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No.275

宮下

さん

諏訪神社瓜割煙火保存会5代目会長

荒ぶる火の粉に大歓声
諏訪神社の手作り煙火奉納

文・写真 島田浩美

毎年9月23日に奉納される地元住民による手作り煙火

9月も半ばに差しかかると、長野市街地では各地の神社で秋祭りの奉納煙火(花火)の音が聞こえるようになります。善光寺の西側、長野市新諏訪町にある諏訪神社で毎年9月23日に奉納される「瓜割煙火(うりわりえんか)」もそのひとつ。盛大な仕掛けで大変に盛り上がる奉納煙火で、天保7(1836)年から続く杜煙火として平10(1998)年に市選択無形民俗文化財に指定されました。

この瓜割煙火、実はすべてが地元住民からなる「瓜割煙火保存会」のメンバーの手作りです。今回は、ちょうど花火の火薬を詰める作業が始まった奉納20日前と、奉納当日の瓜割煙火保存会を訪ねました。

その年、流行したキャラクターを使った枠花火の大仕掛けを仕込む。今年は12の木枠を使って「ミニオンズ」を制作。絵のうまい人がチョークでイラストを描き、その上から細い木の棒で花火の土台を形作っていく

火薬の仕込みは新諏訪町の隣、長野市茂菅地区にある信州

煙火工業(株)で、約1カ月かけて毎週日曜日に行われます。30人ほどの保存会のメンバーのうち、毎回集まれるメンバーが集合し、グループに分かれて噴き出し花火の火薬を調合したり、枠花火の仕掛けを作ります。

「近代になってからは火薬類取締法が定められて、自分たちでは火薬の取り扱いができなかったから、信州煙火の中でやらせてもらってるんだよ」

こう説明してくれたのが、保存会5代目会長を務めて3年目を迎える宮下 厚さん。23歳の時に瓜割煙火に仲間入りし、今年で40数年を迎えるベテランです。

市選択無形民俗文化財指定されている煙火のひとつで、境内での奉納の目玉でもある「瓜割の華」

「今では40代が若手とされているけど、昔は20代の若者のほうから頼んで仲間に入らせてもらってね。私も子どもの頃から花火を見ていて『かっこいいな』と思っていて入ったんですよ。30歳そこそこで会の先頭に立つ会長も任せてもらったんだけど、なにも知らなくてもみんなが助けてくれるから、お互いに協調して仕事を進めるという面で社会人として役立つ勉強をさせてもらったね」

「瓜割煙火保存会」は市の選択無形民俗文化財認定に向けた資料作成のために平成8年に立ち上がったもので、それまでは住民有志の「瓜割煙火会」の中で毎年会長を変え、社会勉強のために積極的に若手を会長に就任させていたそうです。保存会になってからは年齢も加味して数年ごとに会長を決めているそうですが、伝統的製法をもとに新技法も織り交ぜた製造方法は変わりません。

9月23日の奉納当日、出発式で集合写真を撮影。保存会の中の若い人は、執行部になって奉納煙火を仕切る

口伝と「見て覚える」方法で今に伝わる製造方法

「火薬の調合や付け方、湿らせ具合などのノウハウは個人で持っていて、紙に書いて伝えられるものじゃないんだよ。それに、導火線がつながっていないと火花は出ないし、本当にうまくいくか毎回緊張感の連続だね」

そう話す宮下さん。メンバーは各自で長年の試行錯誤の末、自分の方法を身につけているそうで、滝花火の調合を担当する宮下さんは「ゆったり火花を落としたい」というイメージを描いて火薬の配合を変えたり詰めたりしているそうです。

「40年もやっているけど、満足がいくのはいまだにできていない。毎年いろんな工夫をしてるよ」

長持ち衆は、地区内で上村と下村の二手に分かれて、ご祝儀を受けた家の前で滝花火と木遣りを奉納しながら町内を巡行する。かつてはご祝儀を出さなかった家に長持ちで突っ込んだり、車の上を駆け登ったりもしたのだとか

こう話すのは、境内での奉納の目玉である4つの唐傘行灯花火「瓜割の華」を仕込む児玉安弘さん。導火線で火が着くと四方に火の粉が飛び散り、閉じられた傘が開いて雨のように光が降り注いだ後、提灯(ちょうちん)のろうそくに火が点く仕掛けになっているこの花火は、特に火薬を詰めるのが難しいとされていて、児玉さんは「見て覚える」という方法で20歳の頃に町の先輩に教わったそうです。

「傘が開いて花火が終わる頃に提灯のろうそくがつかないと成功じゃないんだよ。そこを工夫しようと仕掛けを作っているんだけど、提灯の中の導火線の速度とか、4つの傘の感覚の美しさとかは火薬の詰まり具合によるんだよね。だから、大雑把な人じゃ難しいね」

