No.056
千野
麻里子さん
酒千蔵野杜氏
飽くなき探求心で挑戦を続ける女性杜氏
文・写真 Takashi Anzai
川中島町にある酒千蔵野(旧:千野酒造場)は創業1540年。全国で7番目に古い酒蔵とされます。
その杜氏・千野麻里子さんは杜氏就任2年目にして関東信越国税局酒類鑑評会で金賞を受賞したのをはじめ、数々のコンクール、品評会で栄誉ある賞を受賞してきました。千野さんがプロデュースした銘柄「幻舞」は、今では中々手に入らない逸品となっています。しかし、千野さんはチャレンジスピリットを持ち続けて酒造りに取り組んでいます。
「日本酒って何が一番難しいかというと、再現性なんですね。毎年同じ品種を同じように扱っても、そのお米の水分量やミネラル分が違うと、発酵の過程が変わってきます。ですから、同じつくりというのが一切ないんです。
今年はこういったタイプのお米だから、じゃあこういう仕込み方をしようとか、そういうことを考えていくのが難しさでもありますし、常に挑戦していけるというのが飽きさせないところだと思います」
千野さんは長野県内初の女性杜氏としても知られます。かつてはほとんどの酒造場で、蔵の中は女人禁制という習わしでしたが、千野さんの実家である千野酒造場でもそれは同じことでした。
「蔵の中には昔から入れてもらえませんでしたから、小さいころは家が何の仕事をしているのかまったく分かりませんでした。造り酒屋というのは漠然と中学くらいから分かりましたけど(笑)」
千野さんは蔵元の一人娘。小さいころから跡取りとして扱われてきたものの、それは蔵元としての跡取り。大学では、あくまで個人的に興味を持った醸造と微生物学を学び、その後、国税庁醸造試験所で2年間働きます。大学入学までは蔵人になるつもりはなかったといいますが、それ以降に出会った美味しい日本酒の数々が千野さんのその後の人生を変えることになります。
櫂を入れる千野さん。杜氏になってから14年が経った
「最初はうちのお酒が一番おいしいんだと思っていましたけど、いろんなところのお酒の味を見たり、利いたりしているなかで、すごく美味しいものが世の中にはありすぎて、こういったお酒をつくるにはどういったことをしたらいいんだろうという興味が湧いてきました」
実家に戻るや、前杜氏に頼み込んで蔵に入れさせてもらいますが、最初は本当に入れてもらうだけで、ただただ見ているだけだったといいます。
「酒造りって時間との勝負なので、みんな黙々と仕事をしています。『和をもって醸すと良いお酒ができる』という意味の『和醸良酒』という言葉があるんですけど、そこに私みたいな者が入ってしまうと、その和を乱してしまうんですね。だから朝6時くらいから始まる仕事をひたすら見ていて、仕事を始めてしまうとなかなか手で触ったりできないので、麹の香りを嗅いだりとか、どういう段階で何をするのかを見ていました。どのくらいの期間そうしたのか記憶にないんですけど」
あるとき、蔵人に1人欠員が出たのをきっかけに仕事も少しずつ任されるようになっていき、本格的に蔵人として酒造りに没頭していった千野さん。引退を考えていた前杜氏を引き留め10年間、その技術を教えてもらうことをお願いして、その経験値をすべて引き継いだ上で杜氏になることを決めます。しかし、それも職人の世界。簡単なことではありませんでした。
「前の杜氏は昔の方なので、教えるということはしないんですね。目で学びなさいという。今思えば、確かに難しいんですね、言葉で表現するということが。それだから感覚で覚えなければいけないものがたくさんあって。『この瞬間こうしましたけど、どうしてですか』って聞いても『そんなことは俺は知らねぇ、もろみに聞け』とか、『麹に聞け』とか言われていました。それはやっぱり香りだとか、感触だとか、目で見て学ばないといけないものだったんですね」
「自分のお酒をお客さんが飲んでいる姿を見たとき、そしてお客さんからおいしいと言われたときが嬉しい」と話す
杜氏の仕事はハードです。力仕事も多い上、冬場は2、3時間おきに麹の状態を確認しなければなりません。自分よりベテランの蔵人に指示する精神的な強さも求められます。女性杜氏としての大変さを尋ねると、千野さんは「それはみんな同じことをしているのですから、男女はあまり関係ないですね」と事もなげに答えましたが、唯一、悔しい思いをしたのは不当な評価だったそうです。
「杜氏になったときに、女性が杜氏っていうのを知って、『じゃあ甘いだろ』と先入観で飲まれてしまう。それを変えるのは大変だったというのはありますね。『あぁ女性がつくったからか、去年の方が辛口で美味しかった』って言われて、『去年も私がつくったんですけど』っていうときとかありましたし(笑)」
酒造りにはゴールがないと言いながら、実に生き生きとした表情を見せる千野さん。
「まったく使ったことのないお米と酵母を使って、自分が思い描いたようなお酒が出来上がって、搾って出てきたものが、これはうまいと思った瞬間。これは感激ですね。酒造りをしていて良かったと心から思えます」
旧酒蔵。創業1540年という歴史を感じさせる
千野さんが杜氏に就任したころは、特定名称酒が出荷量全体の数%しかありませんでしたが、現在は5割以上を占めるまでになっています。これは飽くなき挑戦心の賜物と言えるでしょう。
現在は、また新たな挑戦として、休耕田を復活させる活動もしています。
「美山錦とひとごこちを作っているんですけど、将来的には地元に飲んでいただくお酒はそのお米でつくることができたらいいなぁと思っています」
少人数のみ、予約制だが、工場見学も受け付けている
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会える場所 | 株式会社酒千蔵野 長野市川中島町今井368-1 電話 ホームページ http://www.shusen.jp/ |
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