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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

文 山口美緒、写真 宮崎純一

風の公園のはじまり

善光寺門前町を旅する観光客が手にし、それをガイドにしながらまちを歩く。そんな小冊子があります。『古き良き未来地図』。オープンアトリエ「風の公園」を営む、画家の鶴田智也さん(TOMOYAARTS)とグラフィックデザイナーの宮下智志さん(ソライロデザイン)のユニットが2012年に発行し、改訂を重ねてきた冊子です。

▲ 『古き良き未来地図』の創刊号(右)と2号(中央)、そして最新号はブルーの表紙。

長野市松代町出身の鶴田さんと、長野市篠ノ井出身の宮下さんは長野南高校の同級生。クラスは違いましたが、共通の知人を介しての友人でした。といっても卒業後は連絡を取ることもなく、再会したのは2011年、鶴田さんが松代文化ホールで開催した発表会。鶴田さんが2009年から行ってきた子どもたちとの「お絵描き会」の発表会を、地元のホールで開いたのです。新聞でその告知記事を読んだ宮下さんは、家族とともに東京からUターンしてきたばかり。面白そうと、その発表会に出かけました。
 
「絵描きをやりたいとは言っていたけれど、続けているんだと驚きました」(宮下)
「そのとき名刺をもらって、デザインをやっていると知って頭に残っていました」(鶴田)

▲ 足場が組まれ、建物の一部を切り取る工事の真っ最中におじゃましました(2019年1月16日)

同じ頃、鶴田さんは西之門町にあるナノグラフィカで個展を開催し、同町で箱山ふとん店を営む4代目の箱山正一さんに声をかけられます。
「門前でアトリエ持たない?」
箱山さんら西之門町の青年部とMYROOMの倉石智典さんらで企画していた空き家見学会に参加し、いくつもの物件を見たそうです。雨漏りはしているものの大家さんが直しくれるうえに家賃も安いといういい物件のお話もいただきましたが、東日本大震災が発生。福島県に住んでいた大家さんの娘さんが帰ってくることになり、リノベーションどころではなく、話が頓挫したことも。
しばらく後、権堂にあった現在の風の公園となる2階建ての元活版印刷所を紹介されます。「ここならやってみたい」と思った鶴田さんでしたが、広さもあるのでそれなりの家賃が発生します。そこで頭をよぎったのが宮下さんでした。

▲ 風の公園になる前は活版印刷所でした。

「家でやっているとどうしても手狭で、事務所を持ちたいと思っていたのでちょうど良いタイミングでした。でも建物をみたときはふたりだと広いから、どう使おうかと」(宮下)
「僕はイベントもやりたかったので、このくらい広くてもちょうどいいかなと」(鶴田)

 
そうして話はまとまり、2011年11月に正式に借り受け、年が明けた1月にプレオープン、2月に本格オープンを迎えます。

▲ 左側がグラインダーをかけて磨いた床。このあと塗装を施していきました。

約50日、手作業のリノベーション

改修の作業やアイデアを主導したのは鶴田さん。外壁用の板に緑のペンキを塗り、床はグラインダーをかけて磨き、おとぎの国を思わせるような子どもたちも喜ぶ内装を施していきました。作業中に思いついたらやるという方式で、どんどんとつくるものが増えていきました。砂場もそんなひとつです。業者さんに頼むことなく、すべて自分たちの手作業。

▲ オープンに向けて緑に塗った板を貼っていきます。この階段のトタン屋根を滑って落ちることに…
▲ おとぎの国を思わせるような館内のしつらい。オレンジ色の屋根がかかる部分は水回り

「ハシゴを最大限長くかけて、僕は下でそのハシゴを押さえる係。智也くんが緑に塗った板を抱え、インパクトを肩からぶら下げて、壁に直接ビスで打つんです」(宮下)
「途中、ハシゴから落ちて外階段の屋根の上を滑り台みたいにびゅーっと滑り降りたこともありました。若さもあるし、建物のつくり方を知らなかったからこそできたことですよね。イメージ先行で、自由でした」(鶴田)

 
年末年始も作業は続き、1月、プレオープン。そこからも必要に応じて手を入れてきた空間は、味わいがあってまるで生き物のよう。「クセが強いですよね」と鶴田さんと宮下さんは笑います。
 
「そもそもリノベーションに取り組む時点で、一からつくる箱物のようなきれいさは求めていませんから。材料が足りなくてボコボコしているくらいの不格好さも愛着になっていくのかなと」(鶴田)

