No.484
宮崎
温さん
学校法人いいづな学園 こどもの森幼稚園 副園長
園児や保護者とともに自然から学ぶ、みんなの「あっちゃん」
文・写真 波多腰 遥
長野県では豊かな自然環境や地域資源を活かした独自の幼児保育を推進しています。子どもの主体性や感性を伸ばす自然保育は近年注目を集めており、充実した子育て環境を求めて長野県内へ移住する家庭も少なくありません。
自然体験を基軸とした保育施設が全国各地で増えているなか、その先駆けとされているのが、長野市上ケ屋の「こどもの森幼稚園」です。園児たちから「あっちゃん」の愛称で親しまれる副園長の宮崎 温(みやざき あつみ)さんに、同園の教育方針や自然のなかでの子育てについて伺いました。
大自然で五感を磨く子どもたちを同じ目線でサポート
こどもの森幼稚園があるのは、北信五岳のひとつである飯縄山の麓に広がる飯綱高原です。県内最大のターミナル駅であるJR長野駅から車でおよそ30分。キャンプやトレッキング、スキーといった、1000mを超える標高を活かした四季折々のアクティビティが楽しめるスポットです。
定員は60名。戸隠や飯綱町といった近隣の山間部から通う園児もいますが、市内の平野部で暮らす家庭の子どもが大半を占めます。こどもの森幼稚園の教育方針や活動に惹かれて、生活環境と離れた山間部へと送迎バスで我が子を送り出しています。子どもたちは、木々に囲まれた園舎と起伏のある園庭、さらには付近にある森や山、湖といった雄大な自然のなかで体験を重ねます。
▲立ち並ぶ木々や生い茂る緑のなかに佇む2階建ての園舎。季節ごとに姿を変える園庭を子どもたちは思い思いに駆け回ります
幼児期の子どもにおいて屋外での遊びや運動は、知的好奇心や創造力、自己肯定感や主体性、コミュニケーション能力を豊かに育むとして、長野県は2015年に全国初の自然保育認定制度(信州型自然保育認定制度)をスタート。こどもの森幼稚園は同制度の特化型認定園に選ばれています。
▲園内には平坦なグラウンドや人工的な遊具はありません。季節によって姿を変える自然や、スタッフや保護者有志が手作りしたロープネットや小屋を使って自由に遊びます
前身である幼児教室の開設から数えて、2023年に創立40年の節目を迎えました。時代の移り変わりを考慮しながらも、設立当時から大切にしている自然体験型の教育活動を現在も継続しています。
「昔に比べて子どもを取り巻く情報も膨大に増えましたよね。スマホやYouTubeを通して生き物や自然に関する情報にいっぱい触れている一方で、実際に体験する機会は減っているように感じます。せっかく山まで来てくれているので、子どもたちにはここでしか味わえない経験をたくさんしてほしいですね」
▲春から秋にかけて園庭に現れる「カネチョロ(カナヘビの主に北信地方における呼称)」。素早く逃げ回る生物も、宮崎さんや年長さんの姿を見て学んで、一人で捕まえられるように<写真提供:こどもの森幼稚園>
園庭での遊びはもちろんのこと、周辺の森へお散歩に出掛けたり、夏には親子で一緒に飯縄山登山にチャレンジしたり、冬には真っ白な景色の中をクロスカントリースキーで探検したり。ときには園を飛び出して、多様な色やかたち、いきものに触れることで五感を育てていきます。荒天時でない限り、1日の中で半日は外で遊ぶ時間に充てることで、子どもの遊びを制限しないように工夫しているそう。
「大人がこの何もないフィールドで時間を与えられても、何をしていいかわかんないと思うんですよ。映画を観たりゲームをしたり、時間を潰すためにモノに頼ってしまうじゃないですか。でも、子どもたちはいくら時間があっても足りないんですよね。限りある中から自分たちで考えて、自分の好きなことを発見したり生み出していきます」
▲こどもの森幼稚園で働く職員は”先生”ではなく”スタッフ”。大人から子どもへ教えるのではなく、一緒に学ぶような姿勢で、子ども視点での発見や感性に寄り添います。日々の園での過ごし方や行事の催し決めについても、子どもたちの意思決定を優先します
子どもも大人も、手作りにこだわる
自然の恵みに触れるとともに、こどもの森幼稚園で大切にしているのが、手作りであること。既製品を買ってきて済ますのではなく、野菜の栽培や調理、野山で見つけた葉っぱや枝を使った創作活動に取り組むことで、ゼロから自分たちで生み出す力と、その過程で芽生える愛着・愛情を育んでいきます。
▲園内の菜園ではトマトや枝豆、ズッキーニ、ブルーベリーなど、複数種の野菜や果物を栽培。飯綱町内の田んぼを借りての稲作や山菜収穫も<写真提供:こどもの森幼稚園>
手作りを実践するのは園児だけではありません。秋に行うオペレッタの内容は、身近な生き物や周辺地域の言い伝えを題材にスタッフが考えます。親子参加の行事では、親が事前に刺繍や工作したものをプレゼント。園に関わる大人たちも手と頭を動かします。
「ないならなんとかしよう、ないなりにどうするか、って考えるのってすごく大事だと思っています。もちろん大変ではあるのですが、まずはスタッフをはじめ大人たちが手作りする姿を見せることを大切にしています」
▲季節や行事に合わせた「お料理日」を月に1回程度実施。自分たちで栽培・収穫した野菜やお米を、自分たちで調理していただきます<写真提供:こどもの森幼稚園>
宮崎さんの手作りといえば、園で子どもたちが歌う音楽です。朝と帰りのおあつまりの時間や行事の前後には、決まって宮崎さんのギターに合わせて歌を歌いますが、曲はいずれも宮崎さんの作詞・作曲です。春に近所の大谷地湿原で見た水芭蕉のこと。田植えで泥のなかにズブっと足を入れて稲を1本1本植えたこと。園での体験や学びをベースに、何十曲も手掛けてきました。
