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No.01 SPECIAL TOPICS

小林

千鶴さん

粉門屋仔猫

愛情をこめて焼いたパンの香りが漂う

文・写真 安斎高志

仕事も生活も 手間をかけることが面白い

粉門屋仔猫のパンは、生地にうまみが凝縮されているように感じます。ハード系のパンでも、中身がもちもちしています。なぜ、こんなにおいしいのか。店長の小林千鶴さんの話を聞けば、少しその理由を感じ取ることができます。小林さんは愛情をもってパンと接しています。

「『気持ち悪い』と笑われるんですけど、ペットみたいな感覚ですね(笑)。店を始める5年くらい前から自分で酵母を培養しています。ちょっと元気がなくなったら、糖分を与えると元気になりますし、手をかければかけただけ反応があるので面白いですね」

1年を通してメニューに並ぶフォカッチャ(右下)、ベーコンチェダー(左下)、胡桃レーズン(上)。パンは約10種類から選べる

1年を通してメニューに並ぶフォカッチャ(右下)、ベーコンチェダー(左下)、胡桃レーズン(上)。パンは約10種類から選べる
店に出ているパンの一部は天然酵母を使い、残りは低温長時間発酵で、極力イースト菌を少なめにして焼き上げます。イースト菌を多めに使うと発酵時間は1時間程度で済みますが、天然酵母を使ったパンは、培養期間も含めれば1個つくるのに1週間かかるそう。低温長時間発酵のパンも、発酵に最低でも半日はかかります。

小林さんが寝る時間を削って仕込んだパンは、朝10時ごろから焼き上がり始め、ランチタイムになっても次々と焼き上がっていきます。

「焼いているときの香りをかいでほしいですね。お昼時に、道路にも香りが流れていくんですけど、それでお腹がすいたことを思い出してくれたら(笑)」

注文すると、軽くあぶってくれるので、焼きたてに近い食感を味わうことができます。

手間を惜しまない小林さんのスタイルは日常生活でも一貫していて、調味料なども自作しているそうです。

「簡単にできるものはつまらないと思ってしまうんです。パンの酵母で言えば、自家製の場合は市販の酵母に比べて酵母の元気さが違ったりで、すごくムラがあるんです。でも、それに振り回されるのが面白いんですよね」

1年を通してメニューに並ぶフォカッチャ(右下)、ベーコンチェダー(左下)、胡桃レーズン(上)。パンは約10種類から選べる

3日間で決まった出店

小林さんは2013年2月まで経理の仕事をしていました。それまでの仕事もアパレル関係など接客が中心で、飲食とは無縁。しかし、仕事の傍らではありましたが、約10年前からパンを焼いてきました。

「最初につくったクロワッサンは、落としたらドンって言ったんです。軽いはずのパンが。食べてみても、すごくまずくて悔しかったんです。悔しくてどんどんつくっているうちに、はまっていったという感じです」

凝り性の小林さんは、天然酵母を自分で培養するなどして、徐々に腕を上げていき、友人から教えてほしいと請われてパン教室を始めます。

「教える相手は友達の範囲でしたけど、やる以上は、ちゃんと伝えるべきことを伝えたいし、おいしいものを教えたいと思いました。おいしく感じるまでレシピを変えていって、同じものを一週間つくり続けたりもしました」

次第に、パン教室の生徒も増え、小林さんのパンを食べたいという声も増えてきます。そうした声を耳にして、小林さんに白羽の矢を立てたのが、オーナーの成澤篤人さんでした。

成澤さんは、現在の粉門屋仔猫の物件が空いていると聞き、借りることを即決。その日のうちに小林さんを「明日、物件を見に行こう」と誘います。

「お店をやりたい気持ちは、ちょっとだけありました。でも、お金の面でも、技術の面でも、まだ早いと思っていました。そろそろ飲食店で働いて修業させてもらおうと思ったころだったんです。話が来たときは、飲食店の経験もなくて本当に大丈夫かな、という気持ちが強かったですね」

