No.494
大岡
千恵子さん
キッチンカー「NEBIRAKI」主宰
好きなものをトラックに載せて、軽やかに長野を冒険する
文・写真 石井 妙子
小屋を載せたような姿がかわいらしい真っ白なトラック。長野市や小布施町、飯綱町など北信エリアのマーケットイベントや音楽イベントで見かける素敵なキッチンカーのボディには、「NEBIRAKI(ねびらき)」のロゴがあります。
▲軽トラックを改装した「NEBIRAKI号」。荷台に壁を立て、上にガラス張りの空間を乗せた佇まいは動く小屋のよう
「車を買うならキッチンカーがいい」
荷台の脇のガラス棚には、カラフルなピクルスやジャムがずらり。中東発祥のミックスナッツのおやつや焼き菓子、コーヒー豆、グラフィカルな雑貨も並びます。荷台の中をのぞくとシンクと冷蔵庫のコンパクトなキッチンがあり、料理やドリンクも提供可能です。
「何屋さんなの?とよく聞かれるんですが、私もまだ手探りで。これから楽しみにしていてください」
そう話して明るく笑うのは、店主の大岡千恵子さん。栃木県生まれで高校卒業後に上京し、以来20年近く東京で暮らしてきましたが、娘さんの誕生をきっかけに2020年、夫の故郷である長野市へ家族で移住しました。NEBIRAKIを一人で立ち上げたのは、移住から2年ほどたった2021年末のこと。そのきっかけは、少しだけ変わっています。
「ずっと東京暮らしで免許も持っていなかったけれど、長野で暮らすには車が必要で。せっかくならキッチンカーにして、働きながら娘とあちこち出かけられたら楽しいだろうなと思ったんです。移住後すぐコロナ禍になって家にこもりきりだったから、とにかく出かけたかったんですよね。40代で免許をとって初めて乗る車が、いきなりキッチンカーでした」
冗談めかして話す千恵子さんですが、カフェブームの元祖といえる東京・世田谷の人気カフェで長年働いた経験があり、デザートから定食までレシピ考案も料理もお手のもの。その経験を生かし、娘さんと一緒に過ごせる働き方を選んだのです。
▲NEBIRAKIを主宰する大岡千恵子さん。キッチンカー仲間には「チーさん」「ネビちゃん」と呼ばれています
聞けば、東京でカフェの仕事を離れた後は知人に誘われてデザイン業界に飛び込み、CMやミュージックビデオ、グラフィックなどを手がけるデザインスタジオの経理や総務などバックオフィス業務を一手に引き受けていたそう。
「考える前に動き出す性格で、目の前にきたものは引き受けてしまうんです。料理もできないのにカフェで働き始めたし、デザインオフィスでは見よう見まねで書類を作って会社設立をサポートしたり、簿記の知識もないのに決算をこなしたり。我ながら波瀾万丈でした」
少数精鋭の組織で経営や会社立ち上げに参加した海千山千の経験があるからこそ、長野で起業することにも気負いはなかったと振り返ります。
「起業するなら、まず市場をリサーチして準備するのが常識だと思うんです。でも私は移住したてで長野のことを知らないし、街を歩いてもコロナ禍でお店が軒並み閉まっている状況。だからまず車を手に入れて、動き出してしまおうと思って。移動販売で色々な場所を巡れば長野のことも分かるし知り合いも増えるだろうから、事業と並行して街をリサーチしようと考えました。行き当たりばったりに見えたのか、助成金や融資の担当の方には不思議がられましたね(笑)」
▲最近、初心者マークを卒業。娘さんとファミレスに行く時もこの車なので「駐車場で見たよ、とよく知り合いに言われます(笑)」
好きなものをトラックに載せて
購入したのはごく普通の軽トラック。イベント出張や路上販売で料理やお菓子を提供するキッチンカーへの改装を計画しました。「家のようにしたい」と木を使った内装を自分でデザインして、1年目に移動販売ができる設備に改装。2年目にはミニキッチンを車内に完備しました。
「せっかく長野に来たんだから景色を見ながら料理がしたいと思って、運転席の上をガラス張りにしています。夜は、車内にイルミネーションを灯すときれいなんですよ。もともと車に興味がなくて先入観がゼロだったから、この形を考えられたのかもしれません」
