間)がはっきりしていて、オフをしっかりと休むためのオンに対する爆発力と熱量は相当なものだともわかったといいます。
「オフのために最大限の知恵を絞って、僕らが発想もしないような手法で仕事を終わらせるのがイタリア人ならではの働き方ですし、仕事後はシェフも見習いも格差がなく、みんなで飲みに行く。そのフレンドリーな部分も日本人にはなくて新鮮でした」
実際、「ピッツェリア・カスターニャ」でも現在は休憩時間をしっかりと設け、ダラダラと仕事はしないと決めているそう。また、毎朝、開店前にも30分間の休憩を設け、予約状況や食材の情報を共有しつつ、信頼を深めているといいます。
こだわりが詰まった店内から“アフターコロナ”を見据えて
さて、帰国後、都内のイタリアンレストランを経て再び「トラットリアジョイア」に戻り、グランドシェフを務めた栗原シェフ。こうした準備期間を経て、32歳で念願の「ピッツェリア・カスターニャ」をオープンしました。限りある予算のなかで、建物は材木店を営む友人とともにセルフリノベーション。いちばんのポイントは、独特の風合いの栃木県産の大谷石を内装に使っていることです。これは、栗原シェフの実家が「宇都宮石産」という石材店を営んでいることにちなんでいるそう。
「実家はもともと、宇都宮の特産である大谷石を墓石や塀に加工していたことから『宇都宮石産』を名乗ったそうなので、家業の原点である大谷石はどうしても内装に使いたかった素材でした」
▲軽やかさのある大谷石を壁面に使うことで、独創的な空間に
▲各テーブルに栗のかたちの石製ペーパーウェイトが置かれているのも石材店に由来
店内のBGMはイタリア語のラジオ放送。イタリアでの修業時代、どの店でもキッチンには常にラジオが流れていたことに由来しています。イタリア語独特の響きが、店内をより明るくにぎやかな雰囲気に。会話も弾みます。
くわえて、スタッフのフレンドリーな接客と気配りもカスターニャの魅力のひとつ。連携のとれた仕事ぶりは見ていて気持ちのよさもあり、栗原シェフの人望が伝わってくるようです。
▲現在は厨房スタッフ3名、ホールスタッフ2名の計5名で働く。若手スタッフの育成も栗原シェフのめざしているところ
▲ともに「トラットリアジョイア」での修業時代を過ごした坂口裕さんとは立ち上げからタッグを組み、現在、ピッツァ作りとワインのセレクトは坂口さんが担当
メニューは仕入れや天候などに応じて、毎日変えて提供。食材にもこだわり、野菜は自家栽培や旬の地元食材を使います。また、ピエモンテ州の料理はクリームやバターを多く使って煮込む茶色系の地味な色合いが多いため、カラフルな野菜を多く使うよう意識しています。
▲父の協力のもと、自家畑で野菜を栽培
▲ビーツや根菜類など比較的土の香りするものや、カラフルな野菜を多めに作っている
肉は長野県産を中心に厳選し、魚介は兵庫県淡路島と長崎県五島列島の漁師からの産地直送。ワインも北から南までイタリア産を幅広く取り揃えています。
こうした細部にわたるこだわりと独創性で多くの人を惹きつけて止まない「ピッツェリア・カスターニャ」が、常に満員御礼の人気店になったのは必然ともいえます。特にランチは予約なしで手頃な価格でピッツァやパスタが楽しめるとあって、なんと学校帰りの高校生が利用することもあるそう。
「子どもから年配の方まで、幅広い層の方に利用していただいて、レストラン文化を長野の人に広く経験してもらえるひとつのきっかけになれたらうれしいですね」
ちなみに制服を着ている高校生には、学割のイメージでアイスクリームを無料サービスしているのだとか。若い頃の本場の食文化の体験は、きっとその後の人生にも生きてくることでしょう。
▲本場の食事の文化も伝えたいと栗原シェフ。「ピッツァもイタリアのようにナイフとフォークで食べていただくとスマート」だそう
▲店内に個室もあり、さまざまな用途に使いやすい
しかし、そんな名店にも容赦なく押し寄せたのが、新型コロナウイルス感染症の影響です。そこで、今までピッツァが中心だったテイクアウトのラインアップを増やして前菜やお肉料理も加え、この冬には新たにテイクアウトのメニュー表も作りました。
▲店の紹介とテイクアウトメニューを一冊の冊子に
「テイクアウトはピッツァを中心に対応していましたが、やはり、実際に店に来て食べていただくことがいちばんだと思っていたので、当店から積極的な情報発信はしていませんでした。ただ、テイクアウトに向く前菜や肉料理も持ち帰れるようにして発信したところ、リピートしてくださる方も多く、ニーズがあるんだと改めて気づかされました」
その結果、新たな客層も開拓でき、コロナ禍の最も厳しい時期を乗り越えた手応えも感じているといいます。
「コロナの影響で今まで通りの営業は厳しい時代になりましたが、お客様との距離の近さやガヤガヤ感といった“カスターニャらしさ”は失いたくないと思っています。今はソーシャルディスタンスを保ちつつ、ゆくゆくは『あんな時期もあったね』と笑える日が来るように、商品開発など、いろいろな可能性を考えていくことが、これからめざす方向性です」
▲「集客が落ち着いている今は、ある意味では、次にやるべきことが見えてくるチャンスの時期」と話す栗原シェフ
店内だけの営業にとらわれず、もっと自由に、クリエイティブに! 「ピッツェリア・カスターニャ」は、まだまだ進化の過程にあるようです。
▲タバスコの代わりに用意しているオリジナル七味は「八幡屋磯五郎」とのコラボ商品。いまや全国各地に増えた同社のオリジナル七味も、実は「ピッツェリア・カスターニャ」が第一号
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会える場所 | ピッツェリア・カスターニャ 長野市南石堂1317 電話 026-217-0008 ホームページ https://pizzeria-castagna.hatenablog.jp/ |
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