No.110
tokiori
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
作品と季節の色に染まる小さなギャラリースペース
文・写真 (✳︎のみ)石井妙子 ✳︎以外の写真はtokiori提供
県庁から市立図書館へと続くゆるやかな坂道の途中。ガラス扉の奥にあたたかな光を宿す建物があります。
扉の前にはごくまれに、小さな看板が現れます。ここは、グラフィックデザイナーの本藤麻以さんが仲間と共同で使う事務所ビル1階で営むギャラリー「tokiori(トキオリ)」。木工、ガラス、料理、版画など多彩なジャンルの作家を招いた企画展やワークショップは、静かな注目を集めています。
この場所でしかできない表現を
この秋開催された展示は、「10日間の額縁屋『Rendez-vous(ランデヴー)』」。長野市でフレーム工房を営むモリヤコウジさんが制作した100を超える額縁が、tokioriの壁や床、カウンターを埋め尽くしました。
▲額縁を壁にかけるだけでなく床に置いたり宙に吊るしたり、自由なディスプレイが楽しい✳︎
素材も大きさも、厚みさえも一つひとつ違い、作品が映えることを第一に仕上げられたモリヤさんの額縁は、単体でも見入ってしまう簡潔な美しさがあります。そして、四方を囲まれた空白が自由な想像を誘うこともおもしろさ。額装済みのものも展示されていましたが、絵やポスターのみならず立体作品や植物に至るまで「こんなものも額装できるんだ」という驚き、額縁と組み合わせて生まれる唯一無二の世界はモリヤさんならでは。連日多くの人が訪れ、自分だけの額縁を見つけていきました。
筆者も過去何度か足を運びましたが、展示ごとに空間の表情をがらりと変えるのがtokioriの魅力です。今回は額縁の存在感はもちろん、ギャラリーの一角にモリヤさんの作業スペースが登場していて驚かされました。会期中、お客さんが持ち込んだものをその場で額装するアイデアから生まれたのだそう。
▲会期中限定で作業スペースがギャラリーに登場。モリヤさんは在廊中、ここで作業をした✳︎
「作家さんにはいつも、『tokioriでしかできないことをやりましょう』と話します。実験的な試みだったり、その人がずっとやってみたかったことだったり。単に展示をしませんかというより、“一緒に楽しみませんか?”という気持ちなんですよね。ディスプレイも、例えば絵は壁にかけてくださいといった決まりごとは作りたくないし、毎回違う作家さんとだからこそ空間の印象は100%変えたい。見に来てくれる人を毎回驚かせたい気持ちもあって」
と本藤さん。
▲tokioriを運営する本藤麻以さん✳︎
▲2017年に開催したのは、テディベア作家、古道具店主、ヘアサロンオーナーと異色の顔ぶれによる合同展。テディベアと、古い鋤(すき)をつなげたオブジェの共演でインパクトある空間に
一緒に作ること、相手にゆだねること
本藤さん自身もデザイナーという仕事柄、空間演出や展示のアイデアは豊富。毎回作家と相談を重ね、前述の通り「tokioriだからできる展示」を作りたいと考えています。
「作家さんにとっても新鮮な展示になればと思うから、お互いにアイデアを出し合って、一緒に作る感覚を大切にしています。私自身、“楽しいことを一緒にやりたい”という気持ちが根っこにあるんですよね。そのうえで、作家さんがやりたい表現ができる空間でありたい」
▲第1回目の企画展「はじまり」。ガラス作家、木工作家、グラフィックデザイナーの合同展示で、大地に雨が降って木が育ち、花が咲くイメージから「はじまり」を表現した。ディスプレイの丸太は本藤さんみずから軽井沢で調達
筆者の印象に残った空間は、林業を営む夫妻を招いて開催したワークショップ。本藤さんから「ここで何かやりましょう」と声をかけたものの、普段表現活動をしているわけではない夫妻には当初戸惑いがあったそう。そこで提案したのが、落ち葉を空間いっぱいに敷き詰めて「山」を再現すること。自然を切り取ったような景色をビルの中に作り、山から切り出した白樺の木でキャンドルホルダーを制作するワークショップを開きました。
