No.429
小林恵子さん・倉林光
さん
nå-nå分室
おしゃれは暮らしの一部。なんでも相談できる、頼もしすぎるセレクトショップ
文・写真 石井 妙子
官公庁や企業のビルが立ち並ぶ、落ち着いた雰囲気の南県町。その谷間に立つ白いビルの階段を上り切ると、「こんにちはー」と二人の女性がほがらかな笑顔で迎えてくれました。
なんだか雰囲気が似ているこちらの二人。「双子に間違われたこともあるんですよ」と笑う小林恵子さん(写真左)と倉林光さん(同右)は、17年間一緒にお店を続けてきた相棒同士。南県町でセレクトショップ「nå-nå(ノーノ)分室」を営んでいます。出会いはアパレル企業の同僚としてだそうで、付き合いは実に20年以上。長年連れ添った夫婦がだんだん似てくるように(?)、同じ空気感が漂っているのかもしれません。
得意分野が違う二人だからうまくいく
「分室」という名前から分かるように、ここはもともと2号店。二人が1号店の「nå-nå」を構えたのは2002年のことでした。
▲ビル2階に広がる「nå-nå分室」はリラックスした雰囲気
かねてから「自分の店を持ちたい」と考えていた倉林さんと、バイヤーとしてキャリアを重ねるうち「自分が本当にいいと思う服を集めたお店をプロデュースしたい」と感じ始めていた小林さん。会社員時代、お昼休みが重なることが多かった二人は、自然と「お店をやりたいね」と話すようになったといいます。
「駅前にあったドトールコーヒーで、『お店をやりたい』という話をよくしていました。なぜ二人で始めたかと聞かれたら、よく一緒にお昼を食べていたからかも(笑)」(倉林さん)
その会話は、よくある夢物語では終わりませんでした。さまざまなタイミングが重なり、「やると決めたらすぐ」という小林さんの行動力も後押しして数年後に独立が実現。1号店に選んだのは、当時アパレルショップが集中していたにぎやかな駅前の通りです。
▲開業前にコンセプトやアイデアをまとめていたスケッチブック。内装は小林さんの案
「トレンドど真ん中ではないけれど、流行を取り入れつつ長く使える服」という基準は、オープン当時から一貫しています。もう一つ変わらないのは、「自分たちがほしいと思うもの」を選ぶこと。
「もちろん全部自分に似合うわけではないから、お客さんに試着してもらって、さらにその人が好きそうなものを広げて提案することが楽しい。自分ではできないことを、人に着てもらって楽しんでいる感覚です」(倉林さん)
買い付けは主に小林さんが担当。「取り扱うブランドとは長く付き合いたい」と思うからこそ、いいと思ってもすぐに声をかけず翌シーズンどんな商品を出すかまで見て、方向性やものづくりの考え方、どんな店で扱っているかもじっくりリサーチ。自ら他店で服を買ってみることも多いそうです。そうして選んだブランドとの縁は長く、オープン当時から今も扱い続けているものも多いと言います。
▲セレクトする基準の一つは「作り手の顔が見えること」。製造過程の説明もメーカー側からじっくり聞きます
意外だったのが、「入荷された服は一度自分たちで着てみる」ということ。服の魅力を最大限お客様に伝えるために、「このアイテムと合わせるといい」「これは体が立体的な人向きだね」「袖の位置はこのぐらいがかわいい」など、閉店後の店内でお互い確認し合うのだそう。アイロンがけされた状態で届く商品も一点一点畳みジワをとり、空気を含ませたり時にはあえてくしゃっとシワを入れたり、素敵に見せるための細やかな準備も基本。だからこそ、並んでいる服も着姿をイメージしやすいのです。
接客でもなんとなく役割分担があるという二人。小林さんは「結婚式で着る服を探している」「いつもと違うものを着たい」などコーディネートの課題解決が得意。一方の倉林さんは、体型カバーなど一人ひとりの悩みに答えるのが得意です。
「小林はだいたいの洋服が似合うんですが私は逆で、似合う似合わないがはっきりしている(笑)。だからいろいろ着てみて研究するし、お客さんが試着する姿を見る中でも『こういう人はこれが似合う』と法則性が見えてくるんですよね」と倉林さんが話すと、「それが倉林の強みだよね」と小林さん。
現実的で頼もしいアドバイス力にも納得です。
暮らし全体に世界を広げて
「好きなものをセレクトする」ということは、自分たちが年を重ねて好みや考えが変化するにつれ、お店のスタイルも自然と変わっていくということ。実際、1号店ではオフィスでも着られるようなベーシックなアイテムも多かったのですが、「だんだんリネン素材のようにリラックスできる服に惹かれるようになっていって。そういった服を少しずつ増やしてみたら、意外とお客様も受け入れてくれたんです」と小林さん。
