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わくわく・共感できる長野の元気情報を配信します!

ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

文 山口美緒、写真 宮崎純一

長野だからできるオフィスの形

群馬県で生まれ、18歳で上京、27歳にして東京でゲーム制作会社「アソビズム」を立ち上げた大手智之さんが飯綱町に移住したのは2013年のこと。もともと長野に縁があったわけではなく、子育て環境を模索していたとき、知人に飯綱町にある幼稚園「大地」を紹介してもらったことが移住のきっかけでした。起業して10年、40代となる次の10年は新しい分野にチャレンジしたいと思っていた頃でもありました。
当初は飯綱町に家を借り、そこから自身は東京のオフィスに通う日々。しかし、家族が飯綱町で暮らす一方、自身が月の半分くらい東京に通うのは、思い描いた暮らしとは違っていました。だったら長野にブランチ(支社)をつくろうと思い至ります。
「森のオフィスに憧れていた」という大手さんは当初、広大な森を探していましたが、調べるうちにいくつかの問題にぶつかります。そのときに目にしたのが、空き家専門の不動産屋であるMYROOMの倉石智典さんが手がけたOPENでした。OPENは、古い商家や蔵をオフィスやレストランに改修した場所。「こういう選択肢があるのか」と、すぐに倉石さんに連絡したそうです。

▲ この日は朝からスタッフともにいいづなリゾートスキー場でひと滑り。その場でのミーティングを経て午後の取材へ。「帽子を被っていたからヘルメットみたいな髪型ですけど」と笑いつつ撮影に応じてくださいました。

「せっかく長野にきたのに、東京と同じようにテナントビルに入ってオフィスをつくるようなやり方は嫌だったんです。長野らしいやり方として古い建物を生かすのは魅力的だし、楽しいし、やったことないし、東京ではなかなかできないですしね」。
 
元寿司屋、元料亭、元病院など、いくつか見て回ったそうです。とくに権堂の元料亭は「建物が格好良いし、庭もあっていいなと思ったんですけれど、さすがに飲み屋街のど真ん中だったので…もう少し離れていたらよかったんですけど」。そしてそのあと紹介してもらった元旅館の建物が一番しっくりきたそうで、即決しました。

「箱ありき」への違和感

2013年にリノベーションによりアソビズム長野ブランチを開設しましたが、しばらくして荷物置き場に困っていた大手さんは再び倉石さんに相談し、倉庫利用できる場所として横町の能登屋商店の倉庫を紹介されます。実際に建物を見てみると「すごく面白くて魅力的な建物でした」。倉庫として使うのはもったいない、東京のスタッフが長野に合宿的な形でステイして仕事をする場所にしようかと思うようになります。そうして建物を借りたのは2014年のこと。しかし、それから3年ほど実働には至りませんでした。というのも、東京のスタッフがたくさん来てどうしようもないならまだしも、先にオフィスという箱だけつくるのは後付けのように感じたからです。転機となったのは2017年11月に出かけたボストンのマサチューセッツ工科大学への視察で、大学周辺にある子どものためのクリエイティブスペースを見学させてもらったことでした。
 
「こうした活動を日本でも広げたい。東京でもまだめずらしい取り組みを長野で最初にできたらとてもすてきだろうなと。じゃあ横町でやろう!と」。

▲ 断熱工事をしたあと、正面のみエイジング塗装を施し、かつての様子を復元。えびす講で知られる西宮神社のほど近く。

そして、2018年7月に生まれたのがアソビズム横町LABOと、そのなかで行われているクリエイティブスペース「PLAY&CRAFT」です。そこは、段ボール工作や木工工作、手芸、電子工作など、子どもたちが自ら学び、さまざまなものづくりに挑戦できる場所。もともと、ゲームを通じて未来をよりよくしたいと考えてきた大手さん。未来をよくするためには教育が一番大事と考えるようになり、子どもたちの探求力や創造性を発掘するための場として、ICT共育事業「未来工作ゼミ」を立ち上げ、さまざまなワークショップなどを運営してきた経緯があります。それが空間へとつながっていったのです。

