No.498
松井
直人さん、千野敬子さん
Team Yamassho(やまっしょ)メンバー
日本が抱える未利用の山林や過疎化の問題に向き合い、里山の価値を創造
文・写真 くぼた かおり
総面積の約6割が森林で覆われている長野市。私たちの暮らしにさまざまな恵みをもたらす森林ですが、一方で外国産木材の普及によって林業が厳しい状況にあり、手入れがされないままの森林が増加している問題に直面しています。放置しておくことで土砂崩れなどの災害が生じやすくなってしまうことも。この“使われていない山”に注目して、里山創造プラットフォームの構築を目指しているのが、Team Yamasshoです。今回のインタビューでは長野市在住メンバーで羽田鉄工所で衛星データ活用推進をしている松井直人さんと、通信会社勤務の千野敬子さんに話しを伺いました。
NAGANOスマートシティコミッションでの出会いがTeam Yamasshoにつながった
2023年11月19日、長野市街地から30分ほど車で進んだ先にある山あいで、あるイベントが開かれました。その名は「Yamassho 信更花の里 体験のもり」です。会場は長野市信更町にある地域の人たちが整備した山・花の里信更センターと旧信更中学校です。季節は屋外イベントに適した秋にもかかわらず、当日は突然の降雪。あたり一面真っ白に覆われた寒い日にもかかわらず、イベントを目当てに県内外からたくさんの人が訪れました。
このイベントを企画・運営したのが、Team Yamassho(以下Yamassho)です。主要メンバーは現在4人で、それぞれ東京や長野のIT企業や通信会社、製造会社に勤めています。彼らが初めて出会ったのは、長野市が取り組んでいるNAGANOスマートシティコミッション(以下NASC)のワークショップでした。そのワークショップでは長野市が目指す「防災・減災」「ゼロ・カーボン」「モビリティ」「フードテック」「ヘルステック」といった5つの重点領域をテーマにした勉強会を行いながら自由に意見を交換。回を重ねるうちに「こんな新産業ができるのでは?」というアイデアが生まれ始め、立ち上がったのがYamasshoの里山創造プラットフォーム事業でした。
「Yamassho(やまっしょ)というネーミングは、山衆から来ています。長野地域の一部では男性をおとこしょ、女性をおんなしょと呼んでいたことを知り、山や森林を核にした私たちの取り組みを身近に感じて集ってほしいという思いを込めました」(千野さん)
衛星データで再確認した、日本の国土を占める森林の多さ
チームを主導するのは株式会社羽田鉄工所で技術部の課長を務める松井直人さんです。普段は長野市西後町にあるアールデポの拠点で衛星データを活用したDX推進事業をしています。
「衛星データを見ていると、日本の国土は森林で覆われていることにあらためて気づきました。冬の遊びといったらスキーしかないような環境で育ったので、どちらかといえば山や自然に親しんできました。そのせいか活用しきれていない森林や山に対してもったいないという意識が生まれました。同時に防災や減災という観点から見てもこのままでは危険だし、どう活用できるのかをNASCがきっかけで考え始めました」(松井さん)
▲長野市西後町のアールデポにあるTeam Yamasshoの拠点
同様に千野さんも小さい頃から自然に親しみ、動物と触れ合うことが大好きだったと言います。
「私は食にも関心があって、山菜やジビエといった山の恵みも大好きです。こういったものも未来の子どもたちに残していきたいと感じるようになって、里山の課題に向き合うようになりました」(千野さん)
ほかのメンバーは、実家が材木屋で、勤務するIT企業で森林・林業に関わっている人、大学で森林植生学を研究し、森林インストラクターとして活動する人、さらには取り組みに共感した大学生など、それぞれの視点から山や森林に興味を持ち、Yamasshoに加わりました。
山林を核にしたマッチング事業「里山創造プラットフォーム」
Yamasshoが掲げている目標は「森林が抱える社会問題を改善・解決していくこと」です。そのために「未利用の山林を持つ山主」と「山を使ってサービスを提供したい事業者」、「そのサービスを使いたい利用者」の三者をマッチングさせるプラットフォームを作ろうとしています。イメージとしては「山を使ってサービスを提供したい事業者」が使用料を払い、その一部を山主にフィードバック。そのお金は山林の維持費に使ってもらおうと考えています。
