No.450
山上
浩明さん
株式会社山翠舎 代表取締役社長
「全方よし®」の古木ビジネスで長野から世界へ
文・写真 島田 浩美
近年、長野市でも善光寺門前を中心に多く見られるようになった空き家のリノベーション。古材がもつ独特の趣が心地よい空間を生み出しています。そんな古材の魅力に着目し、古民家から得られる上質な古い木材を「古木(こぼく)™」と名付けて広く発信しているのが、古民家解体から設計、施工まで手がける山翠舎(さんすいしゃ)です。古木事業の立役者である3代目社長の山上浩明さんを訪ねました。
古民家に受け継がれてきたストーリーも大切にした「古木™」
2300坪の広大な敷地の倉庫にずらりと並ぶ古木™。その数、およそ5000本。長野市に本社を構える山翠舎は日本最大級の古木™のストックを誇ります。いずれも長野県や近県で戦前に建てられた古民家を丁寧に手ばらしで解体し、得られた良材。囲炉裏の煙で燻されて表面が美しく黒光りしているものや、昔の職人の手斧の跡が残ったもの、自然のままの湾曲を生かし、長年、豪雪に耐えて家屋を支え続けてきたものなど、一つひとつ個性があり、同じものがふたつとありません。
「築70年以上の古民家には、今では入手困難な樹齢100年以上の貴重な木材が柱や梁に使われていますし、素材としても、昔は新月伐採(樹木の水分が少なくなる新月に木を伐採すること)が行われていたので木が硬く、塗装では表現できない別次元の価値があります。また、古木™を新しい空間作りに生かすことで、昔の職人の匠の技と今の大工の加工の融合が見られる面白さもあります」
こう古木™の魅力を話す山上さん。通常の解体であれば廃材として処分されてしまう古材を「どの土地の古民家のどこに使われていた部材か」まで細かく記録し、その家の来歴まで探ることで一本一本のトレーサビリティを実現しています。さらに、古材の経年変化を生かしたまま磨き上げる同社独自の加工を施すことで、内装材や建材として利用できる「古木™」と定義しているのです。「古木™」は山翠舎の登録商標です。
▲長い年月をかけて十分に乾燥された古木™は新材に勝る強度で、防虫性も向上しており、有害な化学物質の心配もない
▲大町市にある広大な倉庫兼工場で施主の要望に応じて最適な古木™を手配。設計通り組み上げるシミュレーションも実施することでトラブルを最小限に抑えている
「かつての住み手の思い出や歴史の詰まった古民家の古木™を飲食店や住宅の一部に再活用し、次のストーリーを作っていくことで、新しいプライシング(価格決め)による納得のいく世界観をめざしています」
空間に古木™ならではの風合いや温もりといったインテリア性が加わるだけでなく、かつての住み手の愛着やエピソードなどのストーリー性も引き継がれることで、また違った魅力が生み出されるのです。この古木事業が、現在の山翠舎の要です。
▲釘を使わずに組み上げた古民家の梁や柱には、継手や仕口など職人による手刻みの痕が残っている
▲樹種や部位ごとの特徴を生かした加工が施された古木™は、昔ながらの木組みの手法により新たな空間の建材や内装材として組み立てられる。こちらは長野駅ステーションビル・MIDORI 長野にあるお土産店「信州くらうど」
古い木材の新たな価値観を創出し、自社一貫体制を構築
山翠舎は1930年創業。山上さんの祖父が建具製作で起業し、父が2代目を引き継いでからは、住宅建築や商業建築を手がける施工会社へと発展しました。そして、長野市初のマクドナルドやロイヤルホストといった全国チェーン店の施工も担当。
大きな転機が、1980年代に長野駅前にオープンしたアメリカンカジュアルのアパレルブランド「オクトパスアーミー」の店舗施工に携わったことです。アメリカンテイストのユーズド感のある内装のため、海外から古い木材を買い付けた施工とスピーディな対応が好評だったことから、その後の全国展開の施工を山翠舎が任されました。こうして全国約100店舗のうち、半数にあたる50店舗ほどを手がけたのです。
「当時はバブル経済の絶頂期で大理石などを使った高級感のある建物が人気でしたが、世の中と異なる動きで組織が大きくなっていくのを思春期に目の当たりにしました」
とはいえ、山上さんはもともと、3代目として家業を継ぐつもりはなかったそう。父から後継しろと言われたことも一度もなく、大学では経営工学科で環境問題を学び、省エネルギーに関する卒論を2本も書いたといいます。
卒業後は得意のIT技術を生かすべく、ソフトバンクに就職。営業を担当し、社長賞を取るほど活躍しました。しかし、次第に山翠舎の事業に惹かれるようになったそうです。
「山翠舎はまだまだ発展性があって、ダイヤモンドの原石のような会社だと思ったんです」
そこで父親に入社の希望を伝えると「建設業界はお前には向かない」と断られ、3回目の申し出でようやく許可が得られました。こうして2004年、28歳で入社後、山上さんがまず果たしたのは、施工の分野で下請けから元請けになること。そして、2006年には古木™を扱い始めたのです。
「古木™は私の新規事業でした。同業他社に負けない自社の一番の事業を作るためには狭い分野に特化するべきだと考え、当社は古材の施工なら得意なことから、これまで他社から買い付けていた古材を自社で調達するという発想がビビッとひらめいたのです。すばらしい古民家が壊されているのがもったいない、という思いや、木に囲まれて育った環境もアイデアの原点でした」
こうして、古民家解体による古材の買取・販売事業を開始。当時、すでに古材の流通を手がけている会社もありましたが、山上さんが思いついたのは古材でも入手ルーツがわかるということです。そしてトレーサビリティ管理による質のよい古材=「古木™」とし、商標登録を取ることで古材の別カテゴリを作り、新たな価値観を創出しました。2009年には古木™を活用した施工だけでなく、デザイン・設計事務所とコラボして店舗や住宅の設計もスタート。仕入れから設計・施工・流通までの自社一貫体制を整えました。
▲古木™は一本一本、品質をチェックし、ラベルをつけて品番管理している