▲車内をライトアップすると幻想的な表情に。ディスプレイした花は善光寺門前のフラワーショップ「flumina-flumira」にオーダー(写真提供/NEBIRAKI)
▲トラックの中には、シンクとコンパクトな冷蔵庫のキッチンを完備。床もフローリングを貼って家のような雰囲気に
ゆくゆくは料理やお菓子の提供を視野に入れていますが、今は子育ての時間を優先し、仕入れた商品の販売やドリンクの提供を中心に営業中。長野のローカルな商品の知識がなかったことから「まだ長野で売られていないおすすめのものを販売しよう」と、県外の友人たちが手がけるフードや雑貨を扱うことからスタートしました。
例えば地元・栃木の友人が作るハーブのお菓子「keica(ケイカ)」や、元同僚が愛媛で手作りしているピクルスやジャムのブランド「GOOD MORNING FARM」の商品、友人が群馬を拠点にオンラインで販売していた「THICKET NUTS SPICE」のナッツとスパイスのミックスなど、信頼をおく人が手がけるおすすめの商品をセレクト。パッケージも魅力的なアイテムぞろいで、千恵子さんの感性が伝わってきます。
▲愛媛に移住した友人が手がける「GOOD MORNING FARM」のジャムやピクルスは、商品そのものがディスプレイに
▲群馬・高崎を拠点にオンラインで販売する「THICKET NUTS SPICE」の中東のナッツとスパイスのおやつ「デュカ」も人気(写真提供/NEBIRAKI)
「もし売れ残っても全部自分で買い取りたいぐらい、好きなものだけを売るようにしています。でも実際は、ほとんど売れ残らないんですよ。買いつけは初めての経験でしたが、意外と目利きなのかもしれない(笑)」
小諸市と上田市で開かれたマーケットイベント「Loppis(ロッピス)」では、日本各地の手仕事とモダンなデザインを融合させたブランド「46/D.(ヨンジュウロクディー)」の食器やバッグ、文具、アパレルなどを販売。これらは、千恵子さんの前職のデザインスタジオ「ALLd.(オールド)」が手がけるプロダクトです。
「当時の仲間とは今も連絡を取り合っていて、ぜひLoppisで紹介したいと思って。46/D.として、長野の手工芸とのコラボも考えています」
▲2023年9月に上田市で開催された「Loppis」ではがらりと装いを変え、「46/D.」の食器や文具などを販売
▲栃木の益子焼や福井の越前漆器、福岡の久留米絣など、日本各地の手仕事とALLd.がコラボレーションしたアイテム
千恵子さんがこれまで出会ってきた物を集めたNEBIRAKI号。商品を解説する言葉にも、実感と愛情がこもっていました。
NEBIRAKI号が自分の世界を広げてくれた
土地勘がなかった開業当初、よく出店していたのは長野大通り沿いの「長野市権堂イーストプラザ」の広場でした。「人通りは多くなかったんですけどのんびりしていて、今も好きな場所です」。
その後、知人の紹介で小布施町のマーケットイベント「えばぐり市」に出店したことをきっかけに、少しずつ長野市近郊のイベントに呼ばれるようになりました。家のような改造トラックに初心者マーク、車内にはチャイルドシート。インパクトある姿で登場したNEBIRAKI号は、キッチンカー業界で話題になったそうです。
▲飯綱東高原で行われた「いいづなCRAFT」出店の様子(写真提供/NEBIRAKI)
イベント出店の相棒は6歳の娘さん。朝早く一緒に家を出て、仕事の合間に一緒にイベントを楽しんだり、出店者仲間のお子さんと遊んだり。NEBIRAKI号で旅をする日々は、娘さんにとっても楽しい時間です。
「移動販売のスタイルを選んだのは、娘と過ごしながら働きたいと思ったから。小さな頃からさまざまな場所に行ってさまざまな人に出会って、保育園よりも良い経験ができたと思います」
▲6歳の娘さん。これからはイベント内容に合わせて、子ども向けのドリンクや焼き菓子も充実させていきたいそう
店番の合間に他のお店を回ったり出店者と話したり、お客さんとしてもイベントを満喫するのが千恵子さん流。みるみるうちに知り合いが増え、長野のおいしいフードや魅力的なプロダクトを知ることで、NEBIRAKIの活動にも良い変化が生まれています。
