No.01 SPECIAL TOPICS
今井
雄大さん
Book & Cafe ひふみよ
本とコーヒーと、飾らない店主と
文・写真 安斎高志
冷めてもおいしいコーヒーを
Book&Cafeひふみよの今井雄大さんは、言動に飾り気がありません。その人柄は店づくりにも反映されています。
「僕はとりわけたくさんのカフェに通ったわけでもないし、特に影響を受けたカフェもないんです。そのせいか、どこにも似ていない店だと言われますね」
かつて酒屋だった建物は土間がコンクリート打ちっぱなしのまま残されていて、半世紀近く前、工事中につけられたとおぼしき猫の足跡もそのままです。
お店に入ると、まず左手にある大きな白い本棚が目につきます。壁一面に本の表紙が並ぶこの本棚は飛騨高山の家具工房、藤井家具製作所に特注で製作してもらったもの。特注の棚に対する思い入れを尋ねると、今井さんは笑ってこう答えます。
「本の顔を見せてあげたいという気持ちがあったんですけど、それだけじゃなくて、冊数をそんなにそろえなくてもボリュームがあるように見せたかったというのもあります」
商売のスタンスも肩肘張ったところがありません。
「時間を気にせずゆっくりしてほしい。当然、回転は悪くなるし、ビジネス論で語ると、こんな店は続けていけないと思われるでしょうね(笑)」
ゆっくりしてほしいと思いつつ、経営のことを考えるとそうも言っていられないのがカフェ店主のさだめ。しかし、今井さんは徹底して長い時間過ごしてもらうことに気を割いています。
「ブックカフェですから、本を読みながらゆっくりコーヒーを飲んでもらいたいんです。だから、コーヒーは冷めてもおいしく感じられるものを選びました」
「ひふみよブレンド」は八ヶ岳珈琲工房で豆を焙煎し、オリジナルでブレンドしてもらっています。
壁一面に表紙が並ぶ本棚。暮らしと働き方に関する本が多い
暮らしと働き方を見つめる本
ひふみよの本は、暮らしや働き方にかかわるノンフィクションが中心です。本のセレクトは、今井さんの人生が紆余曲折の連続だったことが影響しています。
今井さんは群馬県の生まれ。実家から通える高校は1校しかなく、今井さんが進学したかったのは別の高校だったため、15歳から一人暮らしを始めます。その後、短大を卒業して、現在の店舗兼住居にたどり着くまでに20回近い引っ越しを経験しました。
「引っ越しをたくさんしたので、どんどん身軽になりました。特に考えてそうしていたわけではないんですけど、自然とそうなりますよね」
そのためか、ひふみよの棚には、段ボール箱の中で生活する青年のエッセイや12万円で世界を一周するルポなど、モノやお金がない生活を楽しむような本が数多く並んでいます。
働き方に関する本が多いのは、数多く転職をしているせい。電器店、ドラッグストアから山小屋、市場まで、さまざまな業種を経験し、こちらも20社ほどを転々としました。中にはブラック企業と呼ばれるようになった会社も含まれています。
「働いていた時はブラック企業と言う言葉もなかったし、こんなに生きづらいのは自分のせいなんだろうと思っていたんです。でも、本を読んでいるうちに若者を使い捨てにする仕組みがいけないんじゃないかと思えてきました。自分は使い捨てにされない生き方をしようと思いました。今思えば、最初からそれが分かっていて就職していたら違った人生を送っていたかもしれませんね」
そうした経験から、今井さんは20代の若者に読んでほしいと思う本を選んできたそうです。しかし、実際は今井さんと同世代の30代から40代が主な顧客層だといいます。
「若いときにこの本と出会いたかった、と思うものを用意しているんですけど、思ったよりお客さんの年齢層は高いですね。働き方の本を必要としているのは、これから就職しようとしている人とか、就職してこれからの生き方に悩んでいる人かなと思っていたんですけど、本当に必要としているのは同世代なのかもしれません」
もちもちとした食感が特徴の米粉クレープ。写真はナガノパープルをつかった季節限定メニュー
就職しないで生きるには
住居も職も転々としていた今井さんが、腰を落ち着けて店を開業することを決めたのは、現在の奥さんとの出会いと一冊の本がきっかけになったといいます。
「開業に踏み切ったのは結婚したいという気持ちが大きかったせいですね。それまで移動カフェをやりたいと思ってはいたんですけど、なかなか踏み出せずにいました。そんなときに雑誌spectatorの『就職しないで生きるには』という特集を読んだんです。そこには色んな生き方をしている人が紹介されていて、これは自分もやってみなくてはと焚きつけられました」
今でもspectatorはバックナンバーが全号そろえてあります。
「学校って就職以外の選択肢を教えてくれなかったんですよね。それしかないと思い込んでいました。だから、僕は自分が若いころに出会いたかったと思える本を置いているんです」
もっと若い人にも店を訪れてほしいとの思いから、今井さんは2014年春からクレープの提供を始めました。昨年冬から店を休業し、4ヶ月間にわたって福井県で修業して腕を磨きました。
生地には義父がつくる米を製粉した米粉を使用しています。クレープ用の米粉は、小麦粉に比べて製粉コストが5倍以上かかるといいます。それでも米粉にこだわる今井さん。そこには、クレープを通して米粉の認知度を上げて、ささやかでも食料自給率のアップに
貢献したいという思いが込められているそうです。
ひふみよのクレープはもちもちしていて、食べごたえがあります。クリームを使った甘いデザートから、サラダやハムなどが入った食事になるものまで、10種類以上を取りそろえています。
昭和30年代に建てられた酒屋さんを改修。古い木戸や土間はそのまま残されている
暮らしの延長線上に仕事がある
今井さんが開業のために物件を探し始めたのが2010年10月。そして現在の物件を借りることが決まってから僅か2ヶ月、暖房もない店舗に寝袋で住み込みながらセルフビルドによる改修を進め、オープンにこぎつけました。
「今振り返ると、なんであんなに急いでいたんだろうと思うんですけど、でも妻の両親に早く結婚を許してもらいたかったんでしょうね」
今井さんは恥ずかしそうに笑います。
知り合いがほぼいなかった長野市に開業することを決めた理由の一つは、善光寺門前の空気が気に入ったためでした。「男はつらいよ」のファンで、門前町への憧れもあったといいます。
「実際、来てみたら、空き家を探し始めてから半年間であっという間に顔見知りが増えていきました。音楽や本などに関しても、似たような感覚の人が集まっているような気がします。この街独特の心地よい空気ですね」
開業前から付き合っていた彼女と無事、2012年に結婚した今井さん。店舗の一部が住居スペースに変わり、少し手狭になりました。しかし、この建物で店を営み、そして暮らす毎日が気に入っているようです。
「昔は自宅で家業を営むというスタイルが普通でしたよね。暮らしの延長線上に仕事がある。自分でやってみて思うんですけど、時間を大事にできるんです。通勤時間に自分の時間を削られることもないですし」
ひふみよは立ち読みも、椅子に座って読んでも、もちろん買ってもOK。コーヒーだけでも、クレープだけでもOK。時間とお金の使い方は自由です。そして、いつ行っても、今井さんは嘘偽りなしに、お客さんに長居してほしいと願っています。
昨年冬から4か月にわたり休業して、福井県で修業を積んだ
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会える場所 | Book & Cafe ひふみよ 長野市三輪7-3-5 電話 026-405-9710 ホームページ http://bookcafe1234.net/ ブログ http://bookcafe1234.naganoblog.jp/ |
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