長野市の西端に位置する鬼無里は山深く、冬は雪に閉ざされます。ここでは昔から野菜がたくさんとれる間に乾燥させて保存食にしてきました。
たとえばナスは皮をむいて薄切りにし、水にさらしてアクを抜き、天日干しにします。たまに裏返し、日が陰れば取り込んで、翌日また干して。天気が良ければ日でカラカラに乾きます。
かつては野菜をザルに並べていたのでしょうが、いつからかトタン波板を使うようになりました。「トタンは日光を照り返し、波板は風を通し、野菜がよく乾きます。どなたが思いついたのか、素晴らしい知恵ですね」。こう話すのは、有澤玲子さんです。
有澤さんは東京都小平市の生まれですが、母親が白馬村の出身で、叔母が鬼無里に住んでいました。銀行勤めから一転、なじみのあった鬼無里に嫁いできたのが30年ほど前のこと。乾燥野菜作りもそば打ちも、地元のおばあちゃんたちに教わりました。
今では、かつて住まいとしていた大きな民家を改装した農家レストラン「素そばな亭」を営み、予約制で手打ちそばと乾燥野菜を使った料理をふるまったり、県外から修学旅行生を受け入れたりしています。
ナスのほかにも夏はインゲンを干し、夕顔はカンピョウにして、最近ではオクラ、ゴーヤ、ズッキーニも、秋はカボチャ、きのこ、りんごも干します。冬になれば軒下で大根は丸干しに、葉は干葉にします。
「大根は、ひと晩かけて戻したら『お田植え煮物』にしたり、干葉は『おこうがけ』にしたり」。お田植え煮物は、田植えの手伝いに来てくれた人にふるまうごちそうです。「おこう」は味噌汁の具のこと。水で戻して刻んだ干葉を味噌汁の具にして、これをそばにかけます。
雪がとけて春が来れば、あちこちに山菜が顔を出します。有澤さんはコゴミ採りが何より楽しみだと言います。どっさり採れたら、もちろん干しコゴミにして、次の季節までその味を楽しみます。「たくさん採れたものを無駄にせず、どう生かすか。それが一番大切なことではないでしょうか」。