No.250
西沢
拓朗さん
写録代表/レコーディングエンジニア
キャリーケースと新幹線で移動。
録音を身近に提供するための働き方
文・写真 くぼたかおり
かつて指揮者になりたいと夢を抱いていた少年が、ある時”サラウンド”という音響システムに興味を持ちました。武者修行のような20代を経て、今年2月長野市に戻って音楽ホールへ出張し、録音する事業をスタート。一般的にホールが少ない地方で、どのような働き方を模索しているのか伺いました。
音大を諦め、音に興味を抱いた学生時代
西沢拓朗さんが音楽に関心を持ち始めたのは中学生のころからでした。当時は吹奏楽部に所属し、クラシック音楽に親しむうちに指揮者の小澤征爾さんに憧れ、学年が上がるとともに指揮者を担当するようになりました。
高校生になってもその想いは変わらず、音楽大学へ進もうとピアノを習い始めましたが、思うように上達できずに断念。一方で興味のあった”映画のサラウンド”を勉強したいと思うようになりました。
ちなみにサラウンドとは、一般的に4つ以上のスピーカーからそれぞれ異なる音を出す立体音響のことを言います。このサラウンドシステムのおかげで、映画館で観る映画は迫力があり、情景をリアルに感じることができます。
さて、どちらかと言えば映画に疎かった西沢さんでしたが、サラウンドを学ぶべく日本大学芸術学部映画学科に入学。撮影・録音を中心に、映画史や映像表現、理論などを幅広く学びました。
「当たり前だけど、みんなマニアと言えるほど映画に詳しかった。僕は映画そのものよりも音に興味があったから……。それと入学してからサラウンドについて学べる授業が無かったことに気付いたんだよね」
さまざまな音響機器に囲まれて作業する西沢さん。この日は長野市街から1時間内で行かれる戸隠の「自然の音を録音してほしい」という仕事の作業をしていた。こういった依頼は、自然豊かな長野ならではかもしれない
武者修行時代に出会った師匠と独自のスタイル
一番習得したかったサラウンドを学べないことに悶々としつつも、サークル「ミュージカル研究会」での活動や卒業制作で慌ただしく過ごすうちに、あっという間に卒業間近となってしまいました。さすがにこれではまずいとサラウンドの音声制作を手がけるスタジオで、約1年間インターンを経験。その後銀座にある「音響ハウス」に就職し、ラジオCMなどのレコーディング、ミキシング、マスタリング業務を基礎から学びました。退職後は映画や舞台などさまざまな”音の現場”に飛び込み、見聞を広げました。またナレーション収録について理解を深めようと、コピーライター講座に通ったりもしました。
「そのころはまるで武者修行をしているようだったね。お金的にもギリギリだったし」
そんな方向性の定まらない生活を続けていたある日、何気なくかけたCDの音に感銘を受けます。そこに書かれていた録音家・福井末憲さんにもアプローチをして会うことになりました。
「福井さんに会うまでは、最新の録音機材に囲まれて神経質な様子で仕事に向き合っているような方かなという印象を抱いていたけど、実際には全く違った。もちろんいくつかのすばらしい機材もあったけれど、それだけにこだわっていなかった。仕事を見せてくださいとお願いをしたら了承してくれて、何度か同行するうちに『次からお金出すよ』と言われた時は、本当にうれしかった」
福井さんとの出会いによって、本来好きだったクラシック音楽と武者修行時代に身につけたスキルの両面を生かせるようになり、クラシックを専門とする独自性も見えてきたのです。
音を混ぜる「ミキサー」と、マイクロフォンの微弱な信号を増幅する「マイクプリアンプ」
地方ならではの働き方に合った"出張録音"
武者修行時代に出会った奥様と2009年に結婚し、子どもが生まれました。再び奥様が仕事に復帰しようと考え始めた時、待機児童の問題に直面します。西沢さんがフリーランスゆえ認可保育園への入園は叶わず、家賃と同額ほどの負担で保育所に預けていたのです。それと同時にかねてから構想のあった事業を実現しようと、ホールがたくさんある都心から地元長野市へUターン。西沢さんの会社「写録」の新規事業として、「Ninja Recordings」を始めました。
「長野市に戻った時に、地方にもたくさんのすばらしい音楽家がいるんだな!とおどろいた。きっと県外や国外に知られていない人もいるだろうから、録音という分野からお手伝いができたらいいなと思っています」
通常レコーディング・エンジニアはハイエースのような大きなバンに機材を詰め込んで移動することがほとんどです。録音をもっと身近で気軽に感じてもらいたいという想いから、移動手段は新幹線で、荷物はキャリーケースを選択。拠点の長野市からであれば、松本や軽井沢方面、さらには富山、金沢、東京も気軽に移動できる範囲です。
「録音とは何かと問われると、どう答えようか迷うね。ただ言えるのは、演奏が良ければ自然とすばらしい音になる。無理に趣向を凝らそうとするのではなく、ねじまげずに録音したい。これからは録音というものをもっと身近にするために、Ninja Recordingsを発展させていきたいです」
一見飄々とした雰囲気の西沢さんですが、内には続けるために何をするべきかを常に考え、行動する熱さを秘めた人でした。”録音”を通じて、新たな長野の見せ方ができることを期待したいです。
お客様が希望する録音方法に応じてさまざまな機材を揃えている。このキャリーケースは湿気や振動からしっかり機材を守ってくれるそう
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会える場所 | 写録 長野市丹波島2-13-11 電話 026-247-8921 ホームページ http://486recordings.com/ Ninja Recordingsホームページ http://ninja-recordings.jp/ |
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