No.445
小山
奈々子さん
Lucy+K代表
“まめったい”中条と東京、2つのベクトルが教えてくれるもの
文・写真 石井 妙子
長野市の西端に位置する中条地区。高齢化が進み限界集落とされるこの地域の日常を10年間撮りためた写真集『まめったい暮らし~長野県旧中条村の小さな小さな集落の10年~』が、2019年に発売されました。地域の人と外の人が入り混じる文化祭「まめったいフェスティバル」も、注目を集めています。
それらの企画や運営に携わるのが小山奈々子さん。東京でアートや音楽にまつわる企画やデザインを行う会社「Lucy+K(ルーシーケイ)」を主宰する小山さんは、10年ほど前から祖父母の家がある中条の魅力に惹かれ、足を運ぶようになりました。そして一昨年、東京と長野の二拠点生活をスタート。小山さんを惹きつける中条の魅力は、どんなところなのでしょうか。
中条の風景には、パソコンにない色がある
長野市出身の小山さん。「子どもの頃、夏休みや冬休みに中条のおばあちゃんの家へ泊まりに行くのが楽しみでした」と振り返ります。山あいに立つ祖母の家には薪で沸かす風呂や掘りごたつがあり、近所の人や親戚でいつもにぎやかだった思い出が蘇ります。
▲写真集に収録されている中条の風景。春の緑の勢いの中、静かにたたずむ赤い屋根の民家が印象的〈撮影/服部貴康〉
デザイナーとして東京で働き始めてからは足が遠のいていましたが、13年前、再び中条へ向かうきっかけが訪れます。当時、勤めていたデザイン会社を辞めて友人と雑貨店を始めようと、スウェーデンでアンティークの仕入れの旅をしていた小山さん。ふと「中条のおばあちゃんの家の蔵にも、古いお宝が眠っていたはず!」とひらめいたのです。
友人と久しぶりに足を運んだ中条。そこで小山さんの心を捉えたのは、幼い頃に見慣れたはずの風景でした。
「中条にはパソコンにない色、計算されていない色の掛け合わせがたくさんあるんです。森のなかの赤い屋根やぽつんと咲いた紫の花の色がすごく素敵だったり、縁側に吊るした柿の鮮やかさに感動したり。緑の色にも100段階ぐらいグラデーションがあるし、のどかなだけでなく夏草の勢いに怖さを感じる時もある。東京の街中よりずっとクリエイティブで、『かなわないなあ』と思いました。スウェーデンを旅した時も感じたことですが、自然が先生になって新しいものを見せてくれる。小さな集落にいながら『世界はすごく広いんだ』と、なんだか自信をもらえたんです」
▲中条の民家の何気ない風景。木造家屋に柿や唐辛子、豆などの作物の色や段ボール箱の色が絶妙なコントラストを描く〈撮影/服部貴康〉
観光地ではなく、特別なものは何もない山あいの集落。そこで昔と変わらず紡がれる暮らしも、小山さんにとって新鮮な魅力に満ちていました。自分の畑の野菜で作る郷土料理、手作りの味噌に漬物などの豊かな保存食。必要なものはなんでも自分たちで作り、外から来た自分にも気さくに声をかけてくれる地元の人の温かさ。
「子どもの頃は何気なく過ごしていた中条の良さに、大人になって気づくことができたのが嬉しかったです。たとえ誰かが亡くなっても、こうして過ごした場所が残って思い出す人がいれば人も文化も生き続けるんだと思えて、なんとなく『ここにいれば大丈夫だ』と感じました」
アーティストたちも惹きつける場所
中条をもっと知りたい、高齢の住民の方が元気なうちにいろいろなことを教えてほしい。そう感じた小山さんは、時間を見つけては中条に通い、畑仕事を手伝ったり料理を教わったり、行事に参加したりするようになります。当時都内にオープンさせた雑貨店「gg(ジジ)」でも中条の野菜の販売や写真展示を行い、縁を深めていきました。
次第に「こんな楽しいことを一人占めしていたらもったいない!」と感じ始めた小山さんは、仕事仲間のアーティストやミュージシャンを東京から中条へ連れていくように。一緒に山を歩いたり畑仕事をしたり、おやきを食べたり。この10年で連れて行った友人知人は、のべ500人以上にものぼるそう。
「みんな、中条の暮らしに触れて『もっと自然でいいんだ』と気づいたり、創作のヒントを得たりするようです。私もそうでしたが、違う場所で違う価値観に触れると世界が広がるんですよね。『また行きたい』と通ってくれる人も多くて、一時は社員旅行の幹事のようでした(笑)」
