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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

No.500

鈴木

浩子さん

ウィッグ美容師、「スマイルハート」「スマイルクローバー」代表

闘病中も、いつもの私でいられるように。自分の髪で作るウィッグ「和毛(にこげ)」

文・写真 石井 妙子

日本人の2人に1人が、生涯に一度はがんにかかると言われる時代。治療技術は年々進歩していますが、抗がん剤や頭部の放射線治療などの副作用の一つである脱毛は、多くの患者が悩む壁です。美容師の鈴木浩子さんは「自分の髪でウィッグを作りたい」という患者の声に応え、オーダーメイドのウィッグ「和毛(にこげ)」を開発。がん治療を経験したスタッフと一緒に、患者の視点に立った製品を送り出しています。

自分の髪でウィッグを作りたい

美容師の鈴木浩子さんが営むウィッグの美容室「スマイルハート」。完全予約制で、抗がん剤治療や脱毛症などのための医療用ウィッグの販売やメンテナンス、似合わせカット、サイズ調整などを行っています。「ウィッグも髪ですから、使った分だけ汚れるしスタイルも崩れます。美容室に通うのと同じように、定期的なメンテナンスが必要です」と鈴木さん。


▲「和毛(にこげ)」にヘアアイロンを当てる鈴木さん。ウィッグも、カットやスタイリングを楽しめる。他店で購入したウィッグのメンテナンスや似合わせカットにも対応(持ち込み料別)

近年のがん治療は通院型が基本。治療しながら仕事や通学、社会生活を送るために、医療用ウィッグを使う人が多くいます。ウィッグは人毛や化学繊維を使い、基本的に海外で製造されます。「自分の髪でウィッグを作れたらいいな」 。店に通っていたがん患者の声が、「和毛(にこげ)」誕生のきっかけになりました。

「抗がん剤などの治療前は、脱毛時に髪が絡まないよう、あらかじめ髪を短くすることを勧められます。切ってしまえばただ捨てられるだけの自分の髪をウィッグにできたら、患者さん自身のお守りになるんじゃないか、少しでも前向きな気持ちになれるんじゃないかと考えました。自分の髪を使うから、肌になじみやすいのも良い点です。子どもの医療用ウィッグのために髪を寄付するヘアドネーションという取り組みがありますよね。同じ方法で、自分や家族、友人などのために髪を切って保管する『マイドネーション』という方法を考案しました」


▲店内にはウィッグ製品が豊富に。下段左2つは「和毛」で、他はすべて既製品。ウィッグは購入後、好みの長さやスタイル、サイズ感に調整してもらえる

頭全体を覆う「フルウィッグ」は多量の髪が必要で作製に時間を要するため、ウィッグを必要とするタイミングに間に合わない場合があります。鈴木さんが考案したのは、自分や家族・友人などの髪を前髪と襟足部分のウィッグにし、専用のターバンに取り付けたうえで手持ちの帽子と組み合わせるデザイン。少ない髪で作ることができ、締め付けが最小限なのでストレスなく優しく寄り添います。

「手軽につけられることもポイント。フルウィッグはどうしても締め付け感があるため、プライベートの時間はできるだけ外したいという声をよくお聞きします。装着に手間もかかるから、ちょっとゴミ出しに行く時なんかは面倒なんですよね。『和毛』はあらかじめ専用ターバンに固定しておけば、サッとかぶってお持ちの帽子をかぶるだけ。治療中のストレスは、なるべく減らしたいですよね」


▲「和毛」のサンプル。好きな帽子と組み合わせることができる


▲帽子がない状態。前髪と襟足を専用ターバンに固定する。使う髪の量が少なく手入れも楽


▲ウィッグはストッパーで専用ターバンに固定。簡単に取り外せるので位置の調整も手軽

鈴木さんの提案は、仕事の時や社会生活で必要な時はフルウィッグ、在宅時や友人と過ごすなどのプライベートの時間は「和毛」や医療用ケア帽子といったように使い分けること。店舗で扱っている既製品のフルウィッグが平均約6万円ほどなのに対し、「前髪和毛」は22,000円、「襟足和毛」は26,400円、両方セットで48,000円(専用ターバン2,750円)と経済的にも選択肢が増える点がメリットです。加えて長野県では、がん治療による外見の変化をカバーする補正具を対象にした「アピアランスケア助成金制度」が市町村単位で始まっています(詳細は各市町村の窓口に確認を)。

がん患者がウィッグを使うのは、髪が生え揃うまでの平均1年半〜2年ほど。ライフスタイルによっては、「和毛」と医療用ケア帽子だけで過ごした方もいます。

「和毛」の利用者には、10代から70代まで幅広い年代の方がいます。利用者から寄せられたアンケートには、こんな言葉が並んでいました。「自分の髪だからか、友達に『自然だから分からなかった』と驚かれました」「抜けていく髪の毛を見るのが辛く悲しかったのですが、形として残ってくれた「和毛」は私の支えになってくれたと思います」。病と共存する人の、大きな支えになっていることが伝わってきました。