▲ 鶴田さんと宮下さんによって改修が施された風の公園

門前の地図をつくろう

風の公園ができてほどない頃、善光寺門前にある1166バックバッカーズでA4の地図を目にします。門前の古い建物をリノベーションした建物を記したしたもので、更新が大変で決定版がなかなか出せないという実情を聞きました。
倉石さんに話を聞くと、そろそろ手がけてきた店舗がおおよそ開業を迎える頃と言います。今ならできるのでは。そう思ってふたりはいよいよ『古き良き未来地図』に取り組むことになるのです。
 
「満足度が高いお店が多いのに、よく知らないから行かないという人が多いと感じていました。もったいないなと思って。点在していたリノベーション物件を線にして、さらに面にしていくことで、もっと知ってほしいし、ほかの店舗と仲間になりたいという思いも強かった。それが大きな原動力でした」(鶴田)

▲ 紹介する店舗の建物の外観を鶴田さんがイラストで描いています

とはいえ、どこかから予算がつくわけではありません。そこで考えたのは、掲載する店舗から協賛金を募り、できあがった冊子を協賛金に応じて配布し、それぞれ販売してもらうという方式です。定価は100円。低価格でも有料にしたかったのは、フリーペーパーのように何気なく手に取り捨てられるものではなく、欲しい人にきちんと届けたいという思いがあったからです。各店舗にA4の企画書を1枚持って説明しては同意のサインをもらい、次へ向かうということを繰り返しました。
2012年5月に善光寺表参道で開催されるイベント「花回廊」に間に合わせようと、取材陣には1日に10軒以上を回るというタイトなスケジュールをこなしてもらい、1ヵ月をかけずに校了。鶴田さんが描くやわらかなタッチの絵を配した『古き良き未来地図』ができあがりました。
 
「ロールプレイングゲームって、いろいろなお店や道具が出てきたりしますよね。その感覚の絵本版です。店舗の〝強さ〟ではないですが、用途の変遷や築年数、改装費、セルフビルド率などのデータを入れて、実際にそれを持ってデータを見ながら町を回ってくれたらいいなと」(鶴田)
 
とくに改装費を教えてもらうのはナイーブなところでしたが、新築と違ってリノベーションは一体いくらかかるのか想像しづらいもの。これからリノベーションをする人の参考になればと思い、公開してくれる店舗は掲載しました。実際にリノベーションで店を持ちたいという希望者が冊子を手に取り、町を歩き、掲載店舗に足を運ぶ姿が多く見受けられます。
2012年4月の発行から、2015年2月、2018年3月と、3年おき2回の改訂を経て最新版は3冊目。最初の30店から59店、80店と、改訂のたびに掲載店舗は増えていきました。徒歩と自転車、キックボードで回っていた営業活動も、それでは事足りない範囲まで広がっています。
数が増えるにつれ、なにをもってリノベーションというのか、その定義があやふやになってきた面もありますが、掲載の基準はふたりの「面白そう!」という感覚。これも、スポンサーがついていないからこそできること。そのふたりの感覚が読み手にストレートに伝わるからこその高い評価です。

▲ 英語版の冊子のタイトルにある「newstalgic」は翻訳者の方が「古き良き未来」から考えてくれた造語で、newとnostalgicを掛け合わせたもの

3冊目の制作時は100店ほど営業して回ったそうですが、「広告は出していない」と断られてしまったところもありました。
 
「自分たちがあったら便利だと思ってつくりはじめたので、あくまで協賛金であって広告という感覚がなかったから少し驚きました」(鶴田/宮下)
 
1冊目がつくられた当時は次々と新しい店舗がリノベーションで生まれ、外からお客さんが来ても案内が追いつかない状況がありました。案内しようとしても細かな路地が多くて説明は煩雑、来客が立て続くとひと労働だったというまちの声も。そんなときにできた古き良き未来地図に、協賛した店舗からは「つくってくれてありがとう!」という声があったほどで、広告という感覚はありませんでした。
こうした意見が出てくるのは、身内的な感覚でつくってきた冊子が、公共性・公益性をともなってきたということ。実際、県外の書店から売りたいという打診が来たり、地図を片手に旅した人のブログが掲載されていたり、その認知度は確実に広まっています。まだ日の目は見ていませんが、3冊目は行政の協力も得て英語訳版が制作されたことも、その表れです。

