No.257
宮本
圭さん
建築家/シーンデザイン一級建築士事務
゛楽しい”を大事に
設計の枠にとどまらない建築家
文・写真 安斎高志
依頼主の世界観をかたちにする仕事
北陸新幹線開通に合わせてオープンした飯山駅のパノラマテラスや日経ニューオフィス賞を受賞したアソビズム長野ブランチなど、近年注目を集める物件を次々と手掛けている建築家の宮本圭さん。単なる設計者としての枠にとどまらず、多角的に”その場所のあるべき姿”を模索する姿勢が、高い評価を得ている源泉となっているようです。
「依頼主の夢や世界観を具現化するためには、それが依頼内容からはみ出た部分だとしても、提案しなければいけないと思っています」
長野市南石堂町にあるイタリアンレストラン「イニツィア・ラ・クチーナ」は宮本さんが2012年に手掛けた物件です。元々は内装の改修を依頼された案件でしたが、宮本さんの提案はメニューや器にも及び、果てはアプローチと屋上にかけて小さな緑の山を造ってしまいました。
イタリアンレストラン「イニツィア・ラ・クチーナ」。内装だけでなく、メニューや器そして緑豊かなアプローチなども複合的に提案し、採用された
「何も言わなかったら、インテリアの設計だけになっていたかもしれません。でも、提案したことで緑が増えて、訪れた人に外を見ていただけるようになったり、おいしいワインが飲めるようになったり、作家さんの器を知る機会になったりとか。そうした全体のプロデュースは、そこまで依頼されていないときでも提案するんです」
この物件に限らず、こうした総合的な提案をする際、宮本さんはデザイナーや不動産業者、編集者ら他分野のプロの視点を借りながら、プロジェクトを成功へ導いていきます。
「複雑多岐にわたる職能を取りまとめて、ひとつのかたちにする能力って、実は建築家が得意とする仕事なんだろうなと思っています」
建築の現場で謡うことが少なくなってしまったため、仲間と始めた木遣り。それがきっかけで町の催しに呼ばれることが増えたと話す。KANEMATSUがある東町の武井神社の御柱祭りでは木遣りと謡いを披露した
ターニングポイントとなったふたつの物件
建築家の枠をはみ出してでもベストな案を提示するようになったきっかけが今から10年前にありました。当時、勤務していた宮本忠長設計事務所での最後の仕事として、宮本さんはふたつの建物を同時に担当しました。一方は、老舗旅館のリノベーション。もう一方は再開発ビル。このふたつはあらゆることが対極にあったと振り返ります。
古いものをできるだけ残す前者と、まるで新しい建物を作る後者。そして、物事が決められていくプロセスも、前者は所有者と運営会社社長のトップダウン、後者は多くの関係者が長い時間をかけて話し合うスタイル。宮本さんは再開発ビルへの向き合い方には悔いが残ってしまったと話します。
「設計事務所や依頼主やいろんな歯車の中で、僕は言われた仕事をちゃんとやっているだけだったんです。それから3年経って、そのビルの空きテナントを見たとき、自分にはもっと何かできたはずなのに、何もしなかったようなものだと思いました」
背景と大屋根、下屋がダイナミックなバランスをとるような空間構成となっている「つましな整骨院」。建物だけが完結した形をつくのではなく、周囲との調和を大事にしているのは、師である宮本忠長氏の影響もある
その一方で、老舗旅館の方は、さまざまな意見が寄せられるなか、事業主と施工者とともに最善な選択を考え、結婚式場という新たな業態に対応できる空間を作り上げていきました。ときに依頼主と一緒に建材を運んだり、害虫駆除の薬を撒いたりと、現場に張り付きながら設計者という枠をはみ出した仕事は、大変だったけれど楽しかったと振り返ります。結果、この建物は、リノベーションに否定的な意見を寄せていた人々も黙らせる、高い評価を得るものになりました。
ターニングポイントとなったふたつの仕事を終えて、宮本さんは独立し、シーンデザイン一級建築士事務所を開業しました。
環境省の「省エネ照明デザインアワード」を受賞した「長野トヨタChu-CAR BOX川中島店」。照明に限らず、断熱材の使用や部屋の配置などでエネルギー消費を落とす設計となっている
建物を建てることが答えとは限らない
