No.425
早川
幸枝さん
カフェテラス モモ オーナー
大岡の恵みをゆったりとした時間の中で。北アルプスを一望するベーカリー・カフェ
文・写真 宮木 慧美
長野市街地から車で約1時間。うねうねと続く山道を進み、パッと視界が開けた先に広がるのは、雄大な北アルプスの大パノラマ。聖山高原県立公園や大岡温泉、棚田などの景色が広がる大岡地区は長野市の最南端に位置します。
多くの人が思い描くであろう「里山」のイメージそのままの大岡に「カフェテラス モモ」がオープンしたのは2002年のこと。オーナーの早川幸枝さんに、オープンまでの経緯や大岡への思いを伺いました。
▲大岡地区アルプス展望公園の中にある「カフェテラス モモ」。晴れた日には北アルプスが一望できる
移住先の条件は「人里離れた場所」。まさかカフェをやるなんて。
早川さんが家族とともに大岡に移住してきたのは長野オリンピックを翌年に控えた1997年。名古屋に暮らしていた早川さん一家は「自給自足ができる生活がしたい」と移住先を探しはじめます。
「移住の候補地は日本中にありました。不動産屋さんには『人里離れた場所がいい』とお願いして、県内では大岡・戸隠・七二会の物件を紹介してもらったんです。初めて大岡に来たのは真冬の2月。北アルプスが一望できることに感動して、ここだ!と即決しました」
▲常念岳から大天井、槍ヶ岳、蓮華岳、鹿島槍ヶ岳、白馬三山まで一望できる
大岡のおおらかさや景色に心を奪われ移住を決めた早川さんは、自給自足的な暮らしを営みはじめます。季節の移ろいやご近所の農家さんとの交流、田舎暮らしを満喫しながら、自分や家族が口にする野菜・穀物をつくる日々。電車もコンビニもない大岡での生活は“不便”と表現されることも多いですが、だからこそ生活がシンプルになったと言います。
「田舎だって都会だって、ある側面をみたら“不便”や“マイナス”があると思うんです。私の場合は、都会の人の多さや満員電車が大きなマイナスポイントだった。大岡はたくさんお金を稼ぎたい人・使いたい人には不便かもしれませんが、畑仕事の合間に見上げる北アルプスの美しさを思うと、本当にいい所と出会えたなと思います」
大岡で暮らすほどに、この地の素晴らしさやここに流れるゆったりした時間への愛着が増していったという早川さん。一方で、“食”に関心はあったものの、当初はカフェを開くことはまったく考えていなかったと言います。
「カフェをはじめたのは、本当に偶然なんです。村(当時)が所有する建物が遊休施設になっていたから『使わせてほしい』と役場に交渉に行ったんです。こんなにいい場所なのにもったいないと思って」
のちに「カフェテラス モモ」として再生するこの建物は、かつて展望台として使われていた施設。早川さんは北アルプスを望むこの場所に、大岡の素晴らしさを伝える拠点を作ろうと考えます。はじめは話さえ聞いてもらえなかったと振り返りますが、村役場の職員や村長に何年もかけて熱意を伝え、観光客や地元の方が気軽に立ち寄れるカフェを2002年4月にオープンさせました。
▲店名はミヒャエル・エンデの名著、自分の時間を取り戻す物語『モモ』から。ゆっくりと流れる時間を過ごしてほしいとの願いを込めて
オープン当初はほぼ1人でカフェを切り盛りし、店で使う食材を作るために1日の大半を畑で過ごしていたという早川さん。2005年には、大岡移住後に出会った「たかきび(ソルガム)」や「古代米」を入れたベーカリーの販売をスタートします。天然酵母を使ったパンはもっちりとした食感が好評で、現在では約30種類ほどにバリエーションが増えました。長野市内のショップや銀座naganoなどでの販売も行なっています。
▲「カフェテラス モモ」のパンは、小麦粉だけでなく古代米やたかきび、玄米などを入れて焼いているのが特徴
はじめは早川さん1人でスタートした「カフェテラス モモ」でしたが、今ではスタッフも増えて8人に。この地の豊かさを感じられる、大岡になくてはならない場所となっています。
大岡に暮らせることが幸せ。この土地を活かし、守るために。
オープン当初から今日まで、早川さんが大切にしていることのひとつが「地域自給」の考えです。大岡の土地を活かし、農地を耕し続けるために、提供する食材には地元で採れた野菜や穀物を使うように心がけています。
