No.436
越前屋
圭司さん
長野市若穂 地域おこし協力隊
「民宿・ジビエ加工・狩猟」を通して、里山の魅力を守り、次代に引き継ぐ
文・写真 小林 隆史
千曲川と犀川の合流地点の東岸に位置し、飯綱・黒姫・妙高・戸隠・斑尾の〈北信五岳〉をパノラマに望む若穂地区。人口約1.2万人のこの地区は、菅平の麓の扇状地に、リンゴやブドウ、モモなどの果樹園や畑地が広がっています。長野市中心市街地から、車で約20分ほどのアクセスの良さがあり、今に残る「あるがままの自然の風景」は、四季折々の日本風土の美しさを物語ります。
▲美しい自然が広がる若穂。写真中央は松代地区へと続く奇妙山。若穂は1959年に、綿内・川田・保科の3村の頭文字をとって「わかほ(若穂)」と名付けられ、1966年に長野市に合併
しかし、そんな自然の美しさの背景にあるのは、1959年に起きた台風からの復興の軌跡。その年の8月と9月に連続して若穂地区を襲った伊勢湾台風の影響で、若穂地区のリンゴすべての収穫が困難となり、綿内小学校の体育館が全壊するなどの被害を受けました。しかしその後、土木整備事業や周辺自治体との合併や農業区域の保全を経て、里山の美しい自然を活かした地域づくりがなされてきました。
2019年10月、台風19号の影響で千曲川の氾濫が起き、大きな被害を受けた長野市周辺地域の一日も早い復興を祈るとともに、若穂地区の歴史の上に、2017年から地域おこし協力隊として活動を続ける越前屋圭司さんのこれまでを紹介します。
若穂の魅力を引き出し、持続可能な事業化を推進
2017年から、長野市若穂地区の地域おこし協力隊員・越前屋圭司さんの活動は、多岐に渡ります。野生鳥獣食肉加工施設〈自美恵-じびえ-〉の運営、民宿〈WAKAHO GIBIER B&B〉の運営、地域おこし協力隊としての情報発信、猟師、有害鳥獣捕獲授業者としての活動まで、若穂の魅力発掘のために自ら率先して、あらゆる活動に取り組んできました。こうしたマルチな役割を担いながらも、越前屋さんは、着任以前から、一本の道筋を立てていました。
▲越前屋さんが営む民宿〈WAKAHO GIBIER B&B〉の佇まい。知人を通じて越前屋さんが購入。もともとデイサービスセンターとして改修が十分に行われていたため、民宿を営もうと決めてからは、建築的な要点は見事にクリア。偶然にも順調に民宿開業に至った
「地域おこし協力隊として移住を果たすまでの間に、自分にできることは何か考え、若穂地域の事業や自治体の取り組みをくまなくリサーチしました。地域の課題解決となれば、私一人ではとても担えない部分も多いですから、まずは『食肉加工施設の事業推進』を通して、有害鳥獣による農業被害を抑え、農業従事者や猟師の数を安定させることをミッションとして、活動をスタートさせました」
地域おこし協力隊として託された「ジビエの振興およびPR」の任務を洞察し、まずは地域の潜在的な可能性を整理し、根本的な課題解決を見据えた越前屋さん。そして自治体のキーパーソンへの聞き取りを進めていく中で、一つの大きな課題が見えてきました。
「ジビエの振興という目標がありながら、そもそも、野生鳥獣の狩猟の担い手は、猟友会の会長さん一人の手に託されていました。つまり、会長が狩猟を続けない限りは、ジビエの振興そのものが持続不可能ということがわかったのです」
そこで越前屋さん自身も狩猟免許を取得し、猟友会入りを果たします。すると次なる課題でもある「狩猟から食肉加工までの基盤づくり」と「流通」のことが、具体的に見えてきました。
「野生鳥獣食肉加工施設〈自美恵-じびえ-〉は、食肉処理・販売の許可がありながら、パッケージやラベルづくりなど、細かな点で、どうしても製品化が行き届いていない部分がありました。そこで、部位をわかりやすく表記するカットチャートや価格設定を行い、真空包装や製品表示の整理に取り組むことに」
▲まずは商品として流通させるために、もともと設備として備わっていた真空包装の使い方やラベルの作成なども越前屋さんから共有。狩猟から食肉加工や流通まで、一本の筋道を整えていった
課題を洞察し、解決の糸口を見つけてきた越前屋さん。そして次第に、流通の道筋も整い、いよいよ「ジビエの振興やPR」へと歩を進め、長野県内のレストランやホテルを中心に、販売ルートが拓いていきました。
「ジビエのおいしさは、やはり身近な地域で精肉された状態で、すぐに料理をすること。地産地消を大切にする周辺地域のレストランやホテルから注文が集まりました。どのお店も、私たちの取り組みをひとつのストーリーとして、お客様に届けてくださっているので、若穂のジビエがひとつのブランドとして成立していったように思いますね」
