No.424
永岡
祐二さん
ambrosia オーナーシェフ
一皿一皿に心を込めて。湯福神社に見守られるリストランテ&パティスリー
文・写真 石井 妙子
にぎわう善光寺門前から少し西へ入ると、観光地の空気がフッと途切れ、普段の暮らしの風景が始まります。家並みの先に見えてくるのは、ケヤキの大木が目印の善光寺七社の一つ、湯福神社。普段は静かですが季節ごとに行事が行われ、地元に愛されている神社です。
その湯福神社の隣に今年1月、小さなリストランテ兼パティスリーがオープンしました。古い住宅を改修した建物の表には、「ambrosia(アンブロジア)」と店名が掲げられています。
▲元りんご農家の住まいを店舗に改修した「ambrosia」。通りを隔てた隣には湯福神社が鎮座します
横浜から長野へ。パティシエから料理人へ
こぢんまりとした店内は全10席。ディナーはコースのみの完全予約制で、ランチも予約優先。満席になることも多い店内は、ambrosiaでの食事を心待ちにしていたお客様の幸せな空気に満ちています。
▲窓の外には神社の豊かな緑。以前は土間だったスペースをヘリンボーン貼りのフローリングに変え、壁はDIYで漆喰を塗りました
ショーケースに並ぶのは美しい自家製ケーキ。夕方までカフェとしての利用もできるほか、ケーキのテイクアウトもできます。
▲入ってすぐのカウンターでは、奥様の佳奈さんが焼くケーキや焼き菓子を販売。棚は古道具のタンスを使っています。格子戸の奥はお菓子用のキッチン
「ディナーは予約制と決めていたので、人通りが多い場所よりも静かな場所を探していました。ここは神社の隣で落ち着いた雰囲気ですし、角地で覚えやすいのもいいと思って」
そう話すオーナーシェフの永岡祐二さんは、昨年末まで善光寺門前のイタリアンレストラン「THE FUJIYA GOHONJIN」に勤務していました。さかのぼること2006年、同店オープンのタイミングで横浜から長野へ移住してきたのだそう。聞けばパティシエとして応募したにもかかわらず、料理担当として採用されたのだとか。かなり戸惑ったのでは?と尋ねると、「実はもともと、料理人の方が合っている気はしていたんです」と振り返ります。
▲23歳までパティシエとして地元・横浜で働いていた祐二さん。当時からまかないで作るパスタが好評だったそう。今は妻・佳奈さんが作るお菓子のご意見番でもあります
「お菓子はバターや小麦粉といった均質な製品を使い、例えばメレンゲを作るなら卵白をこの方法で何分ぐらい泡立てて……と、決まった手順をきちんと踏まなければおいしいものはできません。正直、それがあまり得意ではなくて(笑)。それに対して料理は、“おいしい”というゴールにさえたどり着ければどんなルートを通ってもいいんです。野菜や魚や肉は天然のもので、それぞれの個性に合わせて工夫する必要があるから。自由度が高いそのやり方が、自分には合っていたんですね」
▲ディナーで提供する前菜。手前から真アジとブラッドオレンジのマリネ、ソラマメとペコリーノチーズのクロスティーニ、タケノコとグアンチャーレ。スズ製の皿は、松本のクラフトフェアで購入したもの
イタリア修業で、料理の「枠」が外れた
「THE FUJIYA GOHONJIN」では、レストランと結婚式場の料理を両方担当する目まぐるしい日々。4年で料理人としての技術を身につけた祐二さんは、一度退職を決めます。28歳でイタリア・ミラノへ渡り、リストランテに住み込みで働く生活をスタート。そこで痛感したのが、イタリアとの料理文化の違いでした。
「日本は素材を生かした繊細な味付けを大切にしますが、イタリアは油脂の使い方、塩分の利かせ方の感覚が全然違うんです。日本人からすると驚くほどたっぷりオリーブオイルをかけたりする。イタリアの野菜は甘みや苦みが強く、魚も臭みがあったりするから、素材に負けない味つけをするんですね。日本では油は体によくないイメージがありますが、向こうでの油は“素材と素材をつなぐもの”という感覚。パスタもオイルに素材の味と香りを移すことが大切だったり、その感覚は今も料理に生かしています」
