No.164
高橋
弾人さん
たかはし ひびと
おでん家 ひろびろ店主
母の味をおでんにのせて
文・写真 Yuuki Niitsu
権堂のお客の終着点
12月に入り、忘年会シーズン突入。サラリーマンをはじめ、多くの人がお酒を酌み交わしながら、今年1年を振り返る時期になりました。何やらここ長野市権堂においても、いつもに増して人で賑わっています。
そんな権堂のメイン通りから一本外れると、酒に酔ったお客の鼻歌や話し声が遠のき、いかにも「あなたの帰りを待っていました」と言わんばかりの家庭的なお店があります。
「おでん家 ひろびろ」の暖簾をくぐると、タオルを被り、ひげを生やした愛嬌のあるご主人、高橋弾人さんが出迎えてくれます。
店内は、飲み屋をはしごして最後に訪れたであろうサラリーマンや、仕事を終えて疲れを癒しにやってきたお店のママなどで賑わっていました。
「最初は、自分が接客業をやるなんて思ってもいなかったんですけどね」
そう話すと、高橋さんはグツグツと煮えたったおでんを手際よくすくっていきます。グッと冷え込んだ体に、温かい、そして柔らかいおふくろの味がしみ込んでくるのを感じました。
あえて、”おふくろの味”と書いたのも、実はこのお店、もともとは母親のひろみさんが始めたものなのです。
母の味を受け継ぎ、毎晩カウンターに立つ弾人さん。母のひろみさんが権堂に店を構えてから10年になる
手伝いから本業へ
それまで鬼無里や戸隠でも飲食業を営んできたというひろみさんは、2004年に権堂でお店をオープン。一人で営みながらも客足は絶えることなく商売は順調だったといいます。しかし、長年の苦労がたたり、2年半前に体調を崩します。
「それを聞いて、じゃあ少しだけ手伝おうと思って帰ってきたんです」
高橋さんは、21歳のとき東京でデザイン系の仕事に就きますが、勤めていた会社が倒産。それを期に、長野県の川上村や香川県で農業、沖縄県ではサトウキビ畑や製糖工場で働き、北海道では昆布狩り、というように日本全国で様々な仕事を経験してきました。しかし、飲食業は未経験だったため、当初は数週間だけ手伝うつもりだったといいます。しかし、いざ仕事が始まると、予想外にひろみさんは厳しかったそうです。
「掃除から始まり、味付け、接客、言葉遣いまで事細かに注意されましたよ。正直、すぐやめようと思っていましたから、なんでこんなに言われなきゃなんないんだっていう反感もありました」
おでんは煮えていくものの、なんとも気持ちは煮え切らなかったという高橋さん。
しかし、働いていくうちに自分に会いに来てくれるお客さんがいることに喜びを感じます。
しっかりと煮込んだおでんは冷えた身体を温めてくれる
「自分みたいな接客をやったことのない人間に会いに来てくれるんですよ。自分の接客を喜んでくれることに感動しましたね。それで、ここでもう少し働こうと決めました」
働き始めてちょうど半年が過ぎた頃でした。時を同じくして、仕事に厳しかったひろみさんが、自分のことを認めてくれたといいます。
「おふくろは昔から何でも自分でやる人でしたから、そのぶん仕事にも厳しかったんです。それにお客さんからの信頼も厚かったです。営業時間が終わっても、深夜2時、3時まで相談に乗っていたりもしていましたから。だから、認めてくれた時は嬉しかったですね」
高橋さんは目を細めます。
23時までの営業だが、居心地の良さに時間を忘れ夜を過ごすことも。相談に来るお客さんにも親身になって話を聞く弾人さん
母親が残してくれた味
親子二人三脚でお店を切り盛りしていましたが、体調を崩していたひろみさんが亡くなります。
「死ぬまでお店に立ちたいと言っていましたから、店のすぐ横の居間で息を引き取ったのがせめてもの救いでした。おふくろも喜んでいると思います」
現在、ひろみさんの味を受け継ぎ、母親の代からのお客さんにも「これはお母さんの味だよ」と言わしめるほどの腕前となった高橋さん。
「一番のおすすめは、するめの漬焼きです。これは、おふくろが作ったメニューでも特に人気があって、3日間漬けないとするめが柔らかくならないんですよ。仕込み時間がかかるのに、最近よく出るから大変なんですけどね」
そう言いながらも、さほど嫌そうではないその表情からは、おふくろの味を伝えていきたいという意志が汲みとれます。
「するめの漬焼き」というメニューは、今もひろみさんの書いた字が残されていて、その下には生前のひろみさんの笑顔が飾られています。
そのすぐ近くのカウンターでその日最後のお酒を口にするお客さんが、「このするめの漬焼きは誰にも真似できない。ひびとだけだよ」というのを照れくさそうに聞きながら、高橋さんはお酒を口にします。
「ひろびろという名前は、この店が今の場所に移る前に、ひろこさんという人と共同でお店を開いたんですが、『ひろみ』と『ひろこ』で『ひろびろ』という名前になったらしいです」
そう話す高橋さんでしたが、ひろびろに付いている「び」は、ひびとさんの「び」ではないかと思わずにはいられませんでした。
今でも母親のひろみさんの字が残されている「するめの漬焼き」。ひろみさんの笑顔が今日もお客さんの帰りを待っている
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会える場所 | おでん家ひろびろ 長野市西鶴賀町1472-3 電話 026-234-0880 営業時間:17:00-23:00 |
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