No.428
三井
昭さん・好子さん
三井昭商店
「銀ダラ粕漬け」といえばこの店! シンプルなのに家庭では作れないヤミツキな味
文・写真 島田 浩美
“銀ダラ粕漬けがおいしい店”として、知る人ぞ知る「三井昭商店」。長野市安茂里の住宅街にあった昔ながらの佇まいの店舗も味わい深いものがありましたが、昨年、そこから徒歩約5分の国道19号にほど近い場所に移転しました。
ところで、本当にお気に入りの店って、あまり人に教えたくないような、でも、そのおいしさをもっと多くの人に知ってほしいような、そんな魅力がありませんか。この「三井昭商店」は、まさにそんなお店なのです。
口コミで評判が広がる売り切れ必至の銀ダラ粕漬け
「三井昭商店の銀ダラ粕漬けがおいしい」と最初に教えてくれたのは、1級フードアナリストの中島麻希さんでした。フルネームの店名も気になりましたが、実際に店舗に足を運ぶと心は鷲づかみ。肉厚の銀ダラ粕漬けのなんとおいしいこと! シンプルなのに味わい深く、酒粕の旨みを十分に感じるのにあっさりしていて、どことなく漂う上品さもいい。銀ダラ本来の味も引き立てられていて、ふっくらプリプリの食感も満足感を高めてくれます。1枚600円の価値は十分に感じられるのです。
さて、そんな三井昭商店。以前の店舗を知っている方は、そのきれいさに拍子抜けするかもしれない、さわやかなお店となりました。
扉を開けると、まず目に入るのがやはり銀ダラ粕漬け。仕込んだ分はその日のうちに完売してしまうそうで、早々に売り切れてしまうことも。在庫があると「よかったー」と胸をなでおろす瞬間です。
それでも、次から次へとお客さんが訪れては銀ダラ粕漬けを購入していくので、油断は禁物。取材中も「後で買おう」なんて思っていたら続々と売れていくので、取材を中断して購入しました。
接客のやりとりに耳を傾けると、客層は常連さんから「○○さんにおいしいと聞いてきました」と口コミで訪れる一見さんまでさまざま。店主の三井昭さんは決して気さくなわけではないのですが、誰に対しても分け隔てないフラットな接し方が心地いい。妻の好子さんの温かい接客とのバランスも絶妙です。
また、おふたりの気前のよさも魅力。取材中も、買い物をした人にはもれなく「これも持っていけ」と豆腐や魚をサービスしていました。
「先代の親父もサービスをするのが好きで、小さい頃からそれを見て育ったから自然とやっちゃうんだよ。でも、接客は苦手だね。親父の時代は『やっさん(親父さんのニックネーム)いねえか』と訪ねてきた人がたくさんいたけど、今は『昭さん、いる?』なんて来る人はいなくて『好子さん、いる?』って人ばっかりだよ。俺はお天気屋だったからね。今はだいぶ気が長くなったほうだよ(笑)」
そう話す昭さんですが、常連さんとは冗談を交わしたり、子連れのお客さんにはジュースを渡したりと、接客中も楽しそう。なんだか親戚の家に来たような温かさが店全体に漂います。
試行錯誤でたどり着いた製法。今も毎日が研究
昭さんは昭和22(1947)年生まれ。店は昭さんが生まれる前の昭和17(1942)年に父が創業し、当初は酒屋を営んでいましたが、戦時中に酒類の販売が統制されたことから雑貨屋へ。その後は野菜も販売しました。
魚を本格的に売り始めたのは、昭さんが22歳で家業に入った昭和44(1969)年頃。当時、一帯はほかにも魚屋があり、左官屋や板金屋、床屋などもあって、「安茂里銀座」としてにぎわっていたそうです。そして26歳で好子さんと結婚。店を代替わりして、店名を「三井昭商店」と改めました。
銀ダラ粕漬けを始めたのは、昭さんが29歳の頃。親しくしていた魚屋の先輩に「何かよい商売はないか」と聞いたところ「銀ダラ粕漬けを作れ」と言われたことがきっかけだったとか。
「当時は銀ダラが人気があったんだろうな。それに長野では粕漬けも人気で、粕漬けといえば銀ダラ。そこで、親父にも相談しながら自分なりに作り方を研究して、今の製法にたどり着いたんだよ」
ポイントは酒粕と焼酎、みりんの配合のバランス。現在は佐久市と京都府の酒蔵の酒粕を使っているそうで、日々、仕入れた魚と対話し、季節や気候に応じて甘さや塩の配合を微妙に変えているのだとか。「今も毎日が研究」だそうで、作り置きはなく、仕込んだ分は毎日完売するのだそう。ちなみに、作ってすぐに食べるより3〜4日経ったほうが、味が染み込んでおいしいそうです。
「先週は、北海道の人が長野で訪れた居酒屋でうまかったからと買いにきてくれて、さっき、その人から電話で追加注文ももらったんだよ。その日は沖縄の人も買いに来た不思議な日だったな。親戚の家で食べたらおいしかったから買いに来たって」
そんな話をしている間も次々と来客があり「父の日に県外の家族に送りたい」という人も。どんどん銀ダラ粕漬けが売れていきます。
「遠方からお土産を持ってきてくれる人もいるんだよ。いろいろな人と知り合えるのが面白いね。新しく来るお客さんのほとんどが口コミ。だから、誠意を込めて真面目に誠実に商売をやるしかないね」
なお、店を移転してからは若年層のお客さんが増えたとか。「店がきれいになったのがいいんじゃないかな」と三井さん。ちょうど移転を考えていた頃、知り合いから「空き家になった家を借りないか」と相談されたそうで、その一角を店舗の形に改修して移りました。昔の店舗も趣があって個人的には好きでしたが、今は店を移転したよさを実感しているようです。
ここでしか買えない味。銀ダラ以外に自慢の魚も
そんな三井昭商店ですが、販売当初からこんなに銀ダラ粕漬けが売れていたわけではなかったのだとか。売り上げがない時代には、夫婦で近所の工場や会社に出張販売にも出かけたそうです。そうした積み重ねもあり、15年ほど前に長野市のケーブルテレビで取り上げられたことから少しずつ話題となっていきました。
さらに、一時期は楽天の通販も利用し、1位をキープ。ところがあまりの売れ行きに夫婦ふたりでは手が回らなくなったことから、今は店頭販売のみにしています。
「当時は2時、3時に起きて作ったけど今はできないね。卸もしていないから、ここに買いにきてもらうだけ。昔より銀ダラの値段が上がっているから高くて申し訳ないと思うけど、来てくださるのはありがたいね」
なお、仕込み量は日々の仕入れによって変わるとのこと。早く来店しないと完売してしまうからと、店がオープンする前から買いに来る方もいるそうですが、営業は平日8時過ぎから19時ごろまで。その後、20時半ごろまで仕込みをしている間も来客には対応しているとのことです。
もちろん、魚屋ですので、店頭には銀ダラ粕漬け以外にも、キンメダイやカジキなどの粕漬け、鮭やブリの西京焼きなど、さまざまに加工した魚がずらり。なかでも昭さんのおすすめはイカの粕漬けで、日持ちもして甘みも増しておいしいのだとか。ほかに野菜も新鮮で安いのも特徴です。
「目標は夫婦ふたりで元気に頑張っていくこと」。そうぶっきらぼうに話す昭さんですが、その言葉には店への思いやこだわりが詰まっています。
個人商店が少なくなっている時代。だからこそ「三井昭商店」には、応援したくなる魅力が溢れていました。
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会える場所 | 三井昭商店 長野市安茂里大門1749-2 電話 026-226-1980 |
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