No.284
セーラ・マリ・
カミングスさん
NPO法人桶仕込み保存会 代表理事 株式会社文化事業部 代表取締役
木桶文化を発信して未来につなぐ
文・写真 安斎高志
街から里山へ拠点を移す
全国から注目を浴びる存在となった小布施町のまちづくり。その立役者のひとりで、「小布施見にマラソン」などを企画し成功に導いたアメリカ人、セーラ・マリ・カミングスさんは昨年から長野市若穂保科に拠点を移しました。自宅兼事務所は母屋が築112年という古民家。周辺は里山の風景が広がります。
「主人が結婚する前、ここに住んでいたんですが、母国の独立記念日を祝ってここでホームパーティを開いたときに、ひとめ惚れしたんです」
ときに大工の手を借りつつ、ときに家族やボランティアスタッフとともにセルフビルドしながら、改築工事は現在も進行中です。
2013年から小豆島のヤマロク醤油で社内製作の木桶による仕込みが復活(写真はことし1月)。実際に行動に移す会員企業が増えている
セーラさんが現在、ここを拠点に、精力的に取り組んでいるのは、木桶による発酵文化を守ること。NPO法人木桶仕込み保存会は、酒、しょうゆ、みその製造元など約50社が会員となっています。法人を立ち上げたのは、セーラさんが小布施町の酒蔵で働いていた2002年のこと。
「利き酒師の資格を取ったときに、雑誌の取材で、桶の前で写真を撮ることになったんですが、そのとき木桶で仕込んでいる酒蔵がないことを知ったんです。どこも同じようなお酒を造るよりも、バラエティがあったほうが文化として豊かですよね。酒蔵の1%、2%でいいから、木桶で仕込んでいるところがあったらいいなと思いました」
酒仕込みの木桶は40~50年にわたり使われたあと、みそ蔵に受け継がれ、その後、しょうゆ蔵に引き継がれていたそうです。みそやしょうゆはその方が新しい桶より味に深みが出るといいます。
ことし7月、議員会館にて行われた試食会。「OK」は「桶」のサイン
市場が成立しないと文化も成立しない
勤務していた酒蔵では社内を説得し、木桶を導入することが叶ったものの、一社だけでは文化がなくなってしまうと、セーラさんは危機感を抱きました。
「木桶職人の仕事量が安定して、市場が成立しないと文化も成り立ちません。全国の造り酒屋が買ってくれるようになれば、あるべき姿の文化が続くと思って、声を掛けて勉強会を開きました」
最初は約30社が参加。その後、みそやしょうゆの醸造元が参加するようになり、研究者やレストランなども会員に名を連ねるようになりました。
「日本酒が百薬の長と言われていたころは、木桶に住む微生物が重要な働きをしていたのではないかと思っています。それを科学的に裏付けたり、発信するには、単独のメーカーでやるより、組織として動くべきだと思いました」
現在、木桶仕込みをしている酒蔵の数は60から80と言われているそうです。その数は、木桶仕込み保存会の活動により着実に増えています。セーラさんは今年度中には会員数を100社に持っていきたいと話します。
「木桶職人の第一人者である上芝雄史さんが2020年に引退することになっています。体力が要る仕事ですから、それ以上、引退を伸ばすことは難しい。この5年でいかに未来につなげていくかが課題です」
近隣のヤギともお友達。飼い主に気軽に「ヤギを触りにきました!」と声を掛け、餌を与える
守るのではなく『活かす』
セーラさんが現在、桶仕込みとともに大事にしていきたいと強く思っているのが、里山です。取材に伺った日も、若穂保科の集落をいくつも案内してくれました。地元の人と会うたびに必ずあいさつを交わすセーラさん。
「この美しい地域を『守ろう』とすると守れない。だから『活かしたい』と考えるようにしています。それでも、やっぱり、おじいちゃん、おばあちゃんのことは守りたい。現代の姨捨山にしたくないですね」
近隣の畑を借り受け、代表を務める株式会社文化事業部ではりんご木のオーナー制度を始めました。現在、ヤギ2頭とヒツジ3頭を飼っていますが、今後、羊毛で毛糸をつくることなどを考えています。
ご近所さんとすれ違うときは必ずあいさつを交わし、ときに車を止めて話し込む。引っ越して1年、既に地域に溶け込んでいる
「あるべき姿をもう一度構築していきたい。山が荒れると里山ではなくなってしまいます。23年前、長野に来たとき、どれだけ先人たちが山を完璧に手入れしていたか、よく聞かされました。私たちの世代が先輩と若い人を繋げて、何とか未来をよりよくしていきたいと思っています」
地元のアメリカ・ペンシルベニア州では、各市町村が除雪の出来を競うそうです。まちを元気にするには、楽しさがないと続かないし、ストーリーも大事になってくると強調するセーラさん。言葉通り、若穂を案内する間、空き家や遊休農地を指さしては、「こう変えたい」とひっきりなしに希望を口にしていました。そのまっすぐな瞳を見ていると、静かな里山が少しずつ変わっていきそうな予感がしたのでした。
ひとめ惚れしたという自宅兼事務所から見える里山の風景
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会える場所 | NPO法人桶仕込み保存会 長野市若穂保科4455 電話 026-214-6282 ホームページ http://okeok.org/ |
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