▲何もないのにふと心をとらえる中条の風景〈撮影/服部貴康〉
ひとまず「みんなが中条に来て中条の人も楽しめることをやってみよう」と考えた小山さんは10年前、友人たちを巻き込んだアートフェスティバル「gg(ジジ)ロック」を企画します。場所は、山の上にある閉校した小学校校舎を使った「中条音楽堂」。地元の子どもたちと東京のアーティスト混合の運動会やタンゴ歌手による昭和歌謡ショー、写真展や屋台などを詰め込んだプログラムは、地域の人にも好評でした。
「けれど終わった後、手伝ってくれた親戚のおじさんに『せっかくやるなら、地元の人たちみんなと一緒にやらないとダメだ』と怒られてしまったんです。それから虫倉山の開山祭など地元行事の手伝いを中心に、友人と通うようになりました。何年か通って『いつもありがとう。来年もお願いね』と言われた時は、すごく嬉しかった」
さらに、仕事で培った企画力を見込まれて中条の自治協議会からも相談を持ちかけられるようになった小山さん。移住に関心がある人に向けた東京発着バスツアーの企画運営に携わるなど、東京にいながら地域の盛り上げ役になっていきました。
▲移住に関心がある人向けに企画した味噌作りバスツアー。中条の味噌作り名人と一緒に、2日かけて味噌作りを体験〈写真提供/Lucy+K〉
▲親子で参加する人も多いバスツアー。中条の人たちと一緒に「おぶっこ」や「おやき」など郷土料理を楽しむ時間も〈写真提供/Lucy+K〉
写真や言葉で、記録することで寄り添う
一方で、中条を知るにつれて実感したのが少しずつ過疎が進む現実でした。仲良くしていた方が亡くなったり、災害や体調を理由に便利な市街地へ引っ越していく人がいたり、にぎやかな頃の記憶と現実が離れていくことに、寂しさを感じたといいます。
とはいえ自分が中条に移り住むことは難しい。それでも何かできないだろうかと悩む時間が続きました。
一方、小山さんの誘いで中条に通い始めたアーティストたちもそれぞれ、ワークショップを開いたり音楽堂でレコーディングやライブを行ったりと、中条で活動を広げていきました。
▲小山さんがプロデュースするギターデュオ「The BOCOS」の中条音楽堂でのレコーディングの様子〈写真提供/Lucy+K〉
写真家の服部貴康さんもその一人。中条に何年も通う中で、集落の日常をフィルムカメラで撮り続けてきました。
「服部さんの写真には、中条で一番過疎が進む祖父母がいた集落・6区に暮らす住民たちの元気な姿がありのままに写っていました。それを見て、6区に暮らす80代の滝澤静子さんという女性が『いい写真だね』とすごく喜んで。『この集落のことや暮らしている人を、写真で残したい』と言ってくれたんです」
その言葉をきっかけに生まれたのが、6区の住人と暮らしの風景を服部さんが10年かけて撮りためた写真集『まめったい暮らし~長野県旧中条村の小さな小さな集落の10年~』。撮り始めた時はまだたくさんの人が暮らしていたその集落は、今では数えられるほどに。ページをめくると、確かにそこにあった日常の風景や営みが豊かな手触りを持って伝わってきます。
▲住人の滝澤静子さん自身が編集長を務め、小山さんの会社Lucy+Kから出版
「タイトルの“まめったい”は、中条の言葉で“元気な”という意味です。服部さんと写真集のタイトルを考えたとき、私自身が中条に惹かれるテーマとも重なって、『これだ!』と思いました」
小山さんと服部さんは長年、保護犬の現状を写真集にまとめるなどアートを通した動物愛護の活動を続けてきました。命と向き合ってきたからこそ「一生をどう終えるか」に思いを馳せ、ここで過ごす人の姿や文化もしっかり見届け、記録に残していきたいと考えたのでした。
「人が減っていく現実を前に、自分に何ができるのか分かりませんでした。でもある人が『記録することだけでも十分なんじゃないか』と言ってくれて。今残さなければ、山あいの小さな集落を誰も知らずに終わるかもしれない。結果が出るかじゃなく、寄り添うことが大切なのかもしれないと思って、インタビューや撮影を10年続けてきました」