「2人の本来のフィールドは山。室内だから簡単にまとめましょう、というのは違うと思ったんです。夫妻の山に対する愛を表現するために、山を再現するのはどうですか?と話したら2人も乗ってくれて。自分たちの山から、大量の落ち葉を集めてきてくれました。準備も片付けも大変でしたが、作品が魅力的に見えることの方がずっと大切。建物を壊すようなことがなければ(笑)、何をしても大丈夫です」
▲大町市で林業を営む荒山さん夫妻を招いたワークショップの様子。白樺の丸太を参加者が自由な長さにカットして思い思いの作品に仕上げた
言葉から広がっていくもの
展示の全体像を描くために、本藤さんが大切にしているのが言葉。それを象徴するのが、各イベントのタイトルです。
例えば、彫刻家の前沢泰史さんの展示タイトルは「BORN」。一つの木片から作品という命が生まれ出るイメージから名づけました。冬に行われた、ガラスクラフト作家のサトウカヨさんと銅版画家の中村眞美子さんによる展示のタイトルは「白の気配」。しんとした冬、日常から離れる静かな空気感、心地よい緊張感が伝わってきます。
▲彫刻家の前沢さんの展示「BORN」。木から削り出された人や生き物が豊かな表情を見せた
▲前後編に分けて開催した「白の気配」。第一幕はガラスクラフト作家のサトウカヨさんの作品を展示
「タイトルは、私から提案することが多いです。言葉が先に浮かぶ時もあれば、作品からイメージする時もあるけれど、感覚で決めているかな。聞いた人が興味を持ってくれそうな響きや、“声に出したいか”で考えることもあって。春に開催した『トキメキ展』なんかは、まさにそうですね(笑)。
タイトルから空間演出までが、一つにつながっていくイメージです。ギャラリーに入った瞬間に、タイトルにした言葉を体感してもらえる空間になっていたら嬉しい」
▲2018年春の「トキメキ展」。紙ものを手がける作家・AkaneBonBonさんとイラストレーター・ながはり朱実さんによる作品は心躍る春にぴったり
原動力は「相手をもっと知りたい」気持ち
運営側として関わるだけでなく、作る過程も一緒に楽しみたい。だからこそ、作品だけでなく「作家自身に興味があること」が本藤さんの企画の道しるべです。
「声をかける作家さんは、私自身がもっと知りたい、話してみたいと感じた人です。だから作品に魅力を感じても、すぐに具体的な話をすることはないかな。まずはその人を知りたいから。ちょっとずつ近づいて、タイミングを見計らって声をかけます(笑)」
企画展はおよそ年2回。ギャラリーとして見れば決して多い数ではありませんが、理由の一つが作家との出会いを大切にしたいという思いです。その出会いも、他のギャラリーなどへ探しに行くのではなく、すべて偶然。日ごろ、本藤さんのアンテナに触れたものから始まります。
料理家を招いた食のイベントのきっかけは、本藤さんが善光寺門前で行われた料理教室に参加して、主宰の料理家・Hikaruさんの人となりに引かれたことから。当初から「食をテーマにしたイベントを開きたい」と、tokioriにはキッチンを設置しています。イベントではゆったりと食卓をしつらえ、参加者と豊かな時間を楽しみました。
▲料理家のHikaruさんを招き、ハーブとスパイスをテーマにしたイベントを開催
刺繍作家の宮崎友里さんとの出会いは、とある忘年会。その後、tokioriを訪れた宮崎さんが見せてくれたポートフォリオが「それまでの刺繍のイメージと全然違っていて」興味を引かれたそう。少しずつつながりを深め、出会って1年が過ぎた頃、企画展が実現しました。
▲刺繍作家の宮崎友里さんによる展示は、ランプシェードの光で幻想的な風景に
誰かの縁をつなぐ場所を作りたかった
Tokioriのオープンは2017年。本藤さんのオフィスと友人の会社が共同で事務所を構えるタイミングでした。「物件探しの条件が、1階に多目的スペースを作れることだったんです」。そう考えるようになった経緯は、少し前にさかのぼります。
▲展示によって表情を変えられるよう、室内の壁はニュートラルなグレーで統一✳︎
