No.306
渡辺秀夫さん
幸子さん
Foods Bar くらんど
゛いつものところにいつもある”
長野市権堂の路地裏で店を営み37年
文・写真 島田浩美/阿部宣彦
手間を惜しまず素材を生かした手頃価格の料理を提供
レトロな雰囲気の店構えと、手の込んだ味わいで長年愛されてきた洋食屋。そんな風情と本格的なバーを兼ね備えるのが、長野市の”街場の洋食屋さん”の草分けとして開店37年を迎えた「Foods Bar くらんど」です。オープン以来「お客様に気楽に食べながら飲んでもらえる店づくり」を心がけ、ご主人の秀夫さんが料理に腕を振るい、奥様の幸子(ゆきこ)さんがしなやかに動いて、バーカウンターでトークを弾ませます。
「お客様からお金をいただく以上は、おいしいものをお出ししたいと常に思っています。基本は、自分で食べて納得がいくものを。そして、手間をかけて素材の味を引き出すことで付加価値を高め、さらに安くてオリジナリティーのあるメニュー作りを目指しています」
落ち着いた雰囲気が漂う「Foods Bar くらんど」。手書きの黒板メニューもまた味わい深い
こう話す秀夫さんの言葉の通り、「Foods Bar くらんど」のメニューはどれも手が込んでいて味わい深いのに「本当にこの値段でいいの?」と驚くほどリーズナブル。
例えば「オニオングラタンスープ(900円)」は、鶏肉と牛すね肉のひき肉に、香味野菜や野菜のみじん切りを加えて1日煮込み、翌日、そのブイヨンに大量の卵白と野菜やひき肉を混ぜ、3時間ほどじっくりと煮込んで作っています。卵白の成分がアクを包んで浮き上がってくると、それまで濁っていたスープがクリアになって澄んだコンソメスープができるのだそう。ここに3時間炒めた飴色の玉ねぎを加えると、オニオングラタンスープの完成です。肉とタマネギの香りが高いこのメニュー目当てで訪れるファンは多く、メニューの電話予約を受けるほど。
「他店に負けない個性を出すためには、仕込みに手間ひまをかけないと」と話す秀夫さん。70歳を迎えてもなお、勉強し続ける向上心には脱帽する
また、夏野菜のトマト煮込み「ラタトゥイユ」は、水を使わずに野菜を煮詰めるので、野菜の旨味だけが凝縮された濃厚な味わいです。そんなメニューがズラリと揃うのが「Foods Bar くらんど」の魅力です。
「とにかく『人と同じことはやりたくない』という思いで続けてきました。それに、私は本場のレストランで本格的に修業をしてきたわけではないから、仕込みの手間をいとわず、定番料理に自分なりのアレンジを加えることで個性を演出しています」
とはいえ、秀夫さんは東京・中野の洋食屋で修業を積んだ経験の持ち主。だからこそ、ファミレスも居酒屋チェーンもなく、まだまだ飲食店自体が少なかった37年前に、権堂の路地裏で洋食屋をオープンできたのです。
20年前に考案したオリジナルメニューの「トマトコロッケ(700円)。ポテトサラダを詰めたトマトを丸ごと使った人気の一品
オリジナリティーの確立を目指して努力する日々
秀夫さんが料理の世界を知ったのは、長野から上京した学生時代。アルバイト経験からこの道に進み、長野市に帰ってきてからは姉が営むスナック風の店で洋食を提供していました。
「当時の長野市はスナックやパブが流行り始めた頃で、軒数も少なく、食事も簡単なものしか提供していませんでした。そんななかでハンバーグなどの洋食を提供すると、とても珍しがられて人気を集めたんです。それに、市内に数店あったレストランはいずれも22時頃に閉店していたので、深夜にしっかりと食事ができて、さらにこれから流行るであろうと予感があったワインが飲める店づくりをしようと考えました」(秀夫さん)
こうして、昭和53(1978)年、秀夫さんと幸子さんは「Foods Bar くらんど」の前身である「ヴァンローゼ」をオープン。深夜2時まで営業し、大変に賑わったと言います。しかし、時代の流れとともに、次第に遅い時間まで食事を提供する店や低価格メニューが揃う居酒屋などができ始めたことから、平成7(1995)年にリニューアルオープン。店名も「Foods Bar くらんど」に改めました。