前述の通り、「和毛」は自分の髪だけでなく、家族や友人の髪の毛で作ることも可能。大切な人ががんになった時、自分の髪でサポートすることができます。「娘さんの髪を少し分けてもらって、ウィッグを作ったお母様もいらっしゃいました。きっと、頑張る力になると思います」と鈴木さん。


▲「マイドネーション」でカットした髪をすぐにウィッグに使わない場合、品質保持のために入れておく桐製の保管箱「マイドネBOX」

きっかけは「人に見られたくない」痛み

美容師を経て、25歳でウィッグメーカーに転職した鈴木さん。以来23年、オーダーメイドのウィッグ会社と販売会社でキャリアを積みました。医療用ウィッグを使う患者の痛みを間近で感じたことが、スマイルハート設立のきっかけです。

「勤務先のウィッグ売り場が、百貨店の1階にあったんです。華やかな化粧品売り場の一角に医療用ウィッグを買いに行く、それ自体がお客様にとっては辛いことなんですよね。人に見られたくない、『ありがとうございました』と大きな声で言わないで静かに見送ってほしい、と言われたこともありました。本来なら購入後もメンテナンスで通っていただきたいのですが、『行きづらいです』とおっしゃる方も多かった。人目を気にせず、気軽に通えるサロンが必要だと感じたことがスマイルハートを立ち上げた理由です」

40代で会社を退職し、2018年に美容室の一角を借りてスマイルハートを開業。長野市の「チャレンジショップ」での営業を経て2020年、現在の場所に移転しました。


▲南千歳町にあるウィッグの美容室、スマイルハート。コンパクトな店舗は1対1の接客スタイルにぴったり

今では通販メーカーが増えたことによりウィッグ販売店は数多くありますが、鈴木さんのように既製品ウィッグの調整やメンテナンスを行う人は珍しい存在。サイズやスタイルはもちろん、医療用ウィッグの場合は髪の変化に合わせてサイズを調整し、頭にフィットさせます。「洋服の仕立てと同じなんです」という言葉通り、そこには細やかな配慮が。予約は常にいっぱいで、県外から依頼を受けることも珍しくありません。

施術対象は、お客様の分身ともパートナーとも言えるウィッグ。この場所では、美容室に行くのと同じ感覚でリラックスしながら過ごしてほしいと鈴木さんは考えています。

「ご自宅でも家族の前ではウィッグをつけているお客様も、お店に入ってきたとたん『ここは安心して外せる!』とウィッグを外されます(笑)。そんなふうに解放される空間は、他にないですから。完全予約制・完全個室制なので、誰にも気兼ねせずゆっくりくつろいでほしいです」


▲店内は1席のみで、一枠最長2時間制。お客様はウィッグのメンテナンスをしてもらいながら、ゆったりリラックスできる


▲既製品ウィッグのベース側。購入後、頭のサイズに合わなければサイズ調整を行う

ウィッグのケアをしている間も、病のことや治療のこと、日々の悩み……。病気や脱毛についてよく知る鈴木さんだからこそ患者も心を許し、ここでしか言えないことを話してくれるそう。生の声を聞くことで鈴木さん自身も治療中の様子がよく分かり、「和毛」開発のヒントになりました。

「これからの生活が不安で、話しながら涙が止まらないお客様もいらっしゃいます。そんな時はじっくり話を聞いて、こんな選択肢があると話したりウィッグを試着してもらったりすると、最後は笑顔で帰っていかれる。その笑顔をみると、疲れが全部吹っ飛びますね。これまでの私の経験や学びを世の中に返していきたいし、元気になったお客様も、誰かの元気のもとになってもらえたら。この場所が、笑顔の連鎖の一端になれたら嬉しいです」


▲鈴木さんとスタッフの胸には、社章がわりのクローバーのバッジと水引きが。水引きは、昨年がんのために空へ旅立ったスタッフの作品

がん治療経験者と一緒に「和毛」を開発

「和毛」の開発を始めたのは2021年。当初は中国の工場に製造を依頼しようと考えていました。オーダーメイドという点で難しい上、個人の髪を他の人の髪と混ざらないよう指定して送り、ウィッグを作るという難題を引き受けてくれる工場探しには苦戦したと言います。ようやく見つかったと思ったタイミングで、コロナ禍に突入。新型コロナの影響で検疫が厳しくなり、髪を輸送することさえ困難に。
 
「自分たちで作るしかない」。そう決めた鈴木さんは、「和毛」の製作工房「スマイルクローバー」の立ち上げを計画します。立ち上げに加わってくれたのが、ウィッグの美容室スマイルハートの利用客、すなわちがん治療経験者の小林英美さんと𠮷澤せい子さん。小林さんはハンドメイド作家としても活動しています。鈴木さんと旧知の友人、宮島めぐみさんもスタッフとして参加。笑い声の絶えない明るい工房からは、楽しく作業をしていることが伝わってきます。
 

▲工房はスマイルハートの裏手。左からスタッフの小林英美さん、𠮷澤せい子さん、宮島めぐみさん、鈴木さん。話し出すと笑い声が絶えない明るい雰囲気
 
開発のベースは、鈴木さんが23年間のウィッグ業界経験とスマイルハート開業からの5年間で見てきた2万人以上の症例です。抗がん剤治療を行うとどのような脱毛状態になりやすいか。患者が日常的に気になる点は何か。これまでの知見を注ぎ、「自分の髪で作るオーダーメイドウィッグ」の商品化に走り出しました。
 
