No.442
母袋
京子さん
カンガルーアートスクール 主宰
自己で表現する〈個〉とみんなで表現する〈和〉 二つの創作から「自分らしさを育む」アートスクール
文・写真 宮木 慧美
「いらっしゃーい。上がってきてー。」
取材先のカンガルーアートスクールに到着すると、とびきりの笑顔で招き入れてくれた母袋さん。そのフレンドリーさは、初対面ということを忘れてしまうほど。【自己で表現する〈個〉とみんなで表現する〈和〉 二つの創作から「自分らしさを育む」アートスクール】を主宰する母袋京子さんにお話を伺いました。
アートにルールはない。とにかく「やりたい」という気持ちが大事
長野市・城山公園にほど近い住宅地。ひときわカラフルな建物の2階を拠点に、カンガルーアートスクールは活動をしています。
「KANGAROO Studio」と名付けられたこの建物。1階には京子さんの娘・母袋風実さんがパティシエールを務める「てんしのけーき」があり、1歳の赤ちゃんから食べられる、無添加・保存料・着色料・白砂糖をできるだけ使わないケーキを販売しています。2階には「カンガルーアートスクール」とアーティスト・母袋京子さんの「アトリエ」が。ここでは日々、さまざまな人の手によりたくさんの作品が生まれています。
「カンガルーアートスクールをはじめたのは1996年から。当時暮らしていた上越市からスタートしました。その後松本市、長野市に転居をしたのだけど、その間もずっと活動を続けてきて。ここ、長野市での活動は9年目。この場所はもともと父の家だったのですが、住まいからスタートして『KANGAROO Studio』として改修・改築をしたんです」
▲木曜日以外の第2・4週に、各8人定員のスクールを開講中。「アシスタントの方がひとり来てくれるんだけど、それでもカオス。すごいことになるの(笑)。いつも子どもたちのエネルギーで溢れているんです!」(写真提供:KANGAROO Studio)
上田市で子ども時代を過ごし、18歳で上京、美術大学へ。アルバイト先のデザイン事務所の現場が面白くなり中退。その後、東京・六本木でデザインの仕事をしていたそう。結婚・子育てを機に、一時期はアートやデザインから離れた生活をしていました。
「結婚して、3人の子どもが生まれて。しばらくは筆を握ることもなかったんだけど、上越にいる時に娘が幼児教室に通うことになりました。そこで教材をつくるお手伝いをしているうちに、ある生徒のお母さんから『個人的に、アートを教えてもらえませんか?』って依頼があって。いつの間にか生徒さんが増えて『カンガルーアートスクール』が誕生しました」
拠点や手法を変えながら活動を続けてきた母袋さん。現在は4歳から80代まで、総勢65名の方が表現活動をしています。赤ちゃんでも、高齢の方でも、障がいがある方でも。自分自身と向き合い、自分を表現する喜びと幸せを感じてほしい、と言います。
「アートスクールといえば、美大受験のテクニックを身につける学校や、子ども向けのワークショップ、例えば足型とか手型とか、型が決まっているものがよくあると思います。もちろんそういうものを必要としている方がいて、そんな楽しみ方も素敵だと思います。でも、私が提供したいのは何も決まっていないところから“何かを生み出す”という体験。だから『キレイ』よりも『すごい!!』『オリジナリティ!!』『爆発!!』みたいな表現が好き!アートには変なルールはないし、答えがない。とにかく『やりたい』『悩む…』って気持ちが大事だと思います」
▲赤ちゃんとお母さんのためのワークショップイベントも開催。「絵の具って、こどもにとって一番楽しい画材。みんなすごいの!こちらが指示をしなくても、ダンスをするように筆先を紙に滑らせています」(写真提供:KANGAROO Studio)
みんなで作った作品。だからすごい!