▲Yamasshoが目指す姿をビジュアル化したもの。まずは山主とのつながりを増やしていく必要がある(画像提供:Team Yamassho)
「メンバー全員、普段の仕事とは別の活動で社会貢献をしたいという思いを持ってNASCのワークショップに参加しました。その中で交流を深めるうちに、森林が抱える社会問題に注目するようになったんです」(千野さん)
その後、2023年7月に開かれた令和5年度NASC実証コンテストに応募。見事採択されて、2023年度に整備された里山と手付かずの原生林といった2カ所の異なる山主の協力を得ながら、どのような活用ができるかを実証実験したのです。
魅力があれば、人は訪れる。それを認識した実証実験
その1つが信更町で開かれた集客イベント「Yamassho 信更花の里 体験のもり」でした。会場となった里山・花の里信更センターは、広い駐車場とバーベキューなどもできる広場、東屋などを備え、天気が良い日は北アルプスが見える眺望のよさが魅力です。
「花の里信更センターは地域の人たちが定期的に整備しているので環境は良い反面、利用する人が少ないのが現状でした。そこで私たちは山主さんに直接お会いして、活用しきれていない山を使うアイデアの1つとして『Yamassho 信更花の里 体験のもり』を企画・提案しました」(千野さん)
このイベントでは「体験のもり」というテーマに合わせて、花の里とすぐそばにある旧信更中学校の2カ所を会場に、屋外・屋内でできるさまざまな体験を集めました。たとえばメンバーの松井さんが普段されている衛星画像解析の体験、ドローン空撮で信更地区を上空から見てもらったり、中学校のグラウンドを利用したドローン飛行体験、炭盆制作体験など、普段ではあまり体験できないようなユニークなものを揃えました。ほかにも町内で創業20周年を迎えたおやき屋・信更いっぽなどもおやきの販売で協力。
「初開催なので、地域の皆さんも一体何をやるんだろう? どれだけ人が来るんだろう? と半信半疑だったと思います。そういった不安が解消できるようにと情報誌やネット広告、ブログ記事などでイベントの告知をしました」(千野さん)
その甲斐があって当日は県内外から約100人もの人が訪れ、なかには「長野市街地の近くにこんな場所があったことを初めて知った」「景色がきれいで感動した」とおどろく人もいたそうです。
「今回は実証実験を兼ねたイベントで、私たちのコンセプトに賛同し、どれだけの人が集ってくれるのか。はたまた需要があるのかを把握するものでもありました。皆さん楽しんでくださいましたが、一方で改善が必要な部分も見えてきました。たとえば屋外イベントは天気に左右されてしまうもの。当日は降雪のせいで雪かきから行わなければならないという予想外のスタートでした。イベントを開催したい人たちに向けて、運営マニュアルの必要性を感じました」(松井さん)
継続していくために、賛同してくれる仲間を増やしたい
もう1カ所は、長野市飯綱地区にある原生林で実証実験を行いました。ここにはトイレなどの設備がないことから集客向けの活用ではなく、東京の企業が山林における通信設備の実証実験を行い、原生林の使い道を検討することができました。
2つの実証実験を経て2024年度は、どのように認知してもらって賛同する人を増やしていくかがチームの課題になっています。特にひとりでも多くの山主とつながることが先決だと考えていますが、メンバーそれぞれ本業と並行して進めているため思うようにリサーチできていないのが現状だと言います。
「昨年度はNASCの補償金で進めてきましたが、今後どのように事業を継続するお金を捻出するかも考えなくてはなりません。そもそも自分たちだけで進めるつもりはなく、私たちが考えた里山創造プラットフォームのアイデアに賛同し、より良くなるためのアイデアや技術、資金を提供してくれる企業や団体、個人とつながりたいと思っているんです」(松井さん)
事業が継続できるかが問われる年とも言えそうですが、一方でこのプラットフォームが活用されるようになれば、荒れ果てて近寄るのが不気味な山林にも手が入るようになり、里山の景観が改善されていくように。多少でも収益を生み出せるようになれば、山間地を離れてしまう人をつなぎ止めるきっかけにもなるかもしれません。長野市発の里山創造プラットフォームが、日本が抱える社会問題の改善に役立つ未来が訪れることを願って、あなたもYamasshoに加わってみませんか?
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