ニューヨークでデザインを学んで帰国後、長野市権堂にあるパブリックスペース「OPEN」の一角に事務所を構えた本藤さん。個人事業主の事務所やレストラン、パティスリー、シェアオフィスなどが同居するこの場所はさまざまな人が行き交い、公私ともに多くの出会いがありました。
「新しく事務所を作ろうと考えた時も、“仕事仲間だけでなく、色んな人が訪れる場所にしたい”と自然に思いました。OPENという場所で私がもらったものを還元したいと言ったら大げさだけど、自分の事務所も誰かと誰かをつないだり、新しいものと出会えるきっかけになれたらという思いがあって」
共同で事務所を構えるグラフィックデザインと映像制作の会社・ズズサウルスの木下光三さんも、以前は別のシェアオフィスを使っていたことから本藤さんの思いに賛同。普段はそれぞれの目的で使用しているスペースですが、展示の際には本藤さんと一緒に企画したり記録係を務めたりと、tokioriを支える存在です。
▲2階に事務所を構える木下さん(右)はtokioriの企画や設営を相談する大切な相棒✳︎
「tokioriは事務所に併設しているけれど、仕事上の自分とは軸を分けているというか。好きでやっているからこそ、妥協したくないと思っています。例えば3カ月に一回はイベントをすると決めてしまうと窮屈だし、時間がないと何かを省いたり妥協したりしてしまうと思う。それは嫌なんですよね。縁あって出会えた作家さんと一緒にやるのだから、一つひとつ全力を注いでやり切りたい」
tokioriという名前は、場所を立ち上げる時に“定期的じゃなくて時折、何かやる場所にしたい”と木下さんらと話したことが由来。もう一つ、「季節に寄り添う展示をしたい」という思いもありました。
「例えば冬に見たらきれいだと思う作品は、冬に展示したい。あくまで私の主観なんですけどね。だからあまりせかせかせず、作品が合うと思う季節に照準を当てて計画しています」
▲銅版画家・中村眞美子さんの展示は冬に開催。何気ない冬の風景を映し取った作品が並んだ
時間の記憶をアーカイブする
「会期中は、基本的に会場に立つようにしています。来てくれたお客さんとおしゃべりしたり、作家さんを紹介したりする時間は、すごく楽しい。駅から離れたこの場所まで足を運んでくれて、時には県外から来てくださる方もいたりして。tokioriが、誰かが動くきっかけになったと思うと嬉しいですね。企画展のDMは毎回私が作るのですが、時々『DMを見て来た』と言ってくれる方もいて、そんな時は自分の仕事が届いている実感があります」
▲みずから制作するDMも本藤さんの想いを伝える。「10日間の額縁屋『Rendez-vous(ランデヴー)』」ではポスターを兼ねたDMを制作✳︎
展示もイベントも、作家や仲間と一緒に作るから楽しい。そんな本藤さんの思いが伝わってくるのが、tokioriのウェブサイトのブログです。イベント終了後に記録として綴られる記事には、展示の空気感やお客さんの反応、作家との何気ないやりとり、そして本藤さんが感じたことが細やかに、表現豊かに記されています。それを読むと行っていないイベントの空気感も伝わってきて、その時間や作家の人柄に触れたような感覚になります。
「アーカイブに残すことは作家さんへの敬意でもあるんです。一緒に新しいことを作っていく過程で、お互い相当な熱量をかけているんですよね。それをやりっぱなしにしたくない、きちんと残しておきたいと思うから。もう一つ、記録を読んでくれた人が私の知らないところでその作家さんに興味を持ってくれたり、別の展示を見に行ったりするかもしれない。記録が一人歩きして、誰かのきっかけになってくれたら嬉しいです」
美しいもの、おもしろいこと、おいしいもの。「知ってほしい」と思う何かが現れた時、tokioriの扉は開きます。その瞬間をお見逃しなく。
<info>
tokiori(トキオリ)
<お問い合わせ>
長野市県町482-2
ホームページ https://tokiori-agata.com
インスタグラム https://www.instagram.com/tokiorinsta/
企画展やイベントを不定期で開催。開廊時間や休日はホームページとインスタグラムで告知。
※レンタルスペース利用は受け付けていません