No.315
田中
勝巳さん
大信州酒造株式会社 常務取締役製造部長
味を突き詰め続けて
酒という日本の文化を残す
文・写真 安斎高志
手をかけた分だけいいものができる
全国新酒鑑評会やインターナショナルワインチャレンジで、最高賞を獲得し続けている大信州酒造。しかし、高い評価を受けているのは、審査会向けの特定の銘柄だけではありません。味にうるさい酒販店や、日本酒好きの消費者から、根強い支持を集め、長野県を代表する酒蔵のひとつとして地位を築いています。
長野市豊野町にある同社の「豊野蔵」で、酒造りを取り仕切るのが常務取締役製造部長の田中勝巳さん。自宅は松本市にありますが、1年のうち7ヵ月を豊野蔵に泊まり込んで、酒と向き合っています。
「昔は、正月の1週間くらいは休んでいたんです。でも、だれもいない時期があると、もろみが止まる、つまり発酵していかない。それが何年も続いたので、ある年に泊まり込んでみたんです。そうしたら、もろみがすごく元気で、本当にいい状態で酒が搾れたんです。本当は家に帰りたいですよ。でも、手をかけた分だけいいものができるとなると、帰れないじゃないですか(笑)」
氷で冷やした部屋で澱が沈むのを待ち、上澄みをホースで抜く「澱引き」。静かに静かに無ろ過の原酒が詰められていく
旨みが舌先に絡み、それでいてキレがよい大信州の酒。それを生んでいるのは、酒造りをとことん突き詰める姿勢です。
大信州の酒は全量、手洗い。糠がきれいに流れ落ち、雑味が消えます。また、ほとんどが無ろ過の原酒です。冷たいところに安置し、静かに澱が沈むのを待ちます。そして、その上澄みをホースで抜きます。
「ろ過するのは簡単です。しかし、無ろ過の方が、味や彩りの複雑さ、また、搾りたての酒が持つ、生まれたての表情が見られます。仕込みの段階から、どういうテイストで仕上げるか考えていきます」
ラベルには「無ろ過原酒」とうたっていません。無ろ過だという先入観を取り払ったうえで、酒の味を純粋に愉しんでもらいたいという思いからです。受賞歴をラベルに記していないのも同じ理由だといいます。
米は県内の契約農家から調達する「ひとごこち」と「金紋錦」が94%、残り6%が「山田錦」
ワインの世界から日本酒の世界へ
田中さんは先代社長の二男。兄がいたため、家業に入る気はなく、大学卒業後は大手ワインメーカーに就職し、営業の仕事をしていました。仕事に不満はありませんでしたが、10年目を迎えた32歳のとき、帰省した帰りに兄が持たせた2本の酒が人生を変えます。
「当時、僕はシャンパンと白ワインにはまっていて、結構値段が張るものも飲んでいたんです。でも、兄が持たせた『大信州』の方がずっとうまかった。しかも、値段は3分の1とか、その程度です。大手で営業をしていると、おいしいものもおいしくないものも、売らなければならない。それよりは、自分の家が造っている、このうまい酒を売りたいと思ったんです」
そうして、家業に入った田中さんですが、当初は苦労が絶えなかったと振り返ります。
全国新酒鑑評会やインターナショナルワインチャレンジで高い評価を受け続けている
「さあ営業をしようと思ったら、得意先がない。新規開拓で全国行脚が続きました。そして、東京では『大信州といえば安酒』というイメージがついていて、それを払しょくするのも大変でした。でも、酒販店さんに『売ってください』とは言わなかった。お客さんと対等でいられないと、わがままを聞くだけになってしまいますから」
北海道から九州まで駆け回り、ほとんど自宅には帰れない日々を過ごします。なかなか自社の味を知ってもらえず、もどかしい思いもしました。しかし、田中さんには飲んでもらえれば認めてもらえるという自信がありました。
着々と顧客が増えつつも、奮闘が続いていた6年目のこと。蔵の方が人手不足となり、田中さんは38歳にして蔵人になります。酒造りの世界では、遅い転身でした。
7ヵ月つきっきりだと状態がいいと話す
日本酒のよさを知るきっかけをつくりたい
蔵人としてのスタートが遅かったにもかかわらず、高い評価を得てきたのは、たゆまぬ努力ゆえではないでしょうか。朝4時ごろから蔵に入り、夜も8時から9時ごろまで酒に付き添う日々を送る田中さん。前述のとおり、1年のうち7ヵ月は蔵に泊まり込み、生活のほとんどを酒造りに捧げてきました。
「酒は生き物だから仕方ないですよね。そして、材料が決まっているから、アレンジのしようがない。とことん突き詰めて、向き合うしかない。泊まり込みが終わって、家に帰ると、びっくりするくらいよく寝られますよ」
近年、田中さんは、自社の酒の評価だけでなく、日本酒業界全体がいかにして存在感を増していくかを考えるようになりました。
「米と酒で造る日本の文化なので、次の世代に残していきたい。そして、いい状態の酒に触れる機会をつくりたい。最初に触れたお酒がまずかったら、なかなか次を飲もうと思ってもらえないですから、いいお酒を知る機会をつくりたいんです」
北アルプスの伏流水が仕込み水となっている
そのために、毎年5月に開いているのが「大信州 手いっぱいの会」です。人気の高い銘柄のひとつ「手いっぱい」を、ゆっくりと食事をしながら愉しむ集まりです。全国から日本酒ファンが集まる同会ですが、田中さんは特に地元・長野市の人に来てもらいたいと話します。
「かつての僕のように、それほど日本酒に興味がない人や、あまりいい思いを持っていない人が、たまたま地元でやっているこの会に来て、大信州をきっかけに日本酒に対するイメージを変えてもらえたらうれしいですね」
辛口だが、旨みが先に来て、キレがよい。その味をつくるのは手間暇惜しまない姿勢
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会える場所 | 大信州酒造株式会社 豊野蔵 長野市豊野町浅野772-2 電話 026-257-3472 ホームページ http://www.daishinsyu.com/ 「大信州 手いっぱいの会」 |
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