h1タイトル

わくわく・共感できる長野の元気情報を配信します!

ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

No.242

下平

千夏さん

現代美術作家

独特の表現方法で
日常区間を゛崩壊”させる作品世界

文・写真 島田浩美

幼少の頃の経験と、《ゲシュタルト崩壊》

現在、善光寺門前の蔵造りの商業施設「ぱてぃお大門」に、無数の朱色のひもが張り巡らされた作品が展示されています。実はこれ、すべて輪ゴムでできています。

制作したのは、インスタレーション(※)作品をメインに制作、発表している駒ヶ根市在住の現代美術作家・下平千夏さん。輪ゴムや木、水糸など、身近な素材を使って空間のなかに境界をつくり、見えないエネルギーを可視化させるような作品を制作し、「六甲ミーツ・アート2013」への招待や「犬島家プロジェクト C邸」に抜擢されるなど、近年注目を集める若手現代美術作家です。

下平さんは1983年に岡谷市で生まれ、箕輪町を経て、2歳のときに父親の仕事の関係でシンガポールに転宅。5年間を同地で過ごしました。このときの経験が、下平さんの作品のルーツのひとつとなっているようです。

「7歳で長野に戻ってきた私は、見るもの全てが新鮮でした。だけど、私自身は住んだ記憶がないのに、写真やビデオではそこで生活していた記録がある。いたことがあるはずの場所なのに知らないことの連続で、全ての記憶が新しく書き換えられたような不思議な経験でした」

下平さんの作品が「知っている素材を使っているのに初めて見る感覚」を呼び起こすのは、シンガポールから帰国したときの体験にリンクしています。

下平さんのために開発された特殊なゴムを使って制作された作品「結ばれた点」。6月21日(日)までぱてぃお大門で展示中だ(企画主催:長野県信濃美術館・門前おもてなし実行委員会・門前文化会議、共催:ウェルカム2015実行委員会 )

「私の作品は、素材を大量に使うことで、その素材が持つ意味を『崩壊』させる点が特徴です。これは《ゲシュタルト崩壊》みたいな、『普段、自分たちが見ているものや使っているものごとに対して疑いを持ちはじめる』感覚に近いんじゃないかと。本当の意味でのゲシュタルト崩壊とは違うと突っ込まれそうですが。このぱてぃお大門の作品については、一見、風景に寄り添っていながらも、注視すると1つひとつの大量な輪ゴムを発見できます。そのときこの”崩壊”が起きるんじゃないかな」

確かに、買い物や食事のためにぱてぃお大門を訪れ、何気なく下平さんの作品を目にした人たちが「輪ゴムだ!」と驚いて食い入るように空を見上げている姿は、まさに《ゲシュタルト崩壊》が生じていることを感じさせます。

そういう感覚がおもしろいと下平さんは言います。

(※)インスタレーション=現代美術の一分野。木材や金属などの物体を抽象的に組み立てて大がかりな構造物を作り出し、その空間や環境を非日常的な場に変質させて作者の世界観を示す表現。「設営芸術」などと訳される。

「ベネッセアートサイト直島」が2013年に開設した岡山県犬島「家プロジェクト」C邸では、現在、下平さんの作品「エーテル」を展示中。素材には水糸が使われている。同作は瀬戸内国際芸術祭2016にも出展される

建築から現代美術の道へ

下平さんが美術の道に興味を持ったのは、大学3年生のとき。武蔵野美術大学建築学科で現代建築を学んでいました。しかし、建築の用途として必要な構造や機能のハード部分と、コンセプトとしてのソフト部分とのギャップに、なんだか違和感を覚えていたそうです。そんなときに現代美術に出合いました。

「現代美術には、建築におけるソフト的要素だけを抽出して表現できるんじゃないかと感じたんです」

そこで、建築学科を卒業後は、美術を本格的に学ぶために東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻に進学。この学科は、下平さん曰く「美術の分野の中でも斬新さや奇抜さによってその環境に馴染めなくなった、はみ出した人たちに向けて新設された学科」のようなもので「ある種、異端児達の集まり」だったそうです。

「私のように建築を学んできた人もいれば、作曲家、ピアニスト、書家、物理学者などもいて、美術の土台の上でさまざまな研究をしたい人が集まっていました。とにかくいろいろな人がいてすごくおもしろく、濃厚な2年間でしたね」

伐採された高さ約7mの木が、無数の黒い輪ゴムによってハンモックのように森の中に宙づりされている六甲ミーツ・アート作品「最初の木」(2013年制作)。建築を学んだ下平さんだからこそのバランスが保たれている(写真提供:六甲山観光株式会社 撮影:高嶋清俊)

学生時代は感覚的に作品を制作していた下平さんですが、大学院時代にそれらを客観視することで徐々に自分のスタイルが確立し、現在の制作スタイルに結実しています。

「作品を作る上で大切になるのは、なぜそれをそこに使う必要があるのかという考え方や思考、つまりコンセプトです。私の作品は素材も身近ですし、誰でも作ることができます。ただ、それを言語化し、プランを立てることは、誰も考えていないところ。そして、それがおもしろいと思っているからやっています」