「曲にして歌うことで、自分たちの活動により親しみが生まれます。お米づくりで言えば、自分たちで稲を植えて、脱穀して、唐箕を使って選別して。どれも大変な作業じゃないですか。そういう労働みたいなものを如何に楽しめるか、楽しみながら取り組む方法もあるってことを伝えたいなと思っています」
園児との距離感に惹かれてこどもの森幼稚園へ
宮崎さんが保育士を目指すきっかけは、中学時代に職場体験で訪れた保育園でのこと。帰り際に子どもに言われた「お兄さん帰らないで」という言葉が、高校の進路選択時にも心に残っていたそうです。出身である長野市を離れ、関東にある大学の児童学科へと進学します。
当時はまだ男性保育士が珍しく、宮崎さん曰く「男性の先生が保育園で働いていますって新聞に載るくらい」だったそう。社会的にも女性の職場という印象が強い時代でした。
卒業後の進路に悩みながらも、3年次の保育実習が大きな転機となります。友人からこどもの森幼稚園の存在を聞いた宮崎さんは興味を持ち、自ら電話をして実習を受けさせてもらうことに。すると、当時勤めていた男性スタッフの姿に目を奪われます。
エプロンではなくつなぎを纏ったそのスタッフは、木によじ登って網を掛けたり、薪をドカンドカンと割ったり、耕運機で畑を耕したり。自身がイメージしていた保育士像が見事に壊されたそうです。なにより、園児と接する姿に大きな影響を受けます。
「子どもたちが目を輝かせていて、吸い込まれるように近寄っていくんですよ。ときにはちゃんと叱るけども、逆に『ふざけすぎ!』って怒られていたり、いつも子どもたちと同じ目線に立って楽しませてくれていて。こういうスタッフと子どもの関係がいいなと思って、ここで働きたいと思いました」
▲影響を受けたスタッフの姿を受け継ぐように、宮崎さんの周りにはたくさんの子どもたちが集まります
元々は「不器用で人見知りで虫も触れなかった」と話す宮崎さん。大学卒業とともにスタッフとして働きはじめ、いまでは大工仕事もお手のもの。園児にとっては誰よりも自然を楽しむ憧れの存在です。
「この環境では自分で考えて動かなくちゃいけない状況がたくさんあって。スタッフや保護者に頼りながらやってきたから、僕自身も主体性とかコミュニケーション能力を鍛えられました。昔の自分とは別人ですね(笑)」
効率的で慌ただしい時代だからこそ、自然のなかで子育てを
こどもの森幼稚園の特徴として、保護者参加の行事が多いことが挙げられます。運動会やオペレッタの発表会といった季節の行事に加え、月に1回程度、子どもと一緒に自然のなかで遊ぶ機会が設けられています。
「うちの園では”参観日”ではなく”参加日”と呼んでいます。口頭やプリントで『今日はこんなことをやりました』と伝えるよりも、保護者の方々も一緒に体験することがものすごく大事だと思っていて。紙や端末から情報を追ったり子どもの様子を眺めるだけじゃなくて、例えば泥の感触や匂いを体感してもらうことで、子どもがなにを楽しんでいるのかを共有しています」
▲平日の行事参加が難しいお父さんたちと一緒に過ごす「お父さんDAY」も。体験の共有は親子間だけでなく、保護者同士のコミュニケーションにも繋がっています
時代とともに子育ての在り方も変化しています。共働きが一般的になり家庭の時間の確保が難しくなる一方、園を通じての親子、職員と保護者、保護者同士のコミュニケーションづくりに取り組み続けています。
「時代がどんどん効率的になるけど、この場所だけはなるべくアナログを残していきたいなと。それは子どもたちのためでもあるけど、幼児期って本当にあっという間だから、親御さんにもこの期間にじっくりと関わってほしいですね」
3児の父親として、自身の子育てを振り返りながらこう語る宮崎さん。園児だけでなく、保護者からも悩みや苦労に共感してくれる「あっちゃん」として親しまれています。
定期的な行事参加は容易ではありませんが、宮崎さんをはじめとする職員の思いを理解して前向きに参加してくださる方が多いそうです。結果として保護者同士も子育ての悩みを気兼ねなく話せる友達として繋がり、卒園後も交流が続くことが多いとか。
園児や保護者の声に耳を傾けながら、時代に流されることなく自然のなかでの学びと繋がりを守り続けている、こどもの森幼稚園。最後に、この環境で15年以上にわたり幼児教育に携わる宮崎さんに、自然のなかでの子育てを考える方に向けてメッセージをいただきました。
「たくさんの自然や人から刺激をもらって、新たな自分に出会ってきたからこそ言えるのは、ちょっと勇気を出せば必ず周りに助けてくれる人がいるはずです。全部を自分でやらなくていいから、お互いに助け合えばきっと大丈夫です。0歳から6歳なんて本当にあっという間。限られた時間をいろんなものに追われるんじゃなくて、のんびり子育てしたいのなら、まずは一歩だけ踏み出してほしいなあと思います」
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会える場所 | 学校法人いいづな学園 こどもの森幼稚園 〒380-0888 長野県長野市上ケ屋2471−2554 電話 026-239-3302 ホームページ https://www.iizuna-gakuen.info/%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E6%A3%AE%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92/ |
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