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No.343

根津

さん

秀平鍛刀道場 刀工

原理に導かれて歩む刀工の道
信更町の工房でさらなる修行を

文・写真 合津幸

2015年11月28日、長野市信更町に刀工・根津啓(刀工銘は秀平)さんの工房「秀平鍛刀道場」が完成し、炉の火入れ式が行われました。大学卒業直後に埴科郡坂城町の師匠に弟子入りし、9年の修業を経て独立した根津さん。工房を構えるに至った経緯、刀工の仕事、刀工を目指したきっかけ等について話してもらいました。

補助金を取得し、独立を果たす

長野市篠ノ井から車で約10分。刀工(刀鍛冶)・根津啓さんの工房「秀平鍛刀道場」は、信更町の豊かな自然に抱かれるように佇んでいます。もともと炭焼きの窯があった土地でしたが、炭焼きと刀作りの炉はまったくの別物であり、それ以前に傾斜地を整地する等のかなり大規模な改修・工事が必要だったそうです。

しかも、工房内の火床(ほど)と呼ばれる炉やその周辺は、根津さん自ら手掛けねばならない部分が多く、「火入れ式前の2週間はまともに眠った記憶がありません」と、振り返ります。

「道場(工房)は刀鍛冶が最も作業しやすい配置・構成にするため、ほとんどの刀鍛冶が自分で火床を作るんです。雪が降る前に火入れ式を、と思って自分で決めた日付でしたが、結局ギリギリになってしまって。関係者70〜80人をお招きすることになっていましたから、最後は本当に大変でしたね」

ところで、修業のため長野県に移り住んだ根津さんが、独立の地として信更町を選んだ理由は何だったのでしょう。

「刀鍛冶をはじめいろいろな職人の仕事を見るのが好きで、7〜8年前から坂城町にある親方の仕事場によく遊びに来ていた方がいるんです。その方は信更町に住んでいるのですが、ある時、長野市の補助金制度について情報をくださり、独立して信更町に工房を構えてみないか、と呼びかけてくださったんです」

その補助金とは、「長野市やまざとビジネス支援補助金」のこと。中山間地域の資源を活用し実施するビジネスの経費の一部を補助し、地域の活性化に役立てることを目的としたものです。

当時、根津さんはちょうど「そろそろ独立すべき時期だ」と感じていたものの、工房を構えるとなると、火を使ったり音が出たりするため慎重な場所選びが必要でした。また、長年お弟子さんとして修業に励んできたため資金調達が大きな課題でした。

「その方は私たちのような若手の刀鍛冶が資金面で苦労していることを知っていらしたので、声を掛けてくださったのでしょう。しかも、刀鍛冶の仕事がどういうものかもよく知っていらっしゃるので、具体的に土地を探す時に地主さんを紹介してくださるなど何かと助けていただきました」

手鎚で叩いて刃を延ばしてゆく。火床や火床に風を送り込む「ふいご」の位置をはじめ、鉄を叩くための台・金敷の場所も、根津さんが最も作業しやすい位置にある

工房の外観。長野県は場の感触やエネルギーの質感が良く、修業時代から気に入っていたため、工房を構えるにふさわしい地と感じていたそう

玉鋼から刀身を作る職人・刀工

「長野市やまざとビジネス支援補助金」は上限金額が1,000万円にもなる補助金ですから、申請に必要な書類はかなりの分量だったそうです。さらに、2次審査ではスライドショーを用いてのプレゼンもこなし、無事に事業採択にこぎ着けました。

「書類を作成する時点で、工房を構える場所にはじまり当面の見通しまでの事業内容や予定をかなり練っておかねばなりません。でも、申請のため必要にかられての準備・計画ではありましたが、そのおかげで採択決定後の工事等が円滑に進められた気がします」

何よりも、独立を困難にしていた資金面での課題解決は、大きな後押しとなったに違いありません。あの火入れ式から1年弱。ようやく、自工房での刀づくりにも、そして信更町での暮らしにも根津さんなりのペースができ始めたそうです。

ところで、皆さんは「刀工」がどんな職業かご存じでしょうか? 実は私、根津さんにお会いするまで、日本刀の世界にすら触れたことがありませんでした。それを素直にお伝えし、素人にもわかる範囲でお話しいただきました。

「刀工または刀鍛冶とは、たたら製鉄と呼ばれる日本古来の製鉄法で作られた玉鋼等の、いわゆる和鉄を鍛えて刀身を作る職人のことです。しばしば、完成した日本刀をご覧になって、そのすべてを私たち刀工が1人で手掛けているとお思いになられる方がいらっしゃいますが、それは違います。一振りの刀を作るために、9〜10人の職人が関わっています。たとえば、刀身を研き上げてくれる研ぎ師、刀身を鞘の中で固定する金具であるハバキを作る白銀師、柄に伝統的な巻き方で柄紐を巻く柄巻(つかまき)師などがいます」