「どうしてこんなにいい所から、どんどん人が減ってしまうのか不思議なんです。地元の農家さんに聞くと『ここじゃ食えないし、何にもないからな』って言われるんですが、農地を耕す人がいなくなったら大岡はどうなってしまうのか…。せっかく田んぼも畑もあるんだから、ここの農業をベースにしたい。地域の食材を使うことで大岡の農地を活かし、カフェを開くことで大岡の良さを伝えたいと思っているんです。微力かもしれないけれど、農作物を作る人を支えられたらなって」
米も野菜も雑穀も、食材のほとんどが大岡で長年農業を続けるプロのみなさんが手がける大岡産。大岡を代表する田園風景の「棚田」で作られる古代米も使用しています。高齢になってきた農家さんたちですが「モモで使ってくれるなら今年も頑張るか」と土地を耕し続けてくれています。
▲「カフェテラス モモ」の周りには田んぼや畑が広がる。里山らしいのどかな雰囲気
「カフェテラス モモ」で提供しているメニューのほとんどは、ベジタリアン・ビーガン向け。大人気の「ベジバーガー」は、自家製の天然酵母のバンズにたかきびを使ったベジコロッケなどをサンド。熱々の「ピザ」には大岡産のトマトと野菜を煮詰めたトマトソースをたっぷりと使用しています。桑の甘みと完熟梅の酸味が爽やかな「うめくわジュース」に使っているのも手摘みした桑の実。大岡の地で豊かに実った米・野菜・雑穀を、大岡の気持ちの良い景色の中でいただく。なんと贅沢で豊かな時間でしょうか。
▲雑穀ハンバーグやかぼちゃのフライなどを挟んだ「ベジバーガー」と自家製トマトソースを使った「マルガリータピザ」(右奥)。梅・桑の実のオリジナルジュースとともに
価値観が多様化している今だからこそ、心地よい生き方を。
「カフェテラス モモ」の一角に並んでいるのは、天然酵母のパンだけではありません。玄米コーヒー、いろいろな種類の大豆、カレーのスパイス、陶芸作品…。自家製パンといっしょに、地元で農業や林業、ものづくりを営んでいる人の商品の販売も手がけています。
「この大豆を育てたのは、大岡に移住後モモのスタッフをしながら自然農を営む女性。こっちの陶芸品を作ったのはイギリス出身の陶芸家。地域で活動している人のことを知ってもらえるように、いろんな人のものを置くようになりました。この場所を人がつながる場所としても使ってほしくて」
▲食品や加工品、工芸品など大岡周辺の地域で活動する人の商品が並ぶ
半農半Xと呼ばれるライフスタイルを実践している人も多いこの地域。「カフェテラス モモ」にも週の半分はパンを焼き、残りの半分で農業や林業を行なっているスタッフが多いそう。
「長野市の中でも、過疎化・高齢化が進んでいるのが大岡地域。私たちの仲間として半農半カフェをやってくれる若い人が増えてくれたら、と思っています。モモの仕事をやりつつ、自分のやりたいこともやるという働き方。若い人は、やりたいことがあったら全部やってみたらいいと思うんです。大岡だったら農業・林業・木工・絵画とか。その中でいちばんはこれというものを見つけて、将来的にお店を持ったり独立したり。オルタナティブな価値観ですが、暮らせるだけのお金を稼いで、好きなことを表現して生きていきたい人が関わってくれたらうれしいと思っています」
これまでの経済優先の社会ではなく、自給自足的な暮らしや大切な人との時間など、自分の価値観を大事にする人も増えてきました。早川さんは「モモをそんな人たちの拠り所となる場所にしたい」と言います。価値観が多様化し、幸せや豊かさの“ものさし”にも大きな変化が生まれている今「カフェテラス モモ」のゆったりした時間に身を委ねて、自分自身を見つめ直してみるのもいいかもしれません。
▲大岡の豊かな四季を感じながら食事を。北アルプスが見えるテラス席も人気
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会える場所 | カフェテラス モモ 〒381-2704 長野市大岡甲7552 アルプス展望公園内 電話 026-266-3701 ホームページ https://cafemomopan.com/ 営業時間:朝~夕暮れ(17:00頃・季節によって変わります) |
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