そんなカンガルーアートスクールらしい作品が、メンバー全員で作り上げるカレンダー。2017年版から続いている取り組みで、一般販売もされています(ご注文はこちらから)。
「365日、すべての日にちが個性的な作品になっているでしょ?動物がいたり、雪だるまがいたり、記号化してみたり、さまざまな自然を描いてみたり…。まさに、数字アートの集合体。それぞれの日にちを、生徒さんたちが自由な発想と自由な画材で描いているんです。そのひとつひとつを集めて、カレンダーという作品が出来上がっているの。みんなで作った作品。だからすごい!アートを楽しむことは人生豊かにする、というのを体現しているような気がしませんか?」
▲2020年のカレンダー。お誕生日の日は、その子が担当するお約束。母袋さんも、自身の誕生日である1月8日を担当。
さらに、「世に出して、一般の人に見てもらうことで次のチャンスにつながれば」との考えから、展示会やイベントへの協力にも積極的。2018年に開催された「おぶせエバーグリーンマーケット」では、ポスター制作やワークショップ、展覧会の展示をカンガルーアートスクールのみんなで行いました。
「ポスターの絵も、カレンダーの絵と同じ考え方で描きました。ひとりずつが各パートを描いて、集積します。例えば玄照寺の山門を描いたのは、こうちゃんという発達障がいのある男子。天性のスケッチ力があってね。そこに色を塗ったのがひろくんで…。そうやって、灯篭は誰々、鳥は誰々、本堂の屋根は誰々と描いていって、コラージュしていく。それぞれの個性を持った、みんながいるから完成する作品なんです」
▲おぶせエバーグリーンマーケットのポスター。細部にまでこだわりを感じる完成度。今後も展示会やグッズ展開をしていきたい、と母袋さん
生徒さんの絵を愛おしそうに見つめ、素敵でしょ、すごいでしょ、と何度も呟きます。カンガルーアートスクールの活動は、どんな想いで続けてきたのでしょうか。
「大事にしているのは“その人、そのものの表現”であることかな。決め決めのルールもなければ、「こうしなさい」と言うこともない。逆に何の疑いもなくよくあるパターンを描くと「本当にそうなの?」「どうしてそうするの?」と尋ねます。自分の心に素直にいること、そしてそれを表現することを大切にしています。障がいを持っていても、学校に行けなくても、「そうか」「だいじょうぶだよ」って。だから、絶対ダメ、は絶対にない」
ボーダレスに、素直に。誰かの人生を豊かにする場所を目指して。
その人らしさを大切にする理由を伺うと、「私の人生、波乱万丈だったから」と笑って話してくれました。その半生は、テレビドキュメンタリーに特集されるほど起伏に満ちたものだったのだとか。
「私が苦労してきたから『みんな大変だよね』って気持ちがあります。だから3.11の時も、私たちに何ができるんだろう?って考えて。『アートで心を癒す』なんてことも考えたけど、そんなの綺麗事でしょ、被災している時に。
だから娘と話して、お菓子を届けることにしたんです。今回の台風19号の時も、被災した方に『てんしのけーきにいつでも取りに来てください。』とSNSで発信をして、シフォンケーキやクッキーを、クリスマスには子どもたちにシュークリームを700個届けたんです。ささやかすぎるけど『何ができるか』をいつも考えています」
逃げ出したくなるほどの辛い日々と、その壁を乗り越えてきた経験を持つ母袋さん。そこから得られたのは、困っている人に寄り添う優しさと“自分らしくいられる”豊かさへの気づきだったのかもしれません。KANGAROO Studioが目指すべき姿を尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「いちばん小さな核となるものが『個』だとすると、その集合は『家族』だと思っています。家族って大事だよね、というのは私のテーマかも。アートスクールも、ケーキ屋も、アーティストとしての活動も、一人ずつ、一つずつの“個性“が集まって集合になっていますよね。ここに来たら自分らしくいられるとか、人生が豊かになるとか。ボーダレスに、それぞれ、気のあった仲間が集まる仮想家族のような場所に、ここがなれたらいいかな。」
▲生徒さんの作品を解説してくれる母袋さん。一人一人の個性と人格を尊重して、その子らしさが存分に発揮できる機会を大切にしている
「カンガルーアートスクール」の主宰者、「てんしのけーき」のオーナー、そして「アーティスト・母袋京子」。多彩な顔を持つ母袋さんですが、その根底には“個”と“家族(和)”を大事にする一貫した想いがありました。その想いを新しい形として表現するため「アーティスト・母袋京子」として、新しいプロジェクトも始動するそうです。
「2020年2月から、“母袋京子”としての新しいプロジェクトをスタートさせることにしました。ひとつは家族を描く、“家族画“。好きな場所や好きなものに囲まれた1枚は、家族写真よりも自由で、その家族らしさが表現できるでしょ?そしてもう一つが“Name Art.”。赤ちゃんが生まれたときに筆字で名前を書くけれど、名前に込められた想いやその子の個性は、もっと自由に表現できるんじゃないかと思ったんです」
▲“母袋京子”としての新しいプロジェクト。“家族画“(写真上)と“Name Art.”(写真下)(写真提供:KANGAROO Studio)
“家族”をテーマに、個性を自由に表現していきたいと語ってくれた母袋さん。そこにある“個”と向き合い、尊重し、決して特別視せずに招き入れる包容力は、母袋さんにしか生み出せない表現なのかもしれません。すべての“個”の居場所となるカンガルーアートスクール。ぜひ一度、訪ねてみてはいかがでしょうか。
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会える場所 | 長野県長野市上松2-4-30 電話 母袋京子ホームページ |
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