こうして、複数の職人がそれぞれの役割を果たすことで、渾身の一振りの刀がようやく姿を現すのです。素人質問ついでにどれ程の時間が掛かるのかお尋ねしたところ、刀身を作る工程だけでも、毎日作業のみに集中して約1ヵ月。さらに他の職人さんたちの手を経て完成するまでには、4〜5ヵ月が必要とのこと。

また、そもそも「刀工」と認められるには、5年間の修業を経て受験資格を得たうえ、もちろんその試験に合格しなければなりません。この部分をお聞きしただけでも、並大抵の覚悟では歩めぬ道であろうことが想像できます。

鋭い眼差しで反り具合や厚みを確認する根津さん。何事に関しても非常にストイックな方だが、「ひたすらボーッとして何も考えない時間もありますよ」とのこと

砂鉄と木炭を原料に作られる玉鋼。日本古来の手法・たたら吹きで製鉄されている。ゴツゴツしたこの塊から、あの滑らかで美しい刀ができるとは想像し難い

大きな原理、自然な流れに導かれて

今回根津さんのお話をお聞きしたり工房を見学させていただいたりして、素人の私は「刀工の世界は、そう簡単に入り込めるものではない」という感想を抱いたわけですが、根津さんご本人はどう感じていらっしゃるのでしょうか。

根津さんがこの道を志したのは高校生の時。東京国立博物館の国宝展で、名刀の「名物 観世正宗」との出合ったことがきっかけでした。根津さんがそこに見出したのは、国宝そのものの素晴らしさというよりも、その刀を手掛けた人物の「修行者としての純粋性の高さ」、つまりレベルの高さでした。

「『こういう刀を作りたい』ではなく『こういう刀を作れる人になりたい』と思ったんです。それは大きな原理に導かれるような、直感的なものでした。わかりやすく言うと、芸能人の方とかでご結婚される時にお相手のことを『出会った瞬間にビビッときた』とおっしゃったりすることがありますよね? まさにあんな感じです。…逆にわかりにくいですか? 」(苦笑)

こんな始まりだったからこそ、たとえ兄弟弟子の何名かが志半ばで挫折するほどに厳しい修業であっても、根津さんには前しか見えていませんでした。

「向き不向きやセンスの問題、または個人的な事情など、去らねばならない理由はさまざまあると思います。でも、私には他に選択肢がありません。直感的な確信というものは厳然としていて、それ故、何があっても進むしかない。修行あるのみ、です」

根津さんが感じた「原理の導き」という感覚は、目に見えないものだけに容易に共感できるものではありません。また、刀工の仕事も、ホームページで紹介されている工程だけでも14を数えます。しかもひとつ一つが緻密であり無常でもあるような気がして、奥深いという言葉だけでは到底伝え切れぬものに感じます。

「とは言え、決して『理解と知識を深めた人でなければ楽しめない世界』ではないんです。鑑賞していただくなら、人と会う時のような感覚で十分です。優劣ではなくて、自分に合うのか合わないのか。そんな感じで、構えずに楽しんでみてください。また、日本刀は姿形が時代、地鉄(じがね)の肌合いや色、光沢は地域の特性によることが多いので、見比べていただくと面白いかもしれません。他にも光の当て方や角度など、見方のポイントがいくつもあるので、それらを押さえていただけばさらに楽しんでもらえると思います」

現在、坂城町の鉄の展示館で『お守り刀展覧会』が開催されています。もちろん根津さんの作品も展示されていますので、これを機に日本刀の世界に触れてみてはいかがでしょうか。こう言っては何ですが、こうして文字にするよりも、実際に刀を目にしていただいた方が根津さんの想いや人となりも伝わる気がします。

丁寧に説明してくださる根津さん。「私が考える修行者としてのレベル向上は、繊細に読み取る力を身に付け、見えるものの次元や質が変わってゆくことです」

根津さんの作品。日本刀は反りなどの姿形を眺めてから、刀身に波打つように入った刃紋や一見すると黒一色に見える地の部分の肌合いなどをじっくり鑑賞すると面白い (写真提供:秀平鍛刀道場)

(2016/10/11掲載)

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会える場所 秀平鍛刀道場
長野市信更町氷ノ田3328
電話 090-8594-1147
ホームページ http://hidehira-jpn.com

鉄の展示館HP:http://www.tetsu-museum.info
※2016年の『お守り刀展覧会』坂城会場での展示は10月30日(日)まで

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