「キッチンカー仲間に今度こんなイベントがあるよと教えてもらったり、車のメンテナンスを相談したり。みんないい意味で適当で(笑)、会社勤めでは出会えないような人が多くておもしろいです。イベントごとに知り合いが増えて、長野の好きな場所も一気に増えました。ただ、運転はまだまだ初心者。山道の坂道カーブで渋滞を引き起こしたり、高速では車高が高いから風にあおられて寿命が縮んだり、大変です(笑)」
▲イベントに合わせてドリンクやデリも販売。「今後は大人が多いイベントではお酒やお肉を提供したり、場所に合う料理を提供していきたい」と千恵子さん
県外出店の夢も実現しました。ロッピスに出店した縁で声がかかり、東京・代官山で行われた小諸の移住促進イベントに参加。「長野のプロダクトを販売してほしい」とのリクエストに応え、県内の出店者仲間たちに声をかけて多彩なコーヒー豆を集め、販売しました。
「開業した頃は、私が知っている良いものを集めてトラックに載せていました。それが媒介になって長野に友達や知り合いが広がって、長野の良い物も知ることができた。今度は長野で見つけた物を遠くに運んで県外のお客さんに伝えることができて、NEBIRAKIも少しずつ育ってきたなと思います。今は新しい試みとして、千曲市の杏農家さんと愛媛のGOOD MORNING FARMをつないでコラボ商品を計画中です」
きっちり決めず、余白を楽しむ
様々なプロダクトを誰かの手に届け、出会いを生んでいるNEBIRAKI号。それは商品だけにとどまりません。現在、信州大学工学部の学生と一緒に備品制作や自宅ガレージの改装を進めているのだそう。
きっかけは開業前、イベントで知り合った学生からの「キッチンカーの製作を手伝いたい」との申し出でした。そこでトラックを装飾するガーランドや、作業やディスプレイに使うテーブルの制作を依頼。ガーランドはながの東急の協力で、店舗の外壁に提げていた懸垂幕の布をアップサイクルして制作しました。そして現在、千恵子さんの自宅ガレージを作業スペースに改装する計画が学生と一緒に進行中です。
▲催しの告知に使われた懸垂幕をアップサイクルしてガーランドを制作(写真提供/NEBIRAKI)
「授業で設計図はたくさん書くのに、リアルな建物に触れる機会は少ないと聞いて。我が家は古い家で多少壊れても構わないから(笑)、用途に合わせてくれたら好きに改装していいよと伝えています。
学生と一緒に何かするなんて、開業前は思ってもいませんでした。予想外のことが起こるからおもしろいし、楽しい。事業は計画性が大事だと言われるけど、余白がないとつまらないでしょう? せっかく長野に移住してきたのに、決めたことや予想できることしかしないのはもったいない。移住も自分たちで計画したわけじゃなく夫の両親の誘いに乗って決めたことで、長野で何をしようかなんて、こっちに来るまで何も考えなかったんですよ」
目の前に現れた出会いを軽やかに受け入れること、未来を考えすぎず身を任せること。千恵子さんの柔軟な考え方は、呼ばれた場所へ身軽に出かけていくNEBIRAKI号と重なって見えました。
最後に、屋号の語源を聞いてみました。「根びらき」とは、雪国で木の幹のまわりだけ雪が解け始めた状態のこと。春の日差しを浴びた木の幹が熱を持って起こる自然現象です。
「出店という仕事柄、冬はお休みして春になったら動き出すというイメージから。もう一つ、長野にしっかり根を下ろして生きる、という思いも込めています」
街に根を下ろして、でも風のように軽やかに。変化を続けながら旅を続けるNEBIRAKI号と千恵子さんに、また出会える日が楽しみです。
人気投稿
- 高野洋一さん うどん たかの店主...
- 玉井里香さん インスタグラマー、SNS運用コンサルティング「タビビヨリ...
- 三井昭さん・好子さん 三井昭商店...
- 星 博仁さん・琴美さん 「中華蕎麦 ほし乃」「麺道 麒麟児」...
- 栗原拓実さん ピッツェリア・カスターニャ オーナーシェフ...
- 眞田幸俊さん 慶応義塾大学理工学部電子工学科教授...
- 高橋まゆみさん 人形作家...
会える場所 | 電話 ホームページ https://www.instagram.com/nebiraki_/
|
---|