さらにイタリアでの経験から、「料理に対して『こうでなければダメ』という枠がなくなった」と話します。
「例えばカプレーゼという料理は、日本では決まった一つのイメージがありますよね。イタリアでは地域によっても店によっても違って、でも『これがカプレーゼだ』って言い張ればカプレーゼなんです。作り手にその認識さえあればいい。それを見て『自由でいいんだ』と思うようになりました」
▲ディナーのメインの「信州米豚の肩ロース 新玉葱とクレソン 焼き林檎とバルサミコのピュレ」。「素材をさっと置いてもかっこいい」という丸い皿は器作家・熊淵未紗さんの作品
お客様も自分たちも幸せになる店に
1年後に帰国した時、祐二さんの胸には「自分の店を持つ」というビジョンがありました。誘われて再び「THE FUJIYA GOHONJIN」のキッチンで働き始めましたが、最初に「5年後に独立します」と宣言。経営側の視点も持って働く日々は、以前より視野が広がったと振り返ります。
そんななか「THE FUJIYA GOHONJIN」が運営するパティスリー「HEIGORO(ヘイゴロウ)」のパティシエだった佳奈さんと出会い、二人は結婚。数年後に祐二さんが独立を決めた時、佳奈さんもまた「一緒にお菓子を売りたい」と決心したのでした。かくしてイタリア料理とお菓子、二つのキッチンを持つお店が生まれたのです。
「2人がそれぞれ作って売るから、大変と言えば大変です(笑)。席数は少ないですが、僕らにとってはこれがちょうどいい規模ですね」
▲季節ごとに変わるケーキはテイクアウトも可能。ブームのバスクチーズケーキ(上段奥・400円+税)も、一足早く注目していた定番商品
▲姿も美しい「フランス栗のモンブラン」(460円+税)は中にラズベリークリームが入った伝統的な味
前職時代から「レストランの敷居をもっと低くしたい」と考えていた祐二さんは、お客様の顔が見える気取らない空間をイメージ。予約制としたのは、せっかく訪れたお客様を売り切れでがっかりさせることがないように。そして食材ロスや人員不足など多くの飲食店が抱える課題をクリアするために、自分たちにとってベストな方法だと考えたからでした。予約制で限られた席数だからこそ目が届き、十分なサービスを提供することができます。
「料理人としても一皿一皿に集中できるから、良い状態でお出しすることができます。同じ料理でも、顔の見えない数十人分を一気に作るのと一皿ずつ心を込めて作るのとではやはり違う。ディナーコースは6,000円ですが、値段以上の価値を提供できていると思います」
▲信州米豚の肩ロースをじっくりソテー
予約に必要な量を無駄なく使えるからこそ、食材選びにはこだわりが光ります。野菜は豊野の「ナチュラルファームキオ」から届く有機野菜。魚はウェブで全国の漁師リストから選べるサービスを利用し、各地の獲れたて鮮魚の詰め合わせを取り寄せています。盛り付けるのは、クラフトフェアなどを巡って探した作家ものの器。料理が映える質感とフォルムを選んでいます。
訪れるお客様は意外にも歩いて来られる近隣の方が多く、リピーターも多いそう。湯福神社と同じように地元に愛される親しみやすいお店ですが、その味わいは本格的。「善光寺を訪れる観光客の方にもぜひ来てほしいですね。この場所にこんなにおいしい店があるんだ、と驚かせたい」と、笑って話してくれました。
▲店名の「ambrosia」は、ギリシャ神話の神々の食べ物を意味する言葉
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会える場所 | ambrosia 〒380-0801 長野市箱清水2-5-8 電話 026-217-7406 ホームページ https://www.ambrosia-nagano.com 営業時間 |
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