風の公園の未来、門前町の未来

「古き」と「未来」という、相反する言葉が同居する古き良き未来地図。「リノベーション物件がいっぱいある町が未来だったらいいなと思って」と、名付けられました。それは、すべて壊して新しい建物をつくることに対してのアンチテーゼでした。
その思いとは裏腹に、風の公園の存続の危機が訪れます。建物の一部が長野市の都市計画道路「県庁緑町線」の計画上にあったのです。この道路の都市計画決定がなされたのは1967年のこと。建物の賃貸契約時もその存在は知っていたものの、計画自体が何年も上がっては消えという状況だと聞いていたので、「まさかここにきて」という思いだったそう。

▲ 2019年1月の工事の様子。手前が新しくできる都市計画道路。左下に道路と歩道を分ける縁石が写っていて、建物が道路の間際に位置するようになることがわかります

建物の一部を削る工事は簡易なものではありません。続けるのであれば、削ったうえで修繕もしていかなければなりません。労力もお金も必要です。
一方、解体となった場合は駐車場になる案が浮上します。場所と建物への思いは強くありました。契約当初、大家の老夫婦が地域の人に引き合わせてくれて、町の人とも交流を深めてきました。自ら手を入れ愛着もひとしお、さらにさまざまなイベントを通じて多くの人が訪れてくれた思い出がたくさん詰まっています。オープン直後に生まれたおふたりのそれぞれのお子さんたちも、ここを遊び場にしてきたという思い入れもあります。建物がなくなったうえに駐車場になってしまったら、通るたびに辛い。
 
「やめる?続ける?」。ふたりの問答は何度となく繰り返されました。鶴田さんは、地元松代に拠点を移すことも考えました。物件も2、3軒みつけて、宮下さんにも、一緒に松代でやろうかともちかけたことも。
気持ちが揺れるなか、最後に背中を押してくれたのは、開業当初から応援してきてくれた長野市職員でもある中島龍吾さんの熱量でした。「やめることはいつでもできる。でも、ゼロからつくることがどれほど大変か。近くに公園もできる、学校も近い、通りも舗装される。やりましょうよ!」と、まるでどちらが主かわからないくらいの気迫で説得されたそう。当初から見守ってくれたからこその言葉であり、熱量でした。
 
2019年1月から解体工事がはじまり、建物の前面などが切り取られ、ややセットバックしたような状態になり、新しい壁や窓が施工されています。

▲ 工事中、風の公園のほど近くに建つシェアオフィス「KANEMATSU」に間借りして働く宮下さん。短期間の賃貸が可能だったのは培ったコミュニティがあるからこそ

工事中、鶴田さんは松代の自宅で仕事をし、宮下さんは近くのシェアオフィスKANEMATSUに間借りしています。KANEMATSUから風の公園はほど近く。工事中の定点観測を続ける宮下さんは「工事中の風景は切ないですね」と建物を見上げます。工事の最中にたとえばシロアリや、あるいは耐震などで、建物そのものの存続が難しくなるかもしれないという不安もぬぐえません。
一方、「無事に工事が終われば、これまで見えなかったので何も手をつけてこなかった西側の外壁が丸見えになってしまうので、手をいれないと」「1階をギャラリーとしてきちんと整備したらもっと入りやすくなるかも」など、先々のリニューアルを考えるとわくわくする面もあるそうです。
 
「道路にも面するし、続けることで建物の価値も上がる。リノベーションにとって大切なのは建物の価値を上げることですから」
 
地権者が多く、建物の存続について順調にことが運んだわけではない面もありました。これからさらに建物の価値を上げることで相互理解を深めていくことも、継続していくために大切なミッションです。そのためにも、次の整備では、自分たちの手だけではなく業者に入ってもらうかもしれないとのこと。当初はいかに低予算でイメージをつくりあげるかに主眼がありましたが、アソビズムの横町LABOをはじめほかのリノベーション物件もみるなかで、お金をかけてきちんとクオリティを上げていくことで生まれることや価値を目の当たりにしてきたからです。
 
「町や店の様子が変わるのは、3年周期くらいだと感じています」(鶴田/宮下)
 
取材を通じて町の様子を肌で感じてきたおふたりは、そう話してくれました。変化のときを迎えた風の公園も、オープンから6年を経過したところです。期せずして『古き良き未来地図』も3年ごとに改訂をしてきたので、町の変化をとりこぼすことなく紙面に残すことができているとおふたり。順調にいくと次に発行するのは2021年の春、ちょうど善光寺御開帳の年にあたります。その頃、善光寺門前町にはどんな町並みが広がっているのか。そこが〝古き良き未来〟でありますように。

風の公園
長野市上千歳町1336
TEL 026-217-6819
ホームページ windpark.naganoblog.jp
*2019年3月頃まで工事中の予定、最新の情報はブログで確認


 

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