しかし、元々ここの物件が気になっていたという小林さん。物件を見た翌日、店を始めることを決めます。大好きなことが仕事になる日々を想像すると、迷いはわずか1日で吹き飛びました。成澤さんが空き物件を知ってから、たった3日間ですべてが決まりました。

野村さんの一文字カプチーノ。筆者には「想」の一文字。「思いをつなぐお仕事だと思ったので」とのこと

人との出会いが楽しめる場所

粉門屋仔猫は、東町にあるKANEMATSUという古い蔵を改装したシェアオフィスの入り口にあります。奥のオフィスに出入りする人が通り過ぎる、変わったつくり。ときには自転車で通り過ぎる人もいて、お客さんを驚かせることもあるそうです。

「通り道になっているので、普段会わない職種の人に会えたりして面白いです。逆にお店のお客さんが、奥のオフィスに興味を持ってくれたりして、話をするきっかけになったりもします」

人との出会いという面では、オープン当初から月1~2回のペースで開いているパン教室も小林さんが楽しみにしていることの一つ。2014年9月からは天然酵母を使ったパンづくりも始めました。プロを目指す人向けではなく、自分の経験を活かした家庭での楽しいパン作りを伝えたいと思っています。

「レシピを見ながらパン作りをしていると、どうしても時間や温度などの『数字』ばかりにとらわれてしまい、何度作っても上達できず『パン作りは面倒だから嫌』となってしまうことが多いんです」

そう話す小林さん。自身の経験上、家庭のキッチン環境ではレシピ通りにパン作りを進めることが難しいとも感じていました。そのため仔猫のパン教室では、一般家庭でも手に入りやすい道具を使います。

「香りを感じて、生地の感触を楽しみ、状態を観察しながら手を加え、育てるように楽しめるレッスンを心がけています。作る人の腕力や体温によってこね具合に差が出たりするのも面白いので、他の生徒さんが作る生地に触ってもらって、違いを感じてもらったりもしています。レッスン中、半分以上の生徒さんから『生地がかわいい』という言葉が出てきます(笑)」

手間はかかっても、味わい深さを求める人たちの心を掴み、仔猫のパン教室は満席が続いています。

古い蔵を改装したKANEMATSU。奥にはオフィスのほか古書店もあるため、店内の人の往来は絶えない

趣味が仕事になるということ

手間を惜しまない、という表現はどこかストイックな印象を与えますが、粉門屋仔猫に流れる空気は楽しげです。これは小林さんと、スタッフの野村愛さんの人柄によるところが大きいでしょう。2人ともいつも笑顔で仕事をしています。

楽しげな雰囲気を象徴するのが、野村さんの「一文字カプチーノ」。お客さんから受けたポジティブな印象を、カプチーノの上に漢字一文字で表します。「少しでも気分がほっこりとしてくれたらいいですね」と野村さん。

パンづくりに対しても、直感を大事にして取り組んでいます。これまで小林さんは、数えきれないほどの種類のパンをつくってきました。しかし、考え込んだときはうまくいかないそうです。

「大して考えないでつくったパンがおいしくて、そのまま商品にしてしまおうということが結構あります。仕込みのときに思いついたり、いただいた果物があるから使ってみようといったものだとか」

急に決まった出店から約1年が経ちました。今後は天然酵母のパンを増やしていきたいと小林さんは話します。より手間と時間はかかりますが、パンへの愛情と、手間を楽しむスタイルは変わりません。

「自分たちが好きで楽しめることをやっていて、そこに集まってくれる人がいたらいいなと思っています。寝る時間を削るのは慣れてしまいましたし、あとは楽しむだけですね。趣味が仕事になるということは、そういうことだと思っています」

午前中からパンの香りが漂う店内。元々はビニール工場の建物だったものを改装した

(2014/11/18掲載)

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会える場所 粉門屋仔猫
長野市東町207-1
電話 090-2175-2020

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