▲ 木・金曜はカフェの営業もしています

3度にわたる工事

第1工事では1階の大空間のなかに事務所スペースとしてさらに部屋をつくり、カフェの床を貼り、カウンターをつくりました。2階の両端に設けたPRIMITIVEクラフトルームとTECHクラフトルームという2つのクラフトルームも第1工事。予算をそれほどかけずに当座使える状態を目指したので、断熱するのではなく空間のなかに空間をつくるというコンセプトで工事は進みました。そしてひと冬を過ごしたところ…。
 
「想像以上に寒さが応えて、ものづくりに集中できる状態ではなかったので、第2工事をすることになりました」。

▲ PRIMITIVEクラフトルーム。壁や仕切りを設けてなかに入れば冬でも暖かい。毎週木・金曜の16〜18時まで、定員は約16名。月に1回程、ワークショップも開催。
▲ TECHクラフトルーム。男の子は段ボールでものづくりすることが多いそう。輪ゴムで走る車やロボット、スマートボール、投石機などの工作が壁に並びます。

リノベーションを担当してもらっていた建築士の宮本圭さんのアドバイスにより、建物全体に断熱の箱をスポッとかぶせるという大胆な方法で断熱化を図ります。さらに薪ストーブも導入しました。
 
「断熱工事のお陰でだいぶ暖かくなったと思います。ただ、箱型ですっぽり建物を覆ってしまったので、古い外壁がすべてきれいになってしまい、周囲との調和が取れなくなってしまいました。そこで、道に面した前面だけあえてエイジング塗装を施し、工事前と同じになるよう、わざわざ汚しをいれています」。
 
第2工事では、本格的にカフェ営業を始めるために1階の天井を塗装し、空調も入れました。そしてつい先ごろの第3工事で3階のFUTUREクラフトルームが完成しました。こちらも大空間のなかにさらに部屋がつくられています。1、2階の木の温もりを感じる雰囲気とは一転、その名の通り未来を思わせるモノクロのモダンな部屋です。空調を完備し、さらに多少の防音を施してあるこの部屋は、レーザー加工機や5軸加工機、3Dプリンタなどの精密で高度なものづくりを可能にする機械を導入するために整備したものです。向かいは、木工工作や電子工作ができる空間になる予定。〝(ほぼ)つくれないものがない場所〟を目指しています。

▲ TECHクラフトルームで工作に打ち込む子どもたち。建物内にあるダンボールや布のほか材料は自由に使えます。

ビジョンが形を生む姿を子どもにたちに見せたい

3階のFUTUREクラフトルームの見どころのひとつが、ICカードを当てると空気圧式の自動ドアが「プシューッ!」という大きな空気音を立てて開くところ。普通はサイレンサーをつけたうえに機械部分もふたをして、できるだけ音がしないようにするところを、わざとむき出しにして大きな音が鳴るようにしています。初めての人は絶対に驚くはず。その遊び心が楽しい。そのアイデアはどこから?
 
「アイデアというよりはイメージ。こうしたいというビジョンありきで、そのビジョンがどこからくるかというと、自分の原体験や好きなものですね」

▲ 3階のFUTUREクラフトルーム。現在は試運転で実際に稼働するのは2019年7月以降を予定。

この空気圧式の自動ドアは『スター・ウォーズ』や『2001年宇宙の旅』などのSFのイメージ。昔からこうしたギミックに憧れがあり、宮本さんとの打ち合わせのなかで話が盛り上がり、「やりましょう!」ということで、実現してもらえることになりました。現在の自動ドアは電気モーターが主流のなか、メーカーにも協力を仰いで空気圧式の自動ドアが完成しました。メーカーも、今ではほとんど使われなくなった技術を復活することに非常に興味を持ち、積極的に関わってくれたそう。

▲ 「ギミックが隠されているのって、もったいないと思って」と大手さん。自動ドアの裏側からは機械が動く様子がすべて見えます。ICカードを当てるとドアが開くとともに自動で照明も点灯。

「夢を実現するにも、まずは〝こうしたい〟という思いを持つことがとても大事なわけで、子どもたちにとっても、こうなりたい、こうしたいという思いはすごく大事。自分の思いを恥ずかし気もなく、みんなが出せたらすてきだろうなと。〝プシューッ!〟も一見するとただの遊びに見えるかもしれませんが、これを見た子どもたちが〝こういうの、やっていいんだ!〟と思ってくれたらいいなと」。
 
