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No.269

若麻績

敏隆さん

善光寺白蓮坊住職/宿坊組合組合長

美術と宗教の両面から
人々の心に寄り添い続ける

文・写真 島田浩美

美術を学んだことから得られた宗教観

古くから極楽の入り口として、全国各地の人々を平等に受け入れてきた善光寺。周辺には39の宿坊があり、険しい山を越えて善光寺にたどり着いた参拝者をもてなし、長旅の疲れを癒やしてきました。

「宿坊はそれぞれが仏様を祀る寺であり、宿泊者は、聖域の中に泊まる醍醐味を味わうことができます。そして、いにしえの参拝者と同じように、本堂でのお朝事にお参りし、各宿坊では非日常的な空間の中で宿坊ならではのさまざまな体験もしていただけます。こうした空間で、祖先やいにしえの人々に思いを馳せたり、善光寺の宗教的な意味合い自問自答したりと、思い思いの時を過ごしていただきたいですね」

こう話すのは、「善光寺宿坊組合」の今期組合長、白蓮坊住職の若麻績敏隆さん。組合長は2年交代で、現在は2年目の任期にあたります。

白蓮坊内に併設の「ギャルリ蓮」。国内外作家による万華鏡やとんぼ玉をはじめ、アクセサリーや小物、雑貨などの作品を取り揃えている

白蓮坊の大きな特徴は、坊内に万華鏡やとんぼ玉などを取り扱うアートショップ「ギャルリ蓮」を併設していること。女子美術大学を卒業した若麻績住職の姉・川口敬子さんが営業の中心となり、作家ものをはじめとする展示販売のほか、手作りするワークショップなども開催しています。

「宿坊は、宿泊をしない参拝者にとっては、ある種、敷居が高い場所ですが、ギャラリーがあると観光客でも気軽に入れる空間になります。また、宗教的な面から考えると万華鏡は曼荼羅そのものであり、トンボ玉やガラス玉といったきれいな装飾は、極楽の荘厳(しょうごん)としての宝石のモチーフのようです。そういうものを自分で作って体験することは、意味があるだろうと考えました。実際、いらっしゃる皆さんは喜んでくださっていますね」

「ギャルリ蓮」では万華鏡作りや天然石を使ったブレスレット作り体験も可能。子どもも楽しめる

そんな住職も、実は住職も東京藝術大学出身です。進学のきっかけは、高校時代に敬子さんから美術系大学を誘われたことだそうですが、先生にも恵まれて美術のおもしろさが見えたのだそう。結果的には大学院まで進み、その後、仏教系大学である大正大学の大学院に編入しました。大正大学でも藝大で培った美術的なものの見方は生かされたそうです。

「宗教を美術的な認識から見る癖がつきました。例えば、教義では極楽浄土は西方十万億土にあるとされていますが、それは現代人にはなかなか受け入れられない感覚です。ところがあるとき、夕暮れ時に西側の山並に赤くてきれいな太陽が沈む様子を見て感動し、毎日太陽が西に沈む(死んでいく)ことを繰り返すことから、どの文化でも死後の楽園が西の向こうにあるという共通感覚を持ち合わせていることに気づいたんです。信仰心がない人も西に太陽が沈む美しさには感動しますが、それは理屈じゃなくてこころの内面から沸き起こること。そう考えると教義は人間の自然な感情がベースになっていると考えられ、なにかガチガチにできあがったものではなく、もっとやわらかい視点で見ることができて非常におもしろいと思ったんですね。あとは、自分でどう修行をして解釈していくかになると思い、実家の白蓮坊に戻ってきました」

仁王門に程近い表参道沿い、大本願正面にある白蓮坊。宿坊内の部屋はふすまで隔てられたものながら、昔ながらの大きな木造の部屋をゆったり使えるメリットがある

文化を超えた人類共通の「極楽」の風景

こうした美術的な考え方は、現在でも若麻績住職の糧になっています。

「例えば、夫婦で別々の宗教なら死後はどうなるのかと聞かれることがあります。そこで助けになるのが美術なんです。例えば、小学校入学前後の子どもに自由画(主題を指定せずに自由に描かせた 絵)を描かせると、女性は楽園のようなお花畑の絵を描き、男性は自動車やロケット、ロボットや超能力をもつ英雄、戦闘の絵などを描きます。これは都市部や農村に限らず、諸外国でも同じ傾向が見られます。つまり、仏教でもキリスト教でも、極楽は完全に女性性の世界観であり、ここには教義を超えた世界があります」

こうした考えは、武蔵野女子大学の皆本二三江教授と話したことから導かれたそうですが、さらに若麻績住職は、楽園(極楽)の風景は日本の原風景や身近な自然と重なることから、唱歌『故郷(ふるさと)』の世界観に通じると考えています。

「東日本大震災の1ヶ月後に、本堂で『東日本大震災・祈りのつどい』を行いました。この行事では、合同法要のほかに参加者全員で『故郷』を合唱し、そこでは涙を流す人が多くいました。ここから、日本人が本来持っている楽園や極楽への概念は遠い世界のことではなく、身近にあるものと考えることができるのではないでしょうか」

また、キリスト教の宗教画では天国で死者と天使たちが舞い、仏教画の極楽でも菩薩たちが踊りを踊っています。こうした「踊り」という共通項から、若麻績住職は「盆踊り」につながると考えています。つまり、先祖はいつも私たちの身近にいて、盆踊りによって皆で踊ることで精神がどこかに飛んでいくような、命や体といった教義以前の原型的なイメージを共有できると考えています

白蓮坊前の「むじな地蔵」は、同坊に伝わる伝説から、東京芸大大学院の籔内佐斗司教授が制作したもの。参道脇の「むじな地蔵」のブロンズ像が目印で、白蓮坊内には木造彩色の像が祀られている

「善光寺お盆縁日」復活の立役者として

善光寺では、本堂再建300年の記念事業として、かつて六地蔵の前で行っていた盆踊り会を平成19(2007)年に「善光寺お盆縁日」として復活させました。その動きの中心になったのも、若麻績住職です。

「戦前から六地蔵前で行われていた盆踊りは私の祖父が中心となって行い、講中(講をつくって寺社に参詣する人々)のために白蓮坊の広間でも踊っていました。それも昭和40年くらいに途絶え、『復活するなら白蓮坊がやらないと』と周囲にいわれて活動の中心になったんです」

そこで参考にしたのが、東京都・祐天寺で行われていた大盆踊り大会。住職が大正大学時代に子どもたちを相手に日曜学校を行っていた場所で、ここでの盆踊り大会は大変にぎやかでした。長野の盆踊りはなんとなく寂しげで、しんみりとやっているイメージがありますが、参加者の中で「盆踊り=極楽」のイメージを共有するためには「とにかくにぎやかでないといけない」と考えた住職は、若いお坊さんたちと祐天寺の盆踊りを視察して、実現したい形を明確化。こうして、提灯を四方に張りめぐらせた特設櫓(やぐら)の設置がかないました。さらに、本堂前の設置はなかなか認めてもらえず苦労したそうですが、「本堂前でなければ意味がない」と強く訴え、最終的に寺務総長から了解が得られたそうです。

「盆踊りの輪に飛び込むと、全体で一体感が得られます。あれが、まさに極楽です。初年度は、多くの人がブログで『楽しかった』と書いてくださり、ある若者のブログでは『私たちが求めていたものはこういう世界かもしれない』とありました。やってよかったと思いましたね」

芸大時代は日本画を学び、住職になってからはしばらく絵画の世界から離れていたが、パステル画と出会ったことで再び絵画の世界へとのめり込むようになったという

年齢や国籍に関わらず誰もが自由に参加でき、初対面や言葉の違いがあっても自然な一体感や連帯感が得られる「善光寺お盆縁日」。こうした行事が、古くから老若男女を平等に受け入れ、極楽の入り口とされてきた善光寺で行われているのは、必然のような縁も感じます。「こうした極楽についての話は、いずれきちんとまとめたい」と話す若麻績住職。

「宗教を理屈ではなく、自分を高めてくれたり、自分のルーツを教えてくれるものだと前向きに位置付けることができるものとして捉え、時代が進んでいるからこそ、よく知られていない宗教の基本的なことをまとめていかなければいけないと考えています」

芸術家と僧侶としての両面から宗教を見つめる若麻績住職は、人々の心に寄り添いながら、今なお道を求め続けています。

平成19年に復活した「善光寺お盆縁日」の「大盆踊り会」。毎年、8月14日、15日の2日間にわたって行われ、今では善光寺の恒例行事として定着している

(2015/09/15掲載)

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