No.214
青木
由里さん
脚本家・演出家・役者/NPO法人劇空間夢幻工房 理事長
演劇を通して感謝と笑顔を届ける
文・写真 Chieko Iwashima
みんなの笑顔のために
長野市を中心に活動する「劇空間夢幻工房」は、地方から芸術を発信することを目指して1999年11月に誕生した劇団です。
長野の地で舞台創造の専門集団として活躍し、これまでにライブハウスや空き倉庫など、敢えて劇場ではない空間での公演に挑戦してきました。劇団本公演以外にも、児童劇やショートコメディなど、さまざまなジャンルの舞台を上演。毎年夏には、一般市民も含め100人以上が参加する大規模な野外劇「ナガノオープンエアシアター」も開催し、その観客動員数は毎回700~1000名に上ります。
その中心にいるのが、同劇団の理事長で脚本・演出を手掛ける青木由里さんです。
2014年8月に小布施ハイウェイオアシス野外ステージで上演された「0 zero version2014」。多くの人を魅了した(写真提供:イメージバンクナカジマ)
「私のモチベーションはお客様とスタッフの笑顔。それを想像すると、どんなに辛いことも平気です。公演が終わって、会場を出て行くお客様が笑顔になっているのがすっごくうれしいんですよ。そのために何をしようといつも考えています」
夢幻工房のステージは、歴史から現代に学ぶような普遍的なテーマを多く扱っています。
「人間とはなんぞやというのがテーマです。人間の本質や生きる力を湧き立たせるような演劇を目指しています」
2015年3月末に行われる本公演「マレビト」は、長野市鬼無里の鬼女紅葉伝説からヒントを得て作った物語です。現代に通じる諸問題を、親子愛を中心につづった内容で、ストーリー展開、演技、音楽、衣装、舞台美術…、隅々まで、すべてが見所です。
「劇中はエンターテインメントとして思い切り楽しんで感動してもらいたい。でも、家に帰ってふとしたときに、振り返って考えてもらえるきっかけになれたらと思っています。ちゃんとストンと心に落ちるような舞台になるように、まだまだ勉強中です」
2014年3月の劇団本公演「川中島、カケル!~戦国の国人物語~」は、北野文芸座で開催(写真提供:イメージバンクナカジマ)
演劇とともにあった人生
青木さんが演劇の世界に進んだのは小学校4年生のときでした。
「小さいときから表現することが大好きで、近所のお祭りで率先して踊ったり、学校では友だちを集めて劇をやったりしていました。そんな私を見ていた近所の人にすすめられて『日本児童劇団』に入団したんです」
その当時、千葉県に住んでいた青木さん。毎週一人で電車に乗って東京へ通いました。
「一番印象的なのは、熱が38度も出ていたのに稽古を休まなかったこと。あれで自分がやると言ったことをやり通す根性がついた気がします」
中学、高校では演劇部の部長として活躍しました。高校2年生のときには「劇団東俳」に入団し、主役にも抜擢されるなど多数の舞台に出演。結婚を機に退団した後、旦那さんの実家がある長野市に越してきました。
「長野