No.236
笠原
久美子さん
笠原十兵衛薬局 18代店主
女性が守り続けてきた
伝統の目薬
文・写真 くぼたかおり
誕生の経緯に、軟膏あり
天文12(1543)年創業の「笠原十兵衛薬局」は、かつて「眼界堂 笠原十兵衛薬房」という名で、善光寺の参拝客を中心に、古くは軟膏状、明治時代からは軟膏を何百倍にも水で薄めた液体の「雲切目薬」を製造・販売してきました。
薬が乏しい時代には、目薬や痔の薬、傷薬として使われていたこともあります。雲が切れるかのごとく強い刺激が特徴で、思わず出てしまう涙で悪いものを洗い流す作用があったといわれています。
18代目店主の笠原久美子さんは初めて雲切目薬を使ったときのことをこう振り返ります。
「私が受験シーズンの時、勉強をしないで寝てばかりいることを心配した父親から、目薬をつけてスッキリしなさいと言われたことがありました。その時初めて雲切目薬を使ったのですが、スーっとする刺激が強すぎて、目を開けられなかったんです! 刺激が落ち着くのを目を閉じて待っていたら、結局眠ってしまったなんて思い出がありますね(笑)。それでも翌朝は目がスッキリして、気持ちが良かったのを覚えています」
笠原家では、家伝薬の雲切目薬を製造・販売するのは、女性の仕事とされてきました。代々姑から嫁へと引き継がれていたため、男性で目薬の作り方を知る人はいません。笠原家の女性たちは、この目薬を”家伝薬”ならぬ”家内薬”と呼んでいたそうです。
笠原十兵衛薬局は幾度もの火事で焼けてしまったという。それでも目薬は伝え継がれてきた
存続のために奔走した母の姿
久美子さんの母・恭子さんはとても良く働く女性で、多い時には年3万本もの雲切目薬を作っていたそうです。忙しく働く母の傍らで、久美子さんは箱折りの手伝いなどをしていました。
数百年も続いた目薬に暗雲が垂れ込めたのは、昭和57(1982)年のこと。薬事法の改正により、薬局で目薬の製造をすることが禁止されてしまったのです。改正された薬事法に沿って製造するには、動物実験をして有効性や安全性を確かめたり、何億円もする無菌室などを作らなければならないハードルがありました。その結果、雲切目薬は販売中止に追い込まれてしまったのです。
しかし、ここで諦めなかったのが母・恭子さんでした。ツテを頼って奔走した結果、点眼薬製造メーカーである「佐賀製薬」が引き継いでくれることになり、平成7(1995)年ごろ「雲切目薬」が復活しました。
「目薬の復活は家族にとって幸せな出来事でしたが、世の中の反応は違いました。すでに無くなった目薬という認識だったんですね。そこから7~8年、売れない時期がありました」
そんな苦難の時期に、突然終わりが訪れます。首都圏の新聞に紹介されたことがきっかけで再び注目が集まり、売上が伸びていきました。
現在は更に中身が濃くなった「雲切目薬α」(1,260円・店内価格は1,200円)が販売されている
家族の絆を深める、大切な目薬
母と同じ明治薬科大学を卒業し、薬剤師になった久美子さん。もとは薬局を継ごうという強い意思はありませんでした。18代目となった当初は不安や迷いもありましたが、店がある伊勢町の人たちに支えられてきたといいます。目の前には近隣で名物おじさんとして知られる八百屋の店主がいて、久美子さんが店を空けている時にお客さんが訪れると、代わりに接客をしてくれるとか。
ちょうど取材中に、ひとりの年配女性が店を訪れました。「くみちゃん、覚えている?」と久美子さんに話しかけたその女性は、かつて住み込みで笠原十兵衛薬局で働いていたそうです。久しぶりに善光寺に訪れた女性は、せっかくだからと久美子さんがまだ幼かったころに撮影した1枚の写真を届けるために訪れました。そして「久しぶりに目薬を買っていくわ」と、一緒に訪れた友達にも買いましょうよと声をかけていました。そこには、時を経ても変わらず雲切目薬を愛して、支える人の姿がありました。
今年、娘さんも同じ大学を卒業して薬剤師となりました。そんな話をしている時の久美子さんは、とてもおだやかで、うれしそう。
「雲切目薬には、家族の思い出がたくさん詰まっています。この目薬を残してくれた母はきっと、私やその先の世代を思ってがんばってくれたんだろうと思います。だからこそ、目薬は私にとって宝物なんです」
笠原家の女性に代々伝えられた目薬は、家族の絆を深める存在なのかもしれません。
取材中に訪れた女性が持ってきた写真に写る、幼いころの久美子さん
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会える場所 | 笠原十兵衛薬局 長野市伊勢町319 電話 026-232-2330 ホームページ http://w1.avis.ne.jp/~kasahara/ |
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