▲古民家の柱のホゾ先には棟梁の名前や建てた年代が記されていることも。写真の柱には江戸時代後期の「文化十四年」の文字
開始当初こそ古木™の売れ行きは伸び悩んだものの、少しずつ事業が周知され、これまで手がけた設計・施工実績は400件以上。とある老舗旅館では、古民家を移築して高級感あふれる別邸としたことで宿泊単価が上がって売上が向上し、かつての住み手も宿泊に訪れるなど、さまざまな側面で集客アップにつながっています。
▲古木™事業の地域性や発展性などが高く評価され、2017年には「信州ブランドアワード」で企業・事業ブランド部門賞を受賞
ストーリーのある古木™で人と想いがつながる社会へ
2012年に3代目社長に就任した山上さん。翌年には古民家の移築再生事業をスタートしました。古民家を手放したい人と活用したい人とをマッチングし、双方が満足する提案を行っています。
「古民家の空き家は今、世の中に20万戸以上あります。当社の倉庫の在庫は5000本だけですが、私たちは古民家を丸ごとストックしている環境を作ろうとしています」
また、全国の工務店などを対象に、古木™の安定供給や設計・施工のノウハウを共有し、古木™の取り扱い業者を増やす「古木研究会」を設立。さらに、不動産会社や人材コンサルティング会社、金融業者、保険会社などと連携し、山翠舎で設計・施工をした事業者の交流会も作ることで、資金計画から施工後の運営、集客までを支援して繁盛店を作る仕組みも生み出しています。
「古木™は高価なものですが、パートナーシップを増やして関係人口が多くなるほどお店に足を運んでくれる人が増えます。また、古木™を使った心地よい空間体験で古木™のファンができれば、事業者の利益につながります。今は古木™を高く買って高く売るサイクルを作っているステージです」
▲落ち着きのある空間作りで多くの人気店が誕生。古木™を使って改修した長野市の人気フレンチ&イタリアンレストラン「kuland②」もそのひとつ
▲2020年6月にリニューアルオープンする小谷村の「道の駅小谷」の空間設計も山翠舎が担当。村内に点在していた古民家の梁や柱を再利用し、施工は地元職人が手がけた
このように、古木™は空き家問題といった地域の課題解決だけでなく、廃材の軽減により環境負荷を削減し、事業者にとっては収益増にもつながることから、山上さんはこの仕組みを「KOBOKU™エコシステム」と名付けました。
このシステム」は、全方向的にメリットがある「全方よし®」の仕組みだと話す山上さん。2018年には優れた起業家を表彰する「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン」で、この「全方よし®」のモデルを発表し、甲信越大会では成長力や革新的技術のある企業が表彰される「スタートアップ賞」を受賞しました。全国大会では3位に選ばれ、さらに今年2月に行われた長野県の起業家・事業家交流イベント「信州ベンチャーサミット2020」の発表では準グランプリも受賞しています。
▲現在はさらなるマーケティングやプレゼン能力の向上のため、社会人大学院で勉強。「山翠舎youtubeチャンネル」も開設している
また、古木™の端材も活用すべく、小物の素材として販売する小売ブランド「古木屋松治郎」をスタート。2019年には「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組む環境に配慮した企業として県から「長野県SDGs推進企業」に登録され、本社にはSDGsを説明できる空間「SDGs交流スペース」を新設しました。
「この空間を中小企業診断士に無料開放し、定期的にセミナーを開催して事業者に参加してもらうことで、SDGsを知ってもらうだけでなく自社のSDGsに向けた取り組みも考えてもらいたいと思っています。そして、SDGsの項目のひとつである『持続可能な開発に向けて実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する』という目標を達成することで、山翠舎がもつノウハウを多くの世代に還元していきたいと考えています」
▲長野工業高校と福祉系NPO法人との連携により、古木™を使って作ったSDGsバッジも今後販売予定
古木は、懐かしさや安心感、居心地のよさ、エイジングによる格好よさを空間にもたらしますが、それだけでなく、古木の活用はさまざまな社会問題の解決の糸口にもなります。
「古木™には歳月の分だけ物語があり、人の心に響く普遍的な魅力をもっています。そんなすばらしい資源を廃棄してしまうのは、社会や文化の継承の観点から見ても大きな損失で、大量消費ではなく長く使い続けられる価値の普及は社会のサスティナブル(持続可能)化にもつながっていくはずです。また、古木™は、提供者と使用者の間にも関係を作り出し、形のない価値をもたらします。この古木™で人と想いがつながる世界を今後もめざしていきます」
「何事も全力でやりきる」という信念のもと、豊かな発想力で古木・古民家ビジネスを拡大し、山翠舎を進化させてきた山上さん。その原動力は、生まれ育った長野市への感謝と恩返しだといいます。古木™によって居心地のよい空間が世界に増え、人々の笑顔あふれる世界を作るというビジョンのもと、山翠舎の代表として、これからも長野から世界へと古木™の魅力を発信し続けます。
▲今年4月には、ニューヨークを本拠地として32拠点をもつ世界最大の素材図書館「Material ConneXion」に山翠舎の古木™が「KOBOKU™」として素材登録された
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会える場所 | 株式会社山翠舎 長野県長野市大豆島4349-10 電話 0120-531-814 ホームページ https://sansui-sha.co.jp/ Web料理通信 vol.1 「古木」を巡る 時を越えた、人との繋がり 株式会社ウッドワン木と人をつなぐマガジン |
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