No.474
伊東
大記さん・春菜さん
Mallika Brewing[マリカブルーイング]
善光寺門前に誕生! 独自のスタイルを切り拓くブルーパブ
文・写真 島田浩美(文)、清水隆史(写真)
ここ数年ですっかり市民権を得た感のあるクラフトビール。各地でマイクロブルワリー(小規模醸造所)が続々と誕生しており、その流れが長野市にも押し寄せています。新たに生まれたブルワリーのひとつが、善光寺門前にオープンした「Mallika Brewing[マリカブルーイング]」。店主の伊東大記さん・春菜さん夫妻は、2年間の世界一周旅行を経て長野市に移住し、醸造所を立ち上げた異色の経歴の持ち主です。
クラウドファンディング達成率314%! 注目が集まる話題のブルワリー
7年ぶりに善光寺御開帳がはじまり、参拝客でにぎわう門前町の大門町ですが、一歩路地裏に入ると日常の穏やかな風情が漂います。その一角に佇むのが「Mallika Brewing[マリカブルーイング]」。1階がブルワリー、2階がカフェスペースとなったブルーパブで、1階での醸造開始は来月、2022年5月を予定しています。
▲大門町の路地に立つ、築40〜50年の蔵風の建物。同町にある「武井工芸店」の倉庫や木彫り教室などに使われてきた
「好みの味わいは苦みの強いものなので、苦味指数100(一般的に苦いとされる数値)をはるかに超えた、200くらいの面白いビールを造りたいですね」
こう話すのは、醸造を担当する夫の大記さん。淡々とした口調ながら、力強い言葉の端々から「一般 的なものとは一線を画すビールを造ってやろう」という気概が感じられます。周囲の期待も並々ならぬものがあり、昨年、ブルワリー設立に向けて実施されたクラウドファンディングでは、開始後わずか1週間で目標金額の100万円を達成。最終的に第2目標の300万円も見事にクリアしました。
▲当初の目標金額100万円を大幅に超え、達成率314%で終了したクラウドファンディング
ブルワリー稼働に先駆け、2階のカフェスペースは2021年11月にオープン。現在は国内外のクラフトビールを生ビールや缶ビールで提供しています。いずれも新進気鋭のブルワリーや注目の醸造所のものなど、ほかではなかなか飲めないユニークなものばかり。その品揃えに、これからはじまる醸造への期待がますます膨らみます。
▲工事中の1階ブルワリー脇にある階段から2階へ
▲生ビールは複数の国内ブルワリーのものを常時8種類オンタップ。自家醸造開始後も他社の生ビールは引き続き設置予定なので、今後は飲み比べもできる
世界一周でのクラフトビールと、長野でのりんご農家との出会い
関東地方出身で、都内の不動産コンサルティング会社で同僚として出会った大記さんと春菜さん。旅行好きだったことから意気投合し、結婚後に会社を辞め、2018年から世界一周の旅に出ました。
もともとビール好きでもあったふたりが2年2カ月間の旅行中、楽しんでいたのが各国のビールです。なかでも気に入ったのが、ジャスミンを使ったベトナムのクラフトビール「ジャスミンIPA」。そうした経験から、「いつかは自分好みのビールを造りたい」という大記さんの夢は徐々に大きくなっていったと言います。
▲世界一周中、飲酒NGの国以外は毎日楽しんでいたというビール。エベレストの麓でも堪能した
こうして100カ国を巡り、2020年3月に帰国。当初は地方移住をしてゲストハウスの開業も考えていたそうですが、折しも新型コロナウイルスが世界を席巻。ふたりとも自宅待機を余儀なくされました。そんななか声をかけられたのが、大記さんの知り合いが運営する「災害NGO結」が長野市で取り組んでいた令和元年東日本台風(台風19号)の被災者支援活動です。大記さんは大学時代から災害支援活動に取り組んできたこともあり、すぐにふたりで長野市へ。特に被害が大きかった長沼・豊野地域で、被災した住宅の解体作業や畑仕事などの災害支援に励みました。そして、次第に長野市の魅力に気づいたと話します。
「たまたま来た長野でしたが、自然が近くて山が見渡せ、農産物も新鮮でおいしいうえに、すぐ手に入る。周りに農家がいる環境は今までと全然違いました。それに、災害きっかけで来ていたこともあり、多くの人によくしてもらい、どんどん知り合いが増えるうちに、すぐに移住したいと思うようになりました」(春菜さん)
▲台風19号の被災から半年後の2020年5月に長野へ。1年間暮らすなかで、地元の人びとと共同の畑で育てた農作物を別の被災地に送るといった災害支援のほか、コロナ対策のシェアハウス運営など住宅支援活動にも取り組んだ
また、りんごをはじめとする果樹農家が多い土地柄、鳥に突かれたり、かたちが悪かったりしたはねだしの果物を大量にもらう機会も多く、当初はドライフルーツやグラッセなどに加工していましたが、酒造に使えば付加価値が上がると考えたことが、ブルワリー開設の決意につながったそう。
「最初は自分たちで造るのではなく委託醸造でシードルを造ろうと思っていましたが、委託費用が高かったりロット数が多かったりで、なかなか受け付けてくれる醸造所が見つかりませんでした。でも、果物を活用したいし、もともとビールも造りたかったので、農家さんとのつながりで材料も得られる環境を生かしてブルワリーを立ち上げようと思ったんです。帰国当初はこんなにコロナ禍が長引くとは思っていませんでしたし、まさか長野に住むとも思っていませんでしたが、偶然にも以前から挑戦したかったビール造りをしやすい環境が揃っていたことは大きかったですね」(春菜さん)
屋号は、ビールに欠かせない「ホップ」のほかに「ジャスミン」という意味もある「毬花/Mallika」を冠した「Mallika Brewing[マリカブルーイング]」と名付けました。
型にはまらず、自由に独自のビール造りを!