アソビズム横町LABOのなかにはこの空気圧式の自動ドア以外にも、遊び心のある楽しい仕掛けがそこかしこにあります。
たとえば2階のクラフトルームに入室する際には必ず、子どもたちのあいだで通称「ピロリン」と呼ばれる段ボール製のログインマシンに会員の子どもたちが持っている「パスポート」を当ててから入室します。パスポートにはICチップが、装置にはカードリーダーが埋め込まれていて、大人と子どもが同時にパスポートを掲げると「ピロリロリン」という音が鳴り、入室のログが残ります。音が鳴ったときはもちろん、装置が段ボール製だということに、大人でも心が揺さぶられます。
PLAY&CRAFTにはカリキュラムはありません。大人の押し付けた学びではなく、原体験や日常的な刺激、ほかの子どもの作品などから、〝自分でもあれをつくってみたい〟という主体的な学びへとつながる興味関心を引き出してあげたいからです。こうしたものづくりを通じて、子ども同士のコミュニティもできつつあるそう。

▲ PRIMITIVEクラフトルームの前に設置されたログインマシン。子どもと大人が同時に掲げて初めて反応してくれます。それは顔を見て「来たよー!こんにちはー」「来たねー!じゃあ一緒にピッしようか」というコミュニケーションを生んでほしいから。

「学校では会えない子、出会えない価値観から学ぶことがすごく多い。学校だと〝勉強ができる〟〝体育ができる〟という基準でヒエラルキーができてしまう。ここはそれがなくて、趣味や興味の話を思い切りぶつけられる。それが肯定感につながって、ビジョンを引き出すきっかけになればいいと思っています」。
 
つくったものを写真に撮って蓄積し、一人ひとりの好みや傾向を分析することも視野にいれます。現時点でその役目を担うのがパスポート。工作でどんぐりを使った子はどんぐりの絵が入ったハンコ、音楽をやった子には音符の絵が入ったハンコというように、本物のパスポート同様、ハンコを押すのです。
 
「パスポートを見るといろんなところを旅行したなって思うじゃないですか。あんな感じに、〝ハンコいっぱい溜まったけれど、段ボールを使った工作ばかりしているな〟という感じに楽しめたらいいなと」

▲ 会員登録をすると、オリジナルパスポート、アイディアノート、オリジナル鉛筆が進呈されます。パスポートには名前や住所を記入したり、写真を貼ることも。

そんな仕組みを楽しそうに話す大手さんやスタッフのみなさんの姿も印象的です。一角に置かれているUFOキャッチャーは、スタッフの丸山武彦さんのお手製。電気は一切使わず水圧のみで動きます。レバーを動かすと透明なチューブなどに入った水が動く様子が見え、その仕組みがわかります。善光寺で開かれているびんずる市に出したら、子どもが殺到して1号機は壊れてしまったんだそう。パワーアップした2号機をみながら「水のなかに小さなものを入れると、水は止まっておらず常に動いているということがわかると思うんです」と丸山さん。「いいね!じゃあ、ラメを入れたらわかりやすいんじゃない?」と、大手さん。ものづくりや子どもの視線に対して真摯でスピーディで、なにより楽しそう。

▲ 手づくりのUFOキャッチャー。水を通した細いチューブや注射器と連結したアームが水圧で動きます。

想像力を刺激する細部の造作、自由なものづくりを許容する場、大人が本気で楽しむ姿、そしてリノベーションで生まれた非日常の空間が相まって、子どもたちに自由な発想や選択、そして前を向く力を与えてくれる場所になっています。
 
「リノベーションはコラボレーション。設計士さんとのコラボレーションもあるし、そこに住んでいた人たち、あるいは歴史や建物とのコラボレーションもあります。自分がゼロから何かを生み出すのではなく、すでにあるものからインスピレーションをもらってくる。それが制約や不便さになる面もありますが、逆にそれが面白い」。
 
そうして生まれた建物には、新築の真っ白な建物でもなく、都会の無機質なビルの一角でもない、歴史を重ねたからこその混沌としたテクスチャや空気感、そして包容力があります。そこには、子どもたちの感性にも響くものがあるはずです。

アソビズム横町LABO
長野市横町210
TEL 026-238-6780(未来工作ゼミ)


 

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