No.060
増澤
珠美さん
ナノグラフィカ代表
味のある古い建物を大事に
その気持ちから街が動き出した
文・写真 Takashi Anzai
「門前暮らしのすすめ」というプロジェクトがあります。善光寺門前で暮らすことの面白さを発信し、また、そこでの暮らしを楽しもうという活動です。その中心にいるのが、編集企画室ナノグラフィカ代表の増澤珠美さんです。
その活動の一環で行っている「空き家見学会」は2009年ごろからスタートしました。門前への移住や開業を希望する人や門前に興味がある人たちと一緒に、空き家となっている建物を見て回るこの企画。これまでに40組以上が開業するきっかけとなりました。
善光寺門前町では、ここ数年で一気に空き家を改装した店舗や住宅が増えましたが、その発端となった活動と言えるでしょう。
元々、古い家屋や家具が好きだった増澤さん。大学時代も門前で築年数不明の古い土蔵を改装した部屋に住んでいたそうです。
「私たちは、いい建物があったら、そこを自分たちが借りたいし、住みたいし、使いたいってずっと思っていたから、そういう視点はあった。だから、電気メーター見て、ここ空いているね、借りられないかなとかやってきたんだけど、1年に1軒も借りられなかったりするのと、そう思っている間に壊されたりするっていう、その両方があって切ない思いをしてた」
そうした思いを重ねていたところ、冒頭の「門前暮らしのすすめ」プロジェクトを公民館の委託事業としてナノグラフィカが請け負うことになります。
「公民館の委託事業ということになれば、大っぴらに空き家を探索できて、みんなにどこ空いてますかって聞けて、さらにあわよくば安く借りて使えるんじゃない?みたいなことを思っていた(笑)」
中心市街地の空洞化や空き家の増加を問題として捉えているものの、あくまでそこにある空き家を活用できることが楽しいという増澤さん。バイタリティ溢れる活動を支えているのは使命感というより、古くて味のある建物や街並みへの愛情のようです。
「あくまでも、この目の前にある風情のある立派な木造建築を私たちが使うってことばかり考えていて(笑)。世の中の空き家の問題って、治安だったり、防災だったり、人口減だったりとか、いろいろある。でも、私はあれを壊してほしくない、そして自分たちが住みたいし、使いたいし、それが一番で、その気持ちは変わらない。あんまり言うと怒られるけど。街づくりや地域活性化のためにやっているって言われることが多いけど、『いや、そんなんじゃないんですよ』って正直に言ってる(笑)」
築100年近い商家を借り受け、喫茶室兼編集室兼住居として利用しているナノグラフィカの建物
増澤さんの住環境と生活は、これまでも現在も非常にユニークです。
教師として養護学校に勤務していた時代は、廃屋を改装したライブハウス「ネオンホール」に住み込み、教師とライブハウスのスタッフとして2足のわらじを履いていました。
現在の住居は喫茶室、編集室を兼ねています。築100年近い商家を借り受け、仲間で改装しました。移り住んできた際、増澤さんは近隣との関係を大事にしようと心がけたそうです。しかし、当初の反応は思ったようなものではなかったといいます。
「自分の生まれ育った田舎の人付き合いがイメージとしてあって。お祭りとか近隣の集まりは絶対大事で、それは必ずしなければいけないこと、絶対守らなければいけないこと、当然のこととしてあった。だから、ここ入るときも近所にお披露目して、みんな呼んだ」
増澤さんが教職時代に数年間、住み込んでいたライブハウス「ネオンホール」
「でも、近所の人は困ってた(笑)。何屋か分からないから応援しようがなかったんだと思う。このへんの人たちはみんな商人で、最初の頃のメニューとかも『こんなん出してやっていけるの?』みたいな反応だったし、扱っていた雑貨も『これ売り物になるの?』みたいな反応。最初コーヒーもなかったから『コーヒー出さないで喫茶店って言うんかい』みたいな。コーヒーは地産地消に当てはまらないからやめようと思っていた。こだわり過ぎていた」
しかし、裏表のない開けっぴろげな性格で次第に周囲の人たちに溶け込んでいった増澤さん。シングルマザーとして出産を迎えるときには「町の子として育てよう」と思うまでに、町との関係は密接になっていきました。息子さんを近所のお年寄りに預けて仕事をするなど、文字通り「町の子」として育てる様子は、テレビ番組にもなりました。
喫茶室であり、クラフト作品などの展示も行うギャラリーでもある
「出産も子育ても、最初からみんなに参加してもらうイメージだった。出産するときも、なるべく多くの人に見てもらいたかった。あと妊婦しつつ、店番しつつの暮らしも。出産、子育てをここの街とともにするというのは、当たり前というか、それがあって生むみたいなことだった。そういう意味ではすごい普通だったというか。町の人がどう受け入れるかっていうのは深く考えなかったけど、多分大丈夫だと思ってた(笑)」
息子さんは現在8歳。屈託のない笑顔が街の人の心を和ませてくれています。
公民館からの委託事業は2年間で終了しましたが、空き家見学会をはじめ、増澤さんたちの「門前暮らしのすすめ」は続いています。増澤さんはここ数年、門前や権堂をフィールドに演劇活動を展開し、年2本のペースでプロデュースをしています。市民参加型で行われる増澤さんプロデュースの舞台は、多くの近隣住民を巻き込み地域を活気づかせていますが、それが街づくりの一環という意識はあまり強くないようです。
「仲間が増えると面白くなるでしょ、単純に。新しい家だけが並ぶ地域にはものを作る人間や演劇をやる人は少ないような気がするし、やっぱり味のある建物が残っている地域に住みたいという人が多いと思う。そういう人たちは何か表現をしたがるし、人と繋がったり、巻き込みたがると思うので、結果的に街が面白くなる」
「自分たちの活動が街づくりとは思っていなくて。自分たちと関わりのある人に楽しんでもらうとか、その人たちに伝えるとか知らせる、そういうことがしたいし、その必要に迫られるからやる。そういうスタンス」
ナノグラフィカで発行する、市内を中心にスナップを集めた写真集「街並み」。6月に発刊された映画館特集で43号を迎えた
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会える場所 | ナノグラフィカ 長野市西之門町930-1 電話 026-232-1532 ホームページ http://www.neonhall.com/nanographica/ 門前暮らしのすすめホームページ http://monzen-nagano.net/ |
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