こうして移住と開業を決意すると、知り合いのつてで金融機関や商工会議所などとつながることができ、「コミュニティがコンパクトで話が通じやすいうえに、手厚いフォローが受けられたことも、長野市でのブルワリー設立の後押しになりました」と春菜さん。希望していた善光寺門前の路地裏で雰囲気のよい物件が見つかったこともまた、起業の大きな決め手になりました。
「大家の武井工芸店さんから、昔はこの通りにお店が連なっていて、また盛り上げたい気持ちがあると聞き、快く貸してもらえたことにも背中を押されました」(春菜さん)
▲DIYで手がけた内装。ボランティア活動を通じて施工を得意とする災害支援の仲間も多く協力してくれた
開業準備の間、大記さんはレジェンド醸造家がいる岐阜県のカマドブルワリーをはじめとする、いくつかの醸造所で研修。期間は1カ月ほどと決して長くはありませんが、充実した時間を過ごし、ともに高め合う仲間づくりもできたようです。その軽やかなフットワークや、業界の常識にとらわれずに自ら考えて独自の視点で切り込んでいくスタイルからは、“旅が好きだから世界一周をしてみる”“ルートを決めずに気になった国に立ち寄ってみる”という、これまでの旅や人生の歩み方そのものに通じるものを感じます。
また、自家醸造するビールのメインはジャスミンIPAとフルーツIPAを予定していますが、定番をつくらず季節やロットによってレシピを変えていくというところからも、柔軟にビール造りを楽しんでいきたいというフレキシブルな姿勢が見えます。
カフェではビール以外に、武器としてコーヒーにも力を入れているほか、災害支援で知り合った農家のりんごを使ったジュースなど、長野ならではのものも提供中。軽食は春菜さんが担当し、ビールによく合う燻製料理のほか、ヴィーガン仕様のカレーやトーストなどには海外で過ごした旅行の経験も生きています。
「めざしているのは、ビールを飲む人も飲まない人も一緒に楽しめ、地元に愛される店にすること。長野の農産物だけでなく、周辺の飲食店とコラボしたビールも造っていきたいですし、県内外のブルワリーとも交流していきたいですね」(春菜さん)
ふたりの話を聞いていると、“為せば成る、為さねば成らぬ何事も“、そんなことわざを思い起こします。コロナ禍での飲食店オープンにくわえ、奇しくも同時期にさらにふたつ、長野市内にブルワリーが誕生しましたが、「それぞれの個性を生かして、みんなで一緒に長野のクラフトビールを盛り上げていきたい」と話すふたり。その様子からは「どんなこともやってみなければはじまらない。既存のやり方に固執せず、自分たちの手で進めたい」との根っからのバイタリティーやチャレンジ精神が伝わってきます。
念願の自家醸造のビールが初お目見えするのも、もう間近。この春、長野のクラフトビールシーンに新しい旋風が巻き起こる。そんな期待を抱かずにはいられません。
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会える場所 | Mallika Brewing[マリカブルーイング] 長野市大門町72−5 電話 026-217-2585 ホームページ https://www.instagram.com/mallikabrewing/ 営業時間:14:00〜21:00、土・日曜、祝日11:00~20:00 |
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