それは、やはり子どもの頃に「国や民族を越えて持っている共通の感覚」があると感じたことがきっかけとなっています。そして、下平さんは作品制作を通して、その感覚をずっと探しているようです。

「next 信州新世代のアーティスト展 2013」の作品。輪ゴムをひねることで緊張感が表現され、見る者に「切れるかもしれない」という想像力と動きを掻き立てる(撮影:大井川茂)

生きている人たちの記憶に残る作品

今回の作品は、下平さんにとって初めて、スタートから完成までワークショップ形式をベースに市民と制作過程を共有したプロジェクトでした。5万個の輪ゴムを使って、丸1カ月間かけて作りあげていったのです。他人を巻き込むことは制作だけに集中する場合とは違うエネルギーを使う大変さがあったそうですが、おもしろさもあったと言います。

「輪ゴムを通すだけの作業が、ワークショップの参加者にとってこんなにも楽しめるものなんだと驚きました。この単純作業のおもしろさは皆が持っている共通感覚だと発見しましたね。それに輪ゴムは誰にも身近な素材ですが、一度にこれだけの膨大な数に触れるという新たな体験を通して、『知っているけど知らない』感覚をこの場で体験してもらえたのかなと思います」

今回は、観光客も含め、のべ約160人以上がワークショップに参加。できあがった155本の輪ゴムのひもを、下平さんがひとつの作品に仕上げていきました。
こうして長い時間をかけて制作した作品も、会期が終われば展示は終了します。作り上げたものがなくなる寂しさや、作品を後世に残したいという気持ちはないのでしょうか。

下平さんにとって、制作で前提となるのは空間と環境。空間のなかに中心を作り、その見せ方を考えながら制作を進めていく

「作品が永続的に残ることを前提にすると素材が限られてしまいますし、私は残すこと自体に興味はありません。それよりも、その時代に生きている人たちの記憶にどう残すかということが重要です」

確かに、張り詰めた素材の緊張感と膨張、緻密性、変動性。複雑な要素が絡み合い、一度見たら忘れられないインパクトを与える下平さんの作品は、その場でリアルに感じるからこそのおもしろさや、想像力を掻き立てられる魅力があります。
ぱてぃお大門での展示は6月21日(日)まで。この不可思議な空間をぜひ体感してください。

「結ばれた点」は、下平さんがぱてぃお大門内にアトリエを構え、約1カ月かけて、のべ160人の参加者とともにワークショップ形式で作品を完成させた

アーティスト目線のAIR考

ところで今回の制作もそうですが、下平さんの創作スタイルは、ときに数カ月現地に滞在して作品を仕上げていきます。このようにアーティストを招聘して、その土地に滞在しながら作品を制作してもらう事業を「アーティスト・イン・レジデンス(AIR)」といいます。欧米では1960年代前後に普及しはじめて今ではすっかり定着し、多くのアーティストにとっては、その滞在歴が展覧会歴や受賞歴と同様にキャリアの評価基準とされているそうです。近年、日本でも各地で盛んに行われ、地域活性化や地域振興にもつながるという期待によってAIRが着目されています。こうした動きに対して、下平さんは次のように話します。

「アーティストたちは、人々が見ているいつもの景色を変えるプロです。アーティストが滞在することで今までにない視点から町が見直されることが、AIRの醍醐味のひとつ。アーティストが思いっきり研究や制作に打ち込めて本当におもしろい活動や作品ができたら、その結果、自然に人は集まるのです」

アートに限らず、昔から行われている裸祭りや喧嘩祭りなどに人が集まるのは、歴史的文化的価値を横におけば、まずは単純におもしろいから。地域を活性化するためにアーティストがいるわけではなくて、アーティストの活動に人が集まるのです。「AIRについてきちんとした議論がなされないと、ただアートが消費されて元にある重要なポイントが見えなくなってしまう」と下平さんは言います。

現在、日本国内にはさまざまなAIRが生まれていますが、課題も少なくないようです。ただ、アーティストが介在することで地域に変化が生まれたり、市民が創作活動に参加することで自分の可能性を発見できる機会が生まれるということは、地域振興の話に限らず、なんだかワクワクとした期待感を生じさせてくれます。

2014年に台湾のアーティストビレッジに滞在して制作された「smell the frontier」。水平も垂直もない粘土細工のように建てられた家での滞在がヒントになって、水平基準線を測るための

(2015/06/02掲載)

人気投稿

  1. 高野洋一さん うどん たかの店主...
  2. 玉井里香さん インスタグラマー、SNS運用コンサルティング「タビビヨリ...
  3. 三井昭さん・好子さん 三井昭商店...
  4. 星 博仁さん・琴美さん 「中華蕎麦 ほし乃」「麺道 麒麟児」...
  5. 栗原拓実さん ピッツェリア・カスターニャ オーナーシェフ...
会える場所 ぱてぃお大門蔵楽庭(作品展示)
長野市大門町54
電話
ホームページ http://www.shimodairachinatsu.com/

期間 2015年5月15日~6月21日

長野市人物図鑑
食の達人 ながののプロフェッショナル 旬な人 魅せる人 まちをつくる・つなぐ人 人物図鑑特集
マイ・フェイバリット・ナガノ
場所 イベント モノ グループ・会社
ナガラボムービー

 
特集一覧ページ