すると今度は、野生鳥獣食肉加工施設〈自美恵-じびえ-〉の稼働率も上がり、狩猟の需要が伸び、若手の猟師が狩猟に積極的に参加するようになりました。こうして、『食肉加工施設の事業推進』を起点に、猟師の関係人口の増進を果たしました。
▲若穂地区および長野市の有志、そして地域おこし協力隊で、ブランドロゴも作成
里山と人の暮らしを守るために
しかし、ジビエの流通を永続的に増やしていけばいいかと言えば、一概には言えないそう。
「狩猟から流通までにはあらゆる人の手が加わっています。事業化を果たして一定数の需要と供給を、持続可能な体制で続けていくことが大切です。ただし、一方で、有害鳥獣を放っておけば、農作物や森が荒れ果ててしまいます。なので、人の手を加えながら、森と有害鳥獣の生息を守るバランスが必要なんです」
特にシカは、樹木の皮や草、花までをくまなく食べてしまうので、ある程度の人の手を加えていかなければ、森の寿命も縮んでいきます。越前屋さんの取り組みによって、狩猟に関わる関係人口が増えたことは、この課題を解決するひとつの糸口になりそうです。
日本古来の風土を感じさせる「あるがままの自然」
▲民宿〈WAKAHO GIBIER B&B〉のガーデン。プラントメーカーや建築設計事務所に勤めてきた越前屋さん自ら、ガーデニングを行い、美しく保たれている
地域おこし協力隊として、ジビエ食品の製品化や流通、森の生態系の恵みを享受した狩猟の基盤づくりに貢献してきた越前屋さんの知見は、プラントメーカーや設計事務所で培ってきた経験から。設計事務所全体の事業推進や人との関わりに、広く目を向けてきたからこそと言えます。地域おこし協力隊への志望理由を訊ねると、朗らかな笑顔でこう話します。
▲民宿〈WAKAHO GIBIER B&B〉の真向かいには、越前屋さんの畑も。空に手が届きそうなほど、あたり一面に緑が広がる風景は絵画のよう
「東京に生まれて、横浜で20年近く仕事をしてきましたが、もともと自然が好きで、家族4人で上高地を起点に登山をして、テント泊をするのが毎年恒例でした(笑)。なので、いずれは農村地域に暮らしたいと思っていましたし、里山における有害鳥獣の被害にも問題意識を持っていましたから、松本や飯山の地域おこし協力隊の情報も検討した上で、若穂地区の取り組みに募集しました」
着任後は、想像以上に、暮らしやすかったと言います。
「市街地へのアクセスも良く、雪も少ないですから。今は神奈川県川崎市の高校に通う長女と妻は川崎市に、私と中学生の次女が若穂に暮らすという二拠点生活ですが、妻たちも月2日ほど会いに来てくれて、不便はありませんね。
これだけアクセスが良いにも関わらず、ガイドブックで大々的に紹介されるような地域ではなく、住民の自然体な暮らしが広がっている里山なのが、魅力かもしれませんね」
そんな里山暮らしを味わえる民宿〈WAKAHO GIBIER B&B〉も運営する越前屋さん。滞在した外国人観光客との出会いから、若穂の魅力を再認識したそう。
「いわゆる観光地ではない場所で長期滞在していくうちに、周辺のリンゴやブドウの実りに、豊かな土壌を感じたそうで、『農家さんから直接買いたい』なんて喜ばれて。そんな時には、私も知り合いの農家さんに声をかけて農園を見させてもらったり、果物を買わせてもらったりも。そして、そのままいっしょに、私たちが普段眺めている何気ない田園風景を案内しました(笑)。若穂の自然にとても魅了されたようでしたね」
どこにでもあるようで、ここにしかない特別な風景が広がる若穂。里山の美しさから恵みを受けて、精肉をしたり、農作物を育てたりと、あるがままの自然を享受した暮らしが育まれています。
「それから、若穂の魅力はやっぱり人ですね。私が着任してすぐのこと。1月の寒い冬を越すために、近隣の方々がコタツや食料を譲ってくれて。若穂のあたたかな人柄は、何よりの魅力です」
2019年12月末をもって、任期を終える越前屋さんは、若穂地区の人たちとの縁を大切に、これからも「民宿・ジビエ加工・狩猟」を通して、若穂の魅力を引き継いでいくことを決めています。人から人へあたたかな良心が引き継がれている若穂が、外国人観光客の目には特別に映ったのかもしれませんね。
周辺には、石窯ピザのレストランや、自家製パンのサンドイッチ店、オーストラリアから移住してきた夫婦のハンバーガー店などもあるので、ぜひ一度、若穂の自然を満喫してみては。
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会える場所 | 〈WAKAHO GIBIER B&B〉 長野市若穂保科3060-30 電話 090-6004-6019 ホームページ https://www.facebook.com/wakahogibier/ |
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