No.440
吉本
隆生さん
「お茶ぐら ゆいまある」店主
まちの文化を育み、味わい深いコーヒーの提供も
文・写真 島田 浩美(文)、内山 温那、島田 浩美(写真)
長野市にある信州大学工学部の正門前で、40年以上にわたって飲食を提供するにとどまらず、コミュニティの拠点となってまちの文化をつくってきた「お茶ぐら ゆいまある」。沖縄県出身の店主の吉本隆生さんは「人と出会う場所をつくりたい」との思いから、妻の実家の土蔵を仲間と改修し、開店以来、さまざまなイベントの開催で幅広い世代の好奇心を刺激し続けています。
共同作業で蔵を生まれ変わらせ、人との出会いの場に
喫茶店は、もともと社交場や知識共有の場として発展してきた歴史があります。「お茶ぐら ゆいまある」は、まさにそんな往年の喫茶店の成り立ちを彷彿させます。
吉本さんが、妻の実家がある長野市に移住したのは26歳の時。その後、4年半にわたって福祉の仕事に従事しましたが、次第にもっと多くの人と出会えるコミュニティの場づくりを考えるようになり、妻の実家の使われていない土蔵の改修へと思いが至りました。
しかし当時は「土蔵はいじるものではない、改修を始めたらキリがない」と、創業以前に建物に手を加えること自体、多くの人に反対されたそう。確かに今でこそ善光寺門前を中心に、空き家や蔵をリノベーションした店が多く見られますが、40年も前は土蔵を改装している店がほとんどない時代。それでも吉本さんは「この建物だからこそやりたい」と、周囲の反対を押し切ったそうです。
「この土蔵が好きだったから、土蔵を生かそう、自分も生きたい。そんな思いだったね」
とはいえ、創業資金はわずか。そこで仲間たちと古材やレンガなどを集め、共同作業で改修を進めました。
「『ゆいまある』とは沖縄の言葉で『共同作業』という意味。僕は昔から芝居の演出をやっていたから共同作業に憧れもあったし、人が集まってワイワイとイベントを作り上げていくのが性に合っていて、そういう人と出会う空間がほしかったんだね」
▲「結い」には人の自然な結びつき、「まある」には交流の輪という意味も込められているのだとか
地域に根ざしたさまざまなイベントを企画
こうして約半年間かけ、1977年に「お茶ぐら ゆいまある」がオープン。すると、すぐに工学部の学生たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、開店1年目には常連の学生たちと工学部祭のオープニングセレモニーやコンサートを開催。店舗2階では工学部の職員による写真展も開きました。
「僕自身が大学のそばにこういう店があるべきだという思いもあったし、まだ若かったから学生時代のノリも残っていたんだね」
そして、学生からの持ち込み企画だけでなく、吉本さん自身も芸術活動やものづくりをしている友人が多かったことから、シンガーソングライターの豊田勇造氏や日本レコード大賞を受賞した新井英一氏など、第一線で活躍するミュージシャンをはじめとするライブや映画上映、講演会などさまざまなイベントを開催。連日、深夜まで多くの人の出入りがあったそうです。その背景には、まちの文化発信基地としての魅力だけでなく、仲間を大切にするウチナンチュ(沖縄人)らしい吉本さんの実直な人柄もあったことでしょう。
▲開店20周年記念には「お茶ぐら ゆいまある」の歴史を綴った20年史を制作
そうした人とのご縁を大切にする嘘のない交流が広がり、1994年からは「沖縄のものを長野に紹介したい」との思いから、ゴーヤの苗の無料配布や沖縄の物産市、ミュージシャン・喜納昌吉氏のライブなど、沖縄関連のイベントも企画。ゴーヤの苗の配布は一大ブームとなり、100mを超える行列になったとか。こうした功績が認められ、1999年からは那覇市観光大使に任命されました。「観光大使になって女房が喜んでくれたのが一番よかったね」と吉本さんは振り返ります。
おいしいコーヒーの提供をめざして
ところが、開店25年目となる2002年。吉本さんを突然の病が襲います。脳出血で、約150日間入院。医者からは「一生、車椅子生活になる」と言われました。しかし、懸命のリハビリで歩けるまでに復活。その間、店を支えたのは、妻と妻の妹でした。さらに数年前からはコーヒー好きの長男が「応援したい」と店を手伝うようになり、コーヒーの提供にもさらに力を入れています。
オリジナルブレンド「ゆいブレンド」は、以前にナガラボでもご紹介した「ヤマとカワ珈琲店」のコーヒー豆を使用し、協力して作ったもの。後味にほのかな甘みを感じる味わいで、コーヒー好きはもちろん、コーヒーが苦手な人にも飲みやすいと評判です。
▲コーヒーを提供する食器も吉本さんの友人が手がけた手作り
2017年の開店40周年の記念には、長男の発案で、40年近く毎日足を運ぶ常連客の漫画家・西沢まもるさんのイラストが描かれた紙パック入りコーヒーを販売しました。
▲信濃毎日新聞夕刊の4コマ漫画「ズクたん」の作者としても知られる西沢さんのイラストが目を引く紙パック。こちらのコーヒーも「ヤマとカワ珈琲店」と協力して完成したもの
くわえて、最近は少量から豆の焙煎が可能な焙煎機も導入。今後は長男がコーヒー豆の自家焙煎を行っていくほか、焙煎体験なども受け入れていく予定だといいます。
「店自体は今の形になるまで18年くらいかけて毎年改修してきたけど、メニューに関してはできることが少なかったこともあって、あまり考えたことがなかった。だから、今後は長男がおいしいコーヒーを提供してくれたら、こんなにうれしいことはないね。いうことないよ」
変化が激しい時代のなかで40年間個人店を続けるというのは相当なことです。特に開店当初、「お茶ぐら ゆいまある」の周辺には畑しかなかったそうですが、今ではすっかり開発が進み、工学部は正門の位置すら変わりました。そうしたなかでこの店には、変わらぬよさと変わっていくよさが共存しています。
落ち着ける空間でおいしいコーヒーが飲め、さまざまなイベントを通じて感動や新しい発見がある。そんな喫茶店が行きつけになると、毎日の暮らしがきっと豊かになることでしょう。
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会える場所 | お茶ぐら ゆいまある 長野市若里1-25-22 電話 026-224-0330 営業時間:9:00~18:00 |
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