さらに地域の高齢者が主役の文化祭「まめったいフェスティバル」をスタート。2019年秋には長野市のNBSホールで開催し、注目を集めます。「80代になっても全員歌える」という地元小学校の校歌斉唱コーナーや90歳の手品ショー、住民バンドの音楽ライブ、中条好きなアーティストによる中条で撮影したミュージックビデオ上映など、さまざまな視点から中条の元気さ、魅力を発信しました。
▲実はエンターテイナーが多い中条の住人たち、マジックショーや演歌を披露して会場を沸かせた〈写真提供/Lucy+K〉
▲中条に通う友人のアーティスト、Chima×古賀小由実さんは「中条」という曲を作り、中条でレコーディングとミュージックビデオ撮影を行った
自然を軸に生きることを学んだ
「都会で働いていると『いつまでにこれをやらなきゃ』の軸が仕事になるけど、里山の人たちは人生の軸を“自然”に置いているんです。春がきたら種をまき、秋になったら収穫をする、それが一番の優先事項なんです。だって命がかかっていることですから。
味噌や漬物などの保存食の世界も、知れば知るほど奥深い。中条では自分で作る家が多いですが、仕込んでもすぐには食べられませんよね。つまり、常に2〜3年計画で動いているんです。誰にも命令されず、天気や季節を意識して『今年は雨が多そうだから早めに梅を干そう』など、先を見越して管理する。みなさん、敏腕プロデューサーなんですよ(笑)」
▲中条音楽堂の前で。「中条のことは仕事でもボランティアでもなく、遊びの延長でもあり暮らしの一部でもあります。全部の中間ですね」と小山さん
数年前に仕事で多忙を極め体調を崩したのをきっかけに、「私も自然を軸に生きてみよう」と考えるようになった小山さん。特に惹きつけられたのが、中条の畑でも育てられる「大豆」でした。一粒一粒は小さくても、たくさん集めて時間と手間をかければ豆腐や味噌や醤油に変わり、食卓を支える。中条の台所で実感したそのパワーに感動し、大豆を中心に季節を見る「大豆暦」を心の基準にしようと決めたのでした。
「大豆のそばにいれば人生の大切なこと、中条の元気の秘密が分かるんじゃないかなと思って。中条で大豆を育て始めて、味噌作り名人である滝澤さんに弟子入りしたんです(笑)。丁寧に準備したり時間をかけることは今の時代に足りない部分だし、派手で目立つことも時には大事だけど、そうじゃないことが力強さになっていくんじゃないかと思って」
▲東京・三軒茶屋にある飲食店「サンフラド」では、中条で育てた西山大豆や味噌、野菜を使った料理を提供。2019年11月には、料理とともに「まめったい写真展」と「The BOCOS」のライブを開催した
暮らしと働き方を見つめ直すタイミングで、長野市と東京の2拠点生活をスタート。長野市の靴下メーカー・タイコーの新ブランドのプロジェクトや、台風19号を機に県内のペット防災に関わるなど、長野でも活動の場を広げています。
「東京での仕事も大切で、一方向のベクトルでは気づけないことがたくさんあると感じています。中条のこと、動物愛護のこと、音楽のこと。いろいろな軸で動いていると、だんだんそれらがリンクしてきたりするからおもしろい。それに気づいたから、長くやったもん勝ちかなと思っています(笑)」
▲中条にあるアーティストの工房「中条アートロケーション《場》」併設のカフェにて、中条に移住した金属造形作家・角居康宏さんと。「《場》が中条に来て未来が開けた感覚があります」と小山さん
「中条で過ごすようになって、『長生きしたい』と思うようになりました。それまであまり人生に執着がなかったんですけど(笑)。中条のおばあちゃんたちと話していると、『80歳や90歳にならないと分からないことがたくさんあるんだな』と思うんですよ。将来への悲観ももちろんあるけど、明日畑でとれるものを考えたり、来年は何を育てるか考えたりするのが楽しそうで。毎日を精一杯生きているから言えるんだなと思った時に、そういう暮らしができるまで生きてみたいと思うようになりました」
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