37年間、長野市権堂の同じ場所に店を構えている。かつては道路も開けていない狭い小路で川が流れていたそうだが、今では周囲に飲食店も増えた
「ちょうどその頃、かつては導入できなかったオープンキッチン型の店舗が長野市保健所でも許可されるようになって、『やってみたい』という思いで全面改装をしたんです。それに合わせて、店名も変更。江戸時代に松代藩真田家の御用商人として手広く商売をし、『蔵人』として酒造りもしていた『九蔵』さんという先祖の名前にちなんで『「Foods Bar くらんど」』としました」
また、秀夫さんは若い頃からバーテンダー協会に所属していたため、改装してからは、当時まだ聞き慣れなかった「シングルモルト」などのウイスキーや珍しいカクテルも提供。その結果、客層はガラリと変わり、女性のお客様も増えて盛況を博しました。
「20年前にああいう形で営業している店は、市内ではうちしかなかったと自負しています。でも、時代によって料理は変化しますし、お客様は厳しいもので、『昔はこれでよかった』が通用しなくなることはお客様に気付かされました。だから少しずつ目先を変えて、新しい料理を取り入れてきました。料理は奥が深く、終点がありません。店を続けている以上、勉強をしていかないとお客様に飽きられてしまいます。『これでいい』と思ったら最後。日々努力し、精進していかないといけませんね」(秀夫さん)
さまざまな酒類が揃うバーカウンター。まだワインやウイスキーが一般的でなかった時代に、秀夫さんは「これから伸びる」と予感し、他店に先駆けて本格的なアルコールの取り扱いを増やしていった
息子たちと切磋琢磨し、相乗効果でさらなる高みへ
そんな秀夫さんと幸子さんには、背中を見て育ってきたふたりの息子、渡辺将司さんと陽介さんがいます。彼らは平成25(2013)年7月、「Foods Bar くらんど」から徒歩5分ほどのところに、兄弟でフレンチ&イタリアンレストランをオープンさせました。その名も「kuland②(クランド)」です。
「ふたりが一緒に店を始めると聞いた時は『必然かな』と思いましたが、もっとおしゃれな店名をつけると思っていたからびっくりしました。でも、息子たちが同じ道に進んでくれるのはうれしいですね。やはり、カエルの子はカエルかな(笑)」
そう話す秀夫さんから見ても「kuland②(クランド)」は「いい店」だと感心するそうで、「長野でオンリーワンの店になれるのではないかと感じている」と言います。それに「kuland②」という店名のおかげで、「②ということは①もあるの?」と尋ねたお客様がハシゴ酒で「Foods Bar くらんど」に訪れることもあるのだそう。
志賀高原のホテルで働いていた経験を持つ幸子さん。結婚後、秀夫さんと店を初めてからは少しずつバーテンダーの仕事を覚え、今ではシェイカーも振っている
「かつて仕事帰りに立ち寄ってくれたお客様のなかには、定年退職を迎えて足が遠のいている方もいますが、私たちは息子たちの力も借りながら、まだまだ頑張れると感じています。互いに切磋琢磨して営業し、それぞれに『先日、息子たちの店に行ってきたよ』『親父の店に行ってきたよ』と言われるような相乗効果を生み出していくためにも、まずは多くの方に当店のことを知っていただかないと。だから、これからも一生懸命働きますよ」(秀夫さん)
10年ひと昔、どころか、今は3年ひと昔ともいえるほど移り変わりが早い時代。飲食店が増え、店選びの選択肢が増したとともに、目や舌の肥えた人々も増えました。そんななかで、37年間、店を続けてきた「くらんど」の背景には、たゆまぬ努力がありました。
互いの店の行き来し合っている仲のよい渡辺一家。「子どもたちが友人から親の仕事を尋ねられた時に、胸を張れるお店づくりがしたかった」と話す両親の背中を見て育った彼らは、自然と料理の道に進んだ
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会える場所 | Food Barくらんど 長野市上千歳町1427 まるに亭ビル1F 電話 026-235-3606 |
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