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No.332

廣田

喜一さん

農家

好奇心で作り続ける紫米

文・写真 飯島悠太

面白半分で作ってみた

四季折々、様々な農産物や特産品でにぎわう道の駅 長野市大岡特産センター。数ある商品のなかで、ふと至極色の粒の詰まった小袋が目に留まりました。丁寧に作られたラベルを見ると、“むらさき米”という聞き慣れない名前が。

大岡地区芦ノ尻集落で農業を営む廣田喜一さんは、同地区でも珍しいこの紫米の栽培を行なっています。
廣田さんと紫米との出会いを語るには、まず芦ノ尻集落の風習についてご紹介しなければならないでしょう。古くからこの集落には、正月の注連飾りを組み合わせて神面を象る道祖神があります。この道祖神を一躍世に知らしめたのが―

98年、長野オリンピック。
開会式のセレモニーにド迫力の藁の神様が日本文化の象徴として登場しました。
一方、ちょうどこの年、福岡県北九州市では市政35周年記念行事の一環として全国の藁文化の展示紹介が企画されていました。藁文化の粋を集めたと言っても過言ではない芦ノ尻道祖神に、五輪の開会式を見た同市から展示のオファーが舞い込みます。当時、保存会の会長だった廣田さんは、道祖神とともに一路北九州へ。そして各地の稲作や藁文化を集めたその会場で、数々の古代米と巡り会います。そう、紫米とは古代米品種のひとつなのです。

これに興味をもった廣田さん。その後、旧上山田町の知人から、種の入手に成功します。

「年甲斐もなく、好奇心で作ってみたくなってさ。はじめは畳2枚分くらいのところへやってみて、それから3畝4畝って増やしていって。最初は面白半分で作ってみただけだが、道の駅に出すようにしたら人気が出始めたんだ。イベントで来た人から『なんだこれ、小豆かい?』なんて聞かれたりしてさ。珍しいものだから目を引くし、興味持ってもらえるよな」

古くからの食文化が見直されてきていることや、健康志向の雑穀ブームも後押し。普通の米に混ぜて炊くほか、餅に混ぜてついても美味しく食べられます。今期の出荷は残りわずかで、次回は秋以降となる模様。

藁で象られた芦ノ尻集落の道祖神。米文化と独特の風習が廣田さんと紫米の出会いをアシストした

モノづくりに対するこだわり

「商品なんだから見た目よくないと」と話す廣田さん。モノづくりへのこだわりも人一倍です。

冒頭で触れたラベルは、PCとプリンターを使って自身で作ったもの。

「こういうの作るの好きなんだ。最初は“アルプス一望の里”とか“湧き水で育った”とかいろいろ書いてたが、やたら字ばかりになっちゃって見づらいんだよな。じゃあって、ラベルを大きくすると今度は袋が小さいから全面ラベルになっちまう。紫米って、買う側からすると一度にたくさんはいらないから袋は小さいほうがいい。で、今のラベルになったんだ。今出してるやつは顔写真付きだ、ワハハ」

中身の米も質の高いもので揃えるため、ネットオークションで米選機を購入。しっかりと未熟米を振るい落とし、“商品”の形に整えます。「手間なんか年寄りのやることだでいいだ」と嘯きますが、並大抵のことではないでしょう。事実、大岡地区のなかでも紫米の生産者はごく数人。農協に出荷する普通の米と混ざってはいけないため、脱穀機などの機器は別にしなければならないからです。また、単価はいいものの、収量は普通の米の7割程度。それでも作り始めて17年、現在7畝強の面積を作っているのは人気があるから。

「物好きで作ってるだけだが、売上はいいよ。電話で『もうないのか』って問い合わせをもらったりもする。瀬原田や南長野のAコープに大岡の特産品として出したりもするが、道の駅に出すくらいが小遣い稼ぐにはいいな」

―やはりガソリン代までは出ないですか?

「というより、南長野まで行くと、帰りに電気屋は寄る、ホームセンターは寄る、100均は寄るで、逆に金使っちゃうわい」

モノづくり熱、恐るべし。

道の駅で販売される紫米。手作りのラベルは写真も自身で撮ったもの

好奇心が人を呼ぶ

廣田さんの好奇心とモノに対する熱は、若いころから培われてきたもの。

「子どもの頃から道具や機械が好きで、ラジオなんか分解して壊したりして遊んでた。最初に本気でハマったのはカメラだったなぁ。20代前半のころ、東京の店から通信販売で購入して。地区内の仲間と写真クラブまで作って、いろいろ騒いでたわい。モデルさん呼んだりしてなぁ」

それが一段落して、次はアマチュア無線。

「いきなり全然知らない人と話せるってのがよかったな。当時は全国でたくさんの人がやってたからおもしろかった。声がステキな“声美人”がいたり、人が話してるの邪魔してくるのがいたりしてさ」

ついには地区内で数十人規模のアマチュア無線グループを作ってしまいます。活動も山頂にアンテナ立てたり、テント張って交信したりと本格化。「それこそつぎ込んて無銭になっちまったよ。無線だけに」

現在でも、廣田さんの好奇心は留まることを知りません。昨年から始めた切り干し大根作りでは「市販のやつは細すぎる」と、専門の金物屋で荒く削れる道具を購入。乾燥設備も自作し、こだわりの切り干しを作っています。畑へと目を移せば、自作の防獣ネット設備がお目見え。単管とロープを用いたシステムは、低予算でネットがズレにくく、2mという高さでも1人で設置可能という優れモノ。「仕掛けをするのが好きなんだよな。採算はダメだわい」

実に楽しそうに話してくれる廣田さん。大岡地区での暮らしについて伺ったところ「こんな辺鄙なとこねぇと思ってたが、年とっても田んぼや畑に向かう同世代の者と会うと励みになる。ポツンと一人だけでは暮らしていけない。同世代の人たちと支え合って、励まし合って生きてる。それが心地いい」とのこと。

お互い元気に活動することで支え合う。写真も無線も農業も、好奇心と行動が人を呼び、さらにおもしろさを増していく。大岡という地域と廣田さんのもつ魅力の答えが垣間見られたような気がします。

20代のころに買ったカメラを見せてくれた。フィルムを巻き取る特殊な機構を教えてくれる姿は本当に楽しそう

好奇心と元気さで人を引き寄せている廣田さん。実際には、お互いの元気さで支え合いながら暮らしているとのこと。楽しさや温かさの中に、山間部で生きてきたなかでの重厚さが滲んでいた

(2016/07/05掲載)

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会える場所 道の駅 長野市大岡特産センター
長野市大岡甲5275−1
電話 026-266-2888
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