道のりは簡単ではありません。細い髪の毛をいかに固定するか。洗った後に乾きやすいターバン生地はどれか。顔まわりや襟足を自然にカバーするためには、幅を何cmにするべきか。「和毛」を取り付ける専用ターバンの生地は、スタッフ全員で布問屋まで足を運んで選びました。髪が抜けた地肌に触れてもチクチクしないこと、汗を適度に吸い取ること、締め付け感が少ないことなど、機能性を重視して選んでいます。
 

▲ミシンで髪を縫い付ける様子。細かい作業のため、制作は一日に2個のペース
 
ウィッグ使用経験がある小林さんと𠮷澤さんが当事者目線で改善点を挙げてブラッシュアップを重ね、鈴木さんも日に何度も工房に足を運んで意見を交わしました。試作を繰り返し、販売できるクオリティにたどり着いたのはスタートから5カ月後のこと。販売を開始してからも、購入したお客様にアンケートを実施。改善点を拾い上げ、発売から1年がたつ今も、日々改良を続けています。
 
「治療中、テンションが上がる物を身につけることは大切なんです。昔は脱毛をカバーするには医療用ケア帽子が一般的でしたが、どうしても周囲に脱毛が分かってしまう。『和毛』があることで色々なデザインの帽子でおしゃれを楽しめますし、近くのお店へちょっと買い物に行く、ゴミ捨てに行くなどの外出が手軽にできるのは便利だと思います」(𠮷澤さん)
 

▲鈴木さんの髪を「マイドネーションカット」して作った「和毛」(帽子は一例)
 
工房にはもう一つの目的があります。がん治療をしながら社会復帰を望む人の雇用の場を作ること。現に小林さんは、現在も治療を続けながらここで仕事をしています
 
「治療中はどうしても体調の波があるので職場の理解を得づらく、働くことを諦めてしまう人も多いんです。そうした人のために、雇用の場を作りたくて。ここは来れる時だけ来ればいいし、『今日は2時間だけ』などと随時自己申告する仕組みです。同じ経験を持つ仲間同士だから分かり合えるし、励みにもなるんじゃないかな」(鈴木さん)
 
将来的には工房をサロンとして開放し、がん患者や治療経験者が集まる交流会を開催したいと鈴木さんは考えています。自分と同じ病の人や経験を持つ人と話すことができれば、きっと前向きな気持ちになるでしょう。
 
「がんを告知されると、誰もが落ち込みます。死を意識することもあるかもしれない。そんな時、ここのスタッフのように病と共存しながら楽しく生きている人もいることを知ってほしいし、ウィッグを使っている人の声も届けたい。自分だけじゃないと知って、少しでも楽になってもらえたら嬉しいです」(鈴木さん)
 

▲仲良く、意見はしっかり出し合う4人。小林さんと𠮷澤さんの通院予定や体調に合わせて、宮島さんがカバーする体制
 

各地の美容室と連携して、多くの人を支えたい

スマイルハートや「和毛」を利用する人の多くが、医療機関で知ったことがきっかけです。スタッフの𠮷澤さんもその一人。「病院の看護師さんに『評判のいいウィッグ店を教えてください』と相談して、教えてもらったのがスマイルハートでした」。こうした医療機関とのネットワークは鈴木さんが地道に開拓したほか、スマイルハートや「和毛」を体験した患者が、自身が受診している病院に“営業”してくれることも多いのだそう。今では北信で抗がん剤治療を行う医療機関すべてに「和毛」のパンフレットが設置されています。
 
「和毛」を必要とするすべての人に届けたい。けれど鈴木さん一人でできることは限られるため、担い手を増やしていくことが今後の目標です。「和毛」を作るための「マイドネーションカット(マイドネカット)」やウィッグの定期メンテナンスなどを行える提携美容室を増やしたいと考えています。
 
「ゆくゆくは、日本各地に頼れる美容師さんを増やしたいと思っています。そのために、美容師さん対象のウィッグ講座も始めました。当店が情報発信のハブになり、各地の美容室や医療機関と連携できればもっと多くの患者さんの力になれる。今も全国でがんの告知を受けている方がいて、『和毛』のことを知らないまま泣く泣く大切な髪を切ってしまっているかもしれません。多くの人に『和毛』を知ってほしいし、そのためにも担い手を増やしていきたいです」
 
目指すのは患者がいつもの自分らしく、心地よくいられること。ウィッグや帽子をつけていても下を向かず、顔を上げて過ごせること。そのために鈴木さんたちは、これからも歩き続けます。
 

 

(2024/03/27掲載)

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会える場所 ウィッグの美容室 スマイルハート
長野市鶴賀南千歳町860-6 懐石舎ビル1階
電話
ホームページ https://smile-heart-201812.amebaownd.com/

「和毛」サイト:https://nicoge-nagano.com/
営業時間:10時〜18時
定休日:月曜 不定休あり

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