No.352
内田
英樹さん
(有)キコリ・デザイン研究所 代表取締役
「使えない」に挑み、生まれた
信州産カラマツの木工時計
文・写真 坂西孝美
長野市若里、工業団地のはずれに小さな木工所があります。手づくり時計工房「KICORI」。作っているのは、信州産のカラマツを素材とする掛時計や置時計です。シンプルな角時計・丸時計から、生き物がモチーフの表情豊かな時計まで、そのものづくりへの思いを知りたいと、作り手である「キコリ・デザイン研究所」二代目代表・内田英樹さんを訪ねました。
はじまりは工業デザイン
内田さんは静岡県生まれ。宝塚造形芸術大学(現宝塚大学/兵庫県)で工業デザイン、とくに生活用品を対象とするプロダクトデザインを学び、ものづくりに携わりたいと思うようになりました。
「素材としては金属やガラスも好きです。でも自分には木が合っていると思った。木曽の上松町にある技術専門校で木工の基礎を学び、就職するか、自力で工房を開くかと将来を悩んでいたころ、キコリ・デザイン研究所の求人を目にしたんです」
当時すでに20代後半。1998年(平成10)4月、入社を果たします。後でめったに求人を出さない会社だと知り、これこそ“縁”と実感しました。
「面接では堂々と『将来、独立したいと思っている』と言いました。いま思えばとんでもないことなんですけど、居心地が良いので結局居ついちゃいました」
2013年(平成25)、二代目社長に就任。翌14年から代表取締役となり現在に至ります。1980年(昭和55)、キコリ・デザイン研究所(以下、「キコリ」)を立ち上げた創業者の古川正礼(まさのり)さんも、元々は工業デザインを生業としていたそうで、高齢を理由に自身の引退を決意したとき、社員の中から内田さんに後を託しました。
内田さんは苦笑いしながら、こう語ります。
「社長業より黙々と作っている方がよほど好きですが、私がやらないなら会社をたたむと言われ、それまでの歴史や残される財産を思うと、それは惜しいと思ったのも事実でした」
内田さんの作業部屋。ちょうど修理に戻ってきたという時計に向かう。キコリ製品のムーブメントは日本製クオーツを使用
カラマツとの出合いと苦闘
キコリの製品は、主な素材に信州産のカラマツを使っています。カラマツといえば、長野県では戦後まもなく大規模な植林が行われたものの、ヤニが多く、割れや狂いが生じやすいなど加工がしにくいために、あまり活用されてきませんでした。
そんな中、昭和40~50年代にかけて長野県の工業試験場が加工技術を開発、木工品への活用を模索し始めます。キコリも共同開発の形で小物づくりに着手。そうしてペン立てやカードホルダーなどから始まったキコリの木工は、時計という分野で大きく花開きます。
しかし、実際にカラマツを扱う難しさは予想以上。
「なぜカラマツなんだと思うほど、問題だらけでした。ヤニや割れだけでなく、木目が独特で、切り出すところから既に大変なんです」
現在は、佐久地域から主に間伐材の板材を仕入れ、自社で3か月ほどさらに乾燥させてから、集成加工して使います。濃淡のはっきりとした表情豊かな木目は、カラマツならではの魅力。ですが――
「色の濃い木目は、冬に育つ『冬目』と呼ばれ、雪や寒さで生育が遅いぶん極度に締まって金属のように硬い。対して白地は、夏に育つから『夏目』。爪で押すだけで跡がつくほどやわらかいのです。冬目と夏目がミルフィーユのようになって、手かんなでは磨けませんし、まったく作り手泣かせです」
全工程は手作業で進められますが、加工に特殊な技術が必要なだけに、機械の力も借りなくてはなりません。それでも地元のカラマツを使うことへのこだわり。それはキコリの「原点」だからなのかもしれません。
さまざまな刃物を組み合わせ、ネコや魚などの形を切り出していく
独特の木目は表情として魅力だが、濃淡で極端に硬さが異なり「切る」こと自体を難しくさせる
デザインコンセプトは「自然に在る」
キコリの時計の特徴をひとことでいうならば、「ぬくもり」。木の質感や手触りだけでなく、モチーフにした木の芽や木の葉、海や野山の生き物たちのどこか“ゆるい”表情や、特徴をとらえたユーモラスな動きにほっこりします。見ていて飽きず、それでいて主張しない。「自然に在る」をコンセプトにデザインされる製品たちは、どうやって生まれるのでしょうか。
「6名の社員のうち、デザイナーは3人。そこに私も含め、それぞれが面白い、作ってみたいと思うものを設計・試作して展示会に出してみる。そこで評判の良かったものをカタログ商品として量産できる体制にします」
自社カタログには30種類ほどを掲載(2016年12月現在)。たとえば『芽がでた時計』は内田さんの作品の一つですが、伸びた若芽が振り子のように頭上で揺れる置時計です。「裏の畑を見ていたら小さな芽が出ていたので、時計から芽を出してみようかな、と」。なるほどアイデアのヒントは意外に身近にあるようです。
木工所に隣接のショールーム。インタビュー中、「カッコー」と鳴いた時計を見ると、小窓から姿を現したのは…ネコ!?「デザイナー曰く『カッコーと鳴くネコ』だそうです」(内田さん)。そんな発想が商品化されるのもキコリらしさ
「時計は家族のようなもの」
地方の小さな木工所で、コツコツとつくられるキコリの製品。全国の東急ハンズや小売店のほか、最近では大手ECサイトなどインターネットでも販売される人気ぶりですが、「木の質感や、こだわっているギミックの動きなど、やっぱり実物を見てもらいたい」と内田さん。記念品やオリジナル製品のオーダーにも応じるそうで、新築や建て替えを機に購入されるケースも多いといいます。
「家の中で、時計というのは常に、当たり前のものとしてそこにある。ある意味、家族のような存在だと思うんです。だから壊れたからと買い替えるのではなく、修理してまで使いたいと言ってもらえることは作り手としてうれしい限り。お客さんに喜んでもらえるもの、長く愛されるものを―という思いはもちろん、作っている私たち自身が楽しいと感じるものをこれからもつくっていきたい」
自社のものづくりについて、内田さんは穏やかに、控えめに語ります。工程で出る木くずは近所にある長野市馬術連盟の厩舎に持ち込み、いずれ肥料となって地元農家にもらわれていくのだそうです。そんなところでも、さりげなく自然とつながっている。製品の見えない背景にも感銘を受けました。
ショールームに鎮座する全長1m前後のワニ。これも時計だと聞いて仰天。黄色いマーク(子ワニ)を押すと時刻をアナウンス(非売品)
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会える場所 | (有)キコリ・デザイン研究所 〒380-0928 長野県長野市若里7丁目11番21号 電話 026-227-8045 ホームページ http://kicori.net/ 営業時間:10:00~18:00(土日祝日定休) |
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