▲「服を選ぶときは使われている糸や織り方、編み方まで見てしまうんです。買い付けでも素材からしっかり見ますね」と小林さん
そんなタイミングで巡り合ったのが、元語学学校のこの建物。駅からやや離れ周囲にお店もない静かな場所でしたが、「歩いてみたら、なんだかいい感じだなと思った」と振り返ります。
「2号店は素材にこだわったナチュラルな服をコンセプトにしたいと思っていたから、それを求めてわざわざ訪ねてもらうような場所もいいのかなと。通りには面していないけれど、階段を上がった先に別世界が広がっていたら楽しそうだなと思いました」(小林さん)
▲ビルの入り口。階段を上ってお店へ
かつて教室だった空間をリノベーションし、2005年に「nå-nå分室」をスタート。のちに隣接する元校長室をつなげてギャラリー「コベヤ」もできました。一般的なアートギャラリーよりも少し敷居を低く、暮らしまわりの器やカゴなど「nå-nåの服を見に来たお客様が喜びそうなもの」を集めた企画展を不定期で開催。自由に使える空間ができたことで洋服のオーダー会やワークショップ、企画展、お菓子の販売会など、ファッションにとらわれず「お客さんに届けたい」と思うことをのびのびと楽しんでいます。
「昔ほど『方向性がブレちゃいけない』と思わなくなりました。変化はしないけど、進化しないと私たちもつまらないしね。以前は『ファッションを売る』感覚だったけど、今は生活を考えます。自分もお客様も生活者だから」(小林さん)
▲「コベヤ」で初めて開催した企画展は、信州新町在住のまとはまがんじさん・安竹みどりさんの陶展「うつわの小部屋」。今年で10回目を迎えました。(nå-nå分室提供)
▲今年5月に開催されたのは、静岡が拠点のニットブランド「AND WOOL」のポップアップショップとオーダー会、さらに実際に編み機で作るワークショップも。(nå-nå分室提供)
「これから分室の周辺が楽しくなりそう」と感じた二人は2010年、1号店を閉じて分室に集中することに。その読みは的中し、数年のうちに通り沿いには「つぼみ Flowers/Plants」「ch.books」「ivy products」がオープンし、にぎやかなエリアになりました。
年齢も体型も解決できる
訪れるお客様の年齢層は幅広く、30代から上はなんと80代まで。年を重ねた悩みにも、「ファッションは暮らしの一部」と考える二人ならではの優しい視点で応えます。
「年齢を重ねると何を着ても似合うわけじゃなくなったり、体型が変わって同じ服でも見え方が変わってしまったり、かといって着て疲れる服も嫌だし。悩みは増えますよね。でも例えば襟の位置を少し後ろにずらしたり袖をまくったり、着方一つでも変わるんです。手持ち服のコーディネートがマンネリになっても、小物合わせや色合わせで印象は変えられる。そういうことを、お店での会話やブログで発信しています」(小林さん)
一つひとつは小さなことですが、「忙しい日常のなかで、だんだん考えなくなりますよね。私たちはそういう解決法を、いつも考えているんです」と頼もしい言葉。
▲ちょっとした袖のまくり方や小物合わせなど、自分では気づけないヒントをもらえます。
さらに心強いのは「きれいなラインで着てもらいたい」とこだわっているお直しサービスです。長年のパートナーである腕のいいお直し屋さんに依頼し、ウエストや胴回り、袖丈に至るまで、元のラインを崩さずサイズを調整。痩せ型の人もヒップのラインが綺麗に見えるように調整したり、サイズを大きくするときはポケットの生地を使って皮膚移植のように継ぎ合わせるなど、そのレベルはまさに神対応。さらに洗濯で風合いが変わってしまった、糸がほつれてしまった、といった諦めがちなトラブルもできる範囲で対応してくれるのは嬉しい限り。
「せっかく気に入ってもらった服は、できるだけ長く着てほしいから。いろいろな相談をもらう駆け込み寺ですね(笑)」(倉林さん)
「nå-nåの服は長く着られるからって、しばらく買いに来なくなるお客さんもいるんです(笑)。でも、毎回買ってくれなくて全然いいんですよ。好きな服をじっくり見るだけで気持ちが充実すると思うし、ここはいつもわくわくした気持ちを提供する場でありたいと思っています」(小林さん)
▲練習を兼ねてお互いに接客し合うこともあるという二人。楽しそう!
ゆるやかに変化しながら、いつも二人が笑顔で迎えてくれる場所。服だけでなく、二人に会いに訪ねたくなるのです。
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