No.003
飯室
織絵さん
1166バックパッカーズ/ゲストハウスオーナー
出会いを繋ぎ、旅を豊かにする
文・写真 Chieko Iwashima
玄関の古い木戸を開けると、そこには大きなテーブルが置いてあります。
1166バックパッカーズは14床という小さな規模のゲストハウスですが、ラウンジにあるそのテーブルは10人以上がかけられるだけの大きさがあります。そこにはオーナーの飯室織絵さんのこんな気持ちが込められています。
「小さなテーブルをいくつか置いても、会話は生まれませんよね。大きなテーブルなら会話のきっかけが生まれやすくなります」
近年、耳にすることが多くなってきた「ゲストハウス」という業態。簡単に言ってしまえば、簡易な安宿です。しかし、一度泊まったことがある人なら、その魅力は安さだけではないことがすぐ分かるでしょう。
「ゲストハウスを選ぶお客さんは、地元の人と触れ合いたいとか、旅人同士で出会いたいからという人が多いんです。その人たちが喜ぶことをするのは何でも仕事につながるので、ゲストハウスってすごくおもしろくて可能性がある仕事だと思っています」
そう話す飯室さん。用意しているのは大きなテーブルだけではありません。旅人たちと地元の人たちが交流できる場をつくろうと、鍋パーティや日本酒飲み比べの会などを催してきました。ここで知り合い、今でもSNSなどを通じて連絡を取り合う人たちも数多くいるといいます。中には、ここでの交流をきっかけに長野市へ移住した人も。
「移住の一番手前に旅があると思うんです。何度も信州へ来ているうちに街の長所と短所が見えてきて、そのうえで移住を考えるようですね」
「この門前にはパワーのある人が多いのを感じています。私もそうだったように(長野市に)引っ越したいと言う人はそこに惹かれる人も多いんじゃないかなぁと思います」
1166バックパッカーズを利用した人の中には、その後長野に移り住んだ人もいる
飯室さんは兵庫県尼崎市の出身。就職活動が肌に合わず、大学卒業後はカナダで日本人観光客に現地の山をガイドする仕事に就きます。その後、オーストラリアで日本人向けの観光雑誌の編集の仕事に携わりました。その間、長期休暇を利用してヨーロッパなど20カ国を訪れます。気に入った町には数週間滞在することもありました。
そうした経験から観光関連への就職を考えていた飯室さんは、帰国後、地元関西の人の多さに息苦しさを感じたこともあって、上高地の旅館に就職します。そして宿泊業の楽しさを肌で感じながら3年間働くうちに、ゲストハウスをやってみようと思うようになります。
「住まいが変わるということにテンションが上がるタイプで、8年間で16回引っ越したくらい(笑)。なので宿泊業は楽しいだろうと思いました。ゲストハウスであれば初期投資はそれほどかからないし、小さな規模なら自分ひとりでもなんとかやっていけるんじゃないか、これまでやってきたことが生かせるんじゃないかって思ったんです」
開業場所は、勤めていた上高地のある松本市と長野市で迷いました。最終的に長野市を選んだ理由は、年間を通じ安定して観光客が訪れることや新幹線があることなど複数ありましたが、一番の決め手はさまざまな人との出会いでした。
「関西に帰ったときに参加したイベントで『長野県で宿をやりたい』って話していたら、偶然、隣り合わせた人が観光の雑誌を作っている人で、長野市の人を紹介してくれたんです」
そこからコミュニティの輪がつながり、トントン拍子に話が進みました。物件も当初は長野駅前で考えていましたが、ゲストハウスに最適な現在の物件に出会い、門前で開業することに決めました。
ゲストの居住地にシールを貼った世界地図と日本地図。世界中に散らばり、今では数えきれなくなっている
築60年の家屋を改修するにあたって、はじめてでも挑戦しやすいペンキ塗りなどは基本的に自分の手で作業しました。毎日コツコツ改修に取り組む彼女の姿が目に留まり、オープンを楽しみに待つ近隣の人も多かったようです。ほとんど初対面の人が壁塗りを手伝ってくれたこともありました。そして上高地の旅館を退職してからわずか5カ月足らず、2010年10月28日にオープンに至りました。
「早すぎますよね(笑)。長野市のことを何も知らないのにオープンしちゃって。でも、そこに至るまでに知り合いが一気に増えていて、絶対に長野市がいいよ、長野市においでよって言ってくれる人が大勢いて心強かったです」
長野市は冬季オリンピックの開催地として外国人にも知名度があります。東京からも近いので、新幹線も乗り放題のパスを持っている外国人は日程調整で長野市に寄ることもあります。飯室さんは開業と同時に世界的な宿泊予約サイトに登録し、ホームページもオープン前には完成させました。旅人が情報を得る方法を把握していたのは、旅慣れた彼女だからこそです。オープン後は、予想以上に盛況で最初から忙しい状況が続きました。
築60年の家屋を改修した宿。夜には温かみのある光が漏れる
これまで旅人と地元住民の交流の場をつくろうと、積極的にイベントを企画してきた飯室さんですが、ここにきて少し方針を変えつつあります。
「これまでのイベントも楽しかったし、ゲストが地元の人と交流できる点が大事な要素でした。ただ、私はそんなに騒ぐことが得意じゃないのにちょっと無理していたところもあって。最近はスタッフも増えてゆっくり考える時間もできたので、テーマ性を重視したイベントを考えています」
3月から週に1回のペースで始めた「門前留学」は、英語だけで90分間コミュニケーションを取るというもの。英語は苦手という人も、会話のテーマはあらかじめ決められているので事前に準備ができます。
また、5月からは近隣のゲストハウスと合同で仕事や子育てなど長野への移住をテーマにした3カ月連続のイベントを計画中です。
「ここまで来られたのは全部周りの人のおかげです」と笑う飯室さんですが、周りの人が協力してくれるのは、何を差し置いても飯室さん自身が人を惹きつけるからでしょう。少しお話を聞いただけで、信念と行動力があり、物事を冷静に見る目を持っていると感じました。そして、一家を守る母のような頼りがいと温かさが伝わってきました。
「人の思いを察してあげられる場所でありたいです。でもそれを続けていくには健康が大事ですよね。このゲストハウスが健全に年をとっていくように、私自身は食べること、寝ることをおろそかにしないでいきたいと思っています」
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会える場所 | 1166バックパッカーズ 長野市西町1048 電話 026‐217‐2816 ホームページ http://www.1166bp.com/ |
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