180周年に向けて記念誌制作に励む宮下さん。そもそも長野市中心部で手作り煙火が盛んなのは、戦国時代から江戸時代に入って不要になった火薬の製造技術を伝承するために、村祭りの花火などとして町民に委ねられたからだそう

火薬の調整は手先の感覚がすべて。それゆえに、児玉さん以外の人ではこの仕込みはできず、ほかの人が手を出すと怒られるのだとか。それでも、昨年からは少しずつ新たなメンバーにもその技法を伝えています。

ちなみに、150周年記念で制作された『瓜割煙火誌』によると、瓜割煙火では火薬の取締りの関係で明確な書きものが一切残されませんでした。そのために古くから製法が口伝で教わり、近隣の村々と競合して技法向上に努めてきたそう。

今年は昨年の地震による崖崩れのために、神社裏手の郷路山に火玉が駆け上がる名物「大綱火(おおつなび)」の奉納はできませんでしたが、この山花火もまた独自の製造技術を持った名人がいます。

「ただ火玉が斜面を駆け上がるのではなく、ゆっくりと上がる美しさも考えなければいけない。綱火の塩梅は詰める人によって違って、これ、というのがないからおもしろいんだよね」

そう宮下さんは言います。

境内をぐるりと囲んだ「郷路の滝(ナイアガラ)」は、今年初めて奉納されたもののひとつ。大パイプを使い、4種類の火薬を組み合わせて仕込まれた

戦後、GHQに直談判して復活した奉納煙火

そもそも、この瓜割煙火のはじまりは、天保7年に疫病が流行した際、村内協議の上、硫黄または硝石の香りが疫病に効能があるとして奉納されたのが由来だそう。翌年以降は疫病が絶滅したことから、疫病予防を祈って毎年奉納されるようになったそうです。第二次世界大戦中は休止を余儀なくされましたが、昭和24(1949)年9月には復活を果たしました。

「じきに100歳を迎える保存会の顧問に聞くと、戦後しばらく、GHQでは神事にまつわる行事は禁止していたんだけど、朝鮮で英語を教えてから終戦で新諏訪に戻ってきた人が、『神事ではなく町民慰安のために花火をあげたい』とGHQに英語で直談判をしてくれて打ち上げたっていうんだよね」

こうした古老の話を楽しそうに語る宮下さん。そんな宮下さんだけでなく、花火作りに精を出す一人ひとりの保存会メンバーから、伝統ある瓜割煙火を支えている楽しさと誇り、そして自信が伝わってきます。

先述の『瓜割煙火誌』にも「諏訪神社の氏子民の秋祭りの花火にかける情熱はたいへんなもので、日常の遊びを倹約し、どこよりも多く、そしてすばらしい花火を上げることを信条としていた」とあります。こうした氏子民たちのかつての熱意は、今なお保存会のメンバーにも息づいています。

平成27年度の瓜割煙火の演目。郷路山での奉納ができなかった分、「庭花火」や「郷路の滝」など例年とは異なる新しい煙火の奉納も

例年以上に盛大だった境内の奉納と180周年に向けての決意

さて、こうして迎えた9月23日の煙火奉納当日。新諏訪公民館前で滝花火と木遣りによる出発式を行った長持ち衆は二手に分かれて町内を巡行し、夜になって参道の急坂を駆け上がると、滝花火や噴き出し花火の火の粉をかぶりながら境内へと入社してきました。いよいよ奉納煙火のはじまりです。

「今年は郷路山の山花火の奉納ができなかった分、境内の仕掛け花火はいつもとは違うものを用意していて盛大だよ」

その言葉通り、今年は恒例の花火に加え、「郷路の滝(ナイアガラ)」など今までとは異なる趣の花火も多く、詰めかけた多くの見物客を楽しませていました。最後には見物客から名残惜しさも混じった感嘆の拍手が起こり、保存会のメンバーからは安堵と達成感が感じられました。

「今年は例年とは違ったから少し間が悪かったよね」と話す宮下さんでしたが、保存会のメンバーからは無事終わった安堵と達成感が感じられました。

孫と一緒に煙火奉納を見守る宮下さん

ところで、この瓜割煙火、来年2016年は180周年にあたるそうで、宮下さんは、若者への継続の意も込めて『瓜割煙火誌』の180周年記念誌の制作を考えているそうです。

「最近はまた、瓜割煙火に興味を持つ人が増えて勢いは盛り返してはきているけど、次の世代への引き継ぎが課題だね。それに180周年の来年には、市の無形民俗文化財に指定された目玉の『大綱火』と郷路山のスターマインを復活させたいね」

こう話す宮下さんからは、なんとしても「大綱火」を復活させて瓜割煙火の伝統を後世に残していこうという満ちた決意が感じられました。

仕掛け花火「マタネ」で平成27年度の奉納煙火も幕を閉じた

(2015/10/09掲載)

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