宮本さんは独立後、40年間もシャッターが閉められていた古いビニール工場を自分たちの手で改修し、デザイナーや他の建築士らとともに入居しました。独立したてだった宮本さんが注目を集め始めたのが、このKANEMATSUプロジェクトでした。善光寺のほど近く、三つの土蔵が連なる築120年、総床面積550㎡のこの旧工場が、シェアオフィスとして生まれ変わりました。
「善光寺の近くで、これだけの床面積が空いているというのが奇跡だと思ったのと、それを何とか使えないかと言われて色んな人に紹介しているのにだれもやらないという状況が不思議だったんですね。大家さんの負担にならない範囲であれば、自分達のやりたいようにできる。それと、何となく絵が浮かんだんです。元々、工場だったものだったんだけど、そうじゃない目で見ると、もっと光るんじゃないかという気はすごくしたんですね」
オフィスだけでなく、共有スペースではフリーマーケットやイベントを行い、その後、カフェや古書店もオープン、ほどなくKANEMATSUは幅広い業種の人が出入りし、わくわくさせられるスペースになりました。今でも各地から大学関係者をはじめ多くの人が視察に訪れています。
古いビニール工場をリノベーションしたKANEMATSU。「独立したてで仕事がなかった」という時期にこのプロジェクトを手掛け、次第に注目を集めるようになった
こうした、建物だけでなく “場をつくる”というスタイルは、学生時代にルーツがあるようです。
大学時代、「蒲田にアーティストレジデンスをつくりなさい」という設計課題を与えられた宮本さんは、同級生がどんな建物を建てるか頭を悩ませる中、ひたすら屋台を並べるというアイディアを提出しました。アーティストがリアカーを引き、町のあちこちでアート作品を作って置いてくるという、この企画。図面は屋台が並んでいるきわめて単純なもの。図面とすら呼べないこのアウトプットに対して、採点する先生たちの評価は真っ二つに分かれました。
「ある先生には酷評だったし、ある先生は絶賛。非常に意見が分かれたけど、総合するとよい点数をいただいて、おもしろくなったんです。技術的なこととか法律にのっとって設計するだけでなくて、条件を取っ払うといろんな答えがある。そして、それを評価する人もいるということがうれしくて、いつもひねくれた課題の出し方をしていましたね」
建物をつくることが課題に対しての答えだとは限らないと話す宮本さん。そうした物事の前提から疑ってみる姿勢が、現在のわくわくを生み出す仕事ぶりに繋がっているように思えます。
"使ったら楽しいか"が判断基準
2014年、不動産業者やデザイナーらと組んだユニット「CAMP不動産」では、3棟あった文具卸会社の社屋と倉庫を、カフェやオフィス、住居、アトリエからなる複合施設にリノベーションしました。
古い旅館を改修したアソビズム長野ブランチをはじめ、リノベーション物件が多い印象を受ける宮本さんですが、新築や改築など形態にはまったくこだわりがありません。
「改修も改装も新築も改築も全部、僕の中ではかなりフラットですね。古いからいいとか、古いから残したいという気持ちは全然なくて、使えるか使えないか、使ったら楽しいか楽しくないか、ですね」
アソビズム長野ブランチは、日経ニューオフィス賞を受賞。築100年近い旅館が、ゲーム開発会社のオフィスに生まれ変わった
大学院時代の修士論文のテーマは「遊びと建築」。世の中の建物や環境を、どうしておもしろいと感じるのか分析し、その要素を使って設計するというものでした。宮本さんの仕事ぶりからは、今もそのテーマを持ち続け、常にその場所をおもしろくしようというぶれない軸があるように感じられます。
次に宮本さんがつくるのはどんな場所なのか。思いもよらない視点から私たちを楽しませてくれるのではないかと、期待が膨らみます。
築約35年の住宅リノベーション。住宅に関しても新築、改築問わず、幅広い選択肢を提示しつつ最善の策を提案する
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会える場所 | シーンデザイン一級建築士事務所 長野県長野市東町146-3 東町ベース2F 電話 090-1435-0920 ホームページ http://scenedesign.jp/ |
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