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No.251

舞子さん

小とりの宿オーナー

山小屋に遊びに行く感覚で訪れたい
善光寺界隈の住宅街に誕生した小さな宿

文・写真 島田浩美

山小屋で働いた経験を生かして

長野市が善光寺御開帳で盛り上がっていた5月。善光寺北側に位置する長野市箱清水の住宅街に一軒の小さな宿が誕生しました。「小とりの宿」。営むのは、大阪府出身の森 舞子さんです。
この宿のテーマは「山小屋」。そう、森さんは、これまでは北アルプスの山小屋で小屋番として働いていました。

「京都の大学を卒業後、最初は大阪にある旅行専門雑誌の制作会社に就職しました。その時に、友だちのお母さんの影響で北アルプスに登るようになって、週末や長期休暇を利用して年に10回ほど登るようになったんです。それを5年くらい続けていたんですが、だんだん面倒くさくなってきて『いいや、会社辞めて山に行っちゃえ』って(笑)。辞めたその日の夜行バスに乗って北アルプスに向かって、翌日には山小屋で働いていましたね」

住宅街にある「小とりの宿」は、この看板が目印。隣家の塀沿いに小道を抜けて宿の入り口に至る

勤めたのは、北アルプス・七倉岳の稜線に建つ船窪小屋や、北アルプス裏銀座コースの起点となる烏帽子小屋、ごはんがおいしいと評判の仙人池ヒュッテ。登山がオフシーズンとなる冬は、白馬八方尾根スキー場近くのエコーランドにあるペンションでアルバイトをし、その合間をぬっては、ネパールをはじめとする海外へと出かける日々を5年ほど続けました。

「北アルプスには抜けられなくなる魅力があって、毎日が超楽しかったですね。麻薬みたいなもんです。でも、この感覚に麻痺してはいけないな、と。そろそろ年齢も年齢だし、自分が遊べる場所を作りたいと思いました」

こうして、森さんは自分の拠点を構える決意をしました。それが2013年のことです。

看板が立っている道路側から少し進むと見えてくる「小とりの宿」外観。古木を継ぎ合わせた板戸のようなドアが特徴的

料理も宿泊業も携われる宿業を決意

当初は、北アルプスへの登山口が近い大町か穂高あたりを考えていたという森さん。でも、大阪時代からの友人が長野市に住んでいたこともあり、長野市に遊びにきているうちに、空き家の物件紹介をしている不動産屋「MYROOM」の倉石智典さんと出会って、今の物件を紹介されました。

「1軒目にこの物件を見て、すぐに借りることを決めました。住宅街で少し奥まった立地が気に入りましたし、一番の決め手は離れがあったことです。実は、当初は宿業をやるとは決めていませんでした。山を下りている期間は、会社員時代のつながりから雑誌編集系の仕事もフリーで受けていたので、離れを使えば仕事場と住居を別々にできるし、そのうち間貸もできたらいいなと思っていたんです」

庭から見た客室。間取りはかつてのまま変えず、ガラスや障子なども以前のものを生かしている

そんな気持ちから借りた家でしたが、10年以上も空き家になっていて、猫屋敷と化していた廃墟の掃除は予想以上に手がかかり(森さんが初めて訪れた日には、押し入れで猫が出産していたのだそう!)、強烈な匂いの換気と清掃だけで1年ほどかかりました。その間も、10カ月ほどは長野市を離れ、山小屋と白馬のペンションでがっつりと労働。そんな森さんに、次第に心境の変化が訪れます。

「私が働いていたペンションは、しっかりとした料理を出す料理系ペンションだったので、そこで料理を教えてもらったり、料理教室にいったり、山小屋で毎日ごはんを作ったり。気づいたら、ごはんばっかり作っているな、と思ったんです。これは自分に合っていて楽しいな。そう思って、料理を出せる場所がいいなぁと思うようになりました。『制作系の仕事場っていう使い方も何か違う。だったらカフェにするか。いや、宿にしたら、料理も宿業も両方できるな』そんな感じで、気づいたら宿に決めていましたね」

まずは場所がありき。そこから徐々にイメージを膨らませて、宿業を決意したのが昨年11月。本格的に改装計画を練り始めたのが12月のことでした。

玄関に入るとすぐ左手にあるキッチンカウンターは美術家である小池雅久さんの手作り。ここにも古木を継ぎ合わせたデザインが施されている

気軽に山小屋感覚できてほしい

設計や施工を手がけたのは、長野市に通ううちに親しくなった建築系の信州大学大学院生や、美術家で住宅や店鋪の施工も手がけるカフェ・マゼコゼ(美学創造舎マゼコゼ)の小池雅久さん、その知り合いの染色家のご夫妻。5人で協力して旅館業の基準を満たすように荒屋を直し、洗面所や脱衣所を設け、土が流れてドロドロになっていた庭も土壌改良をして畑も作りました。こうして、3カ月間かけて母屋と庭が完成。宿名は、以前からこの家に付いていた名前から命名しました。

「今、うちの看板が設置してある入り口のちょうど同じ場所に、もともと『小とりの宿』という看板が掲げてあったんです。40年ほど前、大家さんのお父さんが趣味として庭で小鳥が遊べる”小鳥のための宿”を作りたいと、シャレで看板を付けたそう。その響きが可愛かったので、その名を残しました」

宿泊費や宿泊スタイルはおおむね山小屋と同じ設定に。そして、いざ開業すると、特に大きな宣伝はしていなかったものの、善光寺御開帳の影響もあり、すぐに予約が立て込みました。そのほとんどが女性の一人客。それも、山小屋時代からの知り合いや仲間からの紹介など、人づてで噂を聞きつけた登山関係者が多かったそうです。

共有スペースにある一枚板を使った座卓も小池さんお手製のもの。ここで宿泊者みんなで食事をする

「山小屋で小屋番をしていた女性客や山ガールの宿泊者が多かったですね。そのおかげで、今度、北アルプスの山小屋で働く女の子たちが集まって、1泊2日でここに泊まり、翌日みんなで山に行くという『小屋番会』を”小とり企画”として開催することになりました」

これだけでなく、森さんは今、さまざまなイベントを考案中です。

「今もご近所さんにはとてもよくしてもらっていますが、地元の人は宿に泊まりにくる必要がないので、今後は地元の人と一緒にできるようなイベントを企画したいですね。そして、長野市に住んでいる人が来やすい場所にしていきたいと思っています。そのひとつとして、今も夜ごはんだけは予約制で受け付けていますが、来月からは週に1回のランチ営業もしていく予定です」

また、山小屋で働いていたノウハウを生かし、地元の人向けに登山関係の企画も考えていきたいといいます。そして、これまでの宿泊者はほとんどが素泊まりではなく食事付きプランであることから、いずれは近くに家を借り、食事や掃除などを手伝ってくれる人を雇って規模を少しずつ広げたいそうです。

「どうなるかはまだまだこれからですが、ぼちぼちとやっていきたいですね」

素敵な庭に戻してくれたのは、染色家の奥様。染物は植物を扱うことから、植物の知識に長けた彼女が土壌改良をしてくれたそう。土壌の底上げのために、庭の下地には、かつてこの家で使っていた畳が敷いてあるという。中央に設置された大きなテーブルも小池さんの手作り

こう話す森さんですが、気負わないのんびり感の裏には、確かな理想像があります。

「知り合いがこの宿にくると『森んちに遊びにきた感』がすごいっていうんですが、そんな風に、我が家に遊びにきた感覚で食べて遊んで寝ていってもらえるとうれしいです。私も生活があるので、ちょっとだけ宿泊料はいただきますけど、気軽に山小屋感覚できてもらえるといいのかな。そして、この宿でこれから山に登ってみたい人もこれまで登ったことがない人も山の話をしているので、ここが常時、そんな風に山の情報が飛び交う場所になっていったら楽しいですね」

登山者にとって、苦労した先に山小屋がある安心感は大きなものがあります。また、山小屋には緊急避難場所としての役割もあります。多くの人々が「小とりの宿」に引き寄せられる吸引力の背景には、森さんがもつおおらかさと、「山小屋で迎えてくれる姐さん」のような安心感、頼もしさがあるからでしょう。「小とりの宿」はまだまだはじまったばかりですが、着実に地域に根付き、長野市民と山の文化をつなげる拠点になっています。

旅館業の基準を満たすためには洗面所と脱衣所が必要だったことから増築。屋根を透明のポリカ波板にしたため、とても明るいスペースになっている

(2015/07/02掲載)

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長野市箱清水2-23-22
電話 090-9994-1035
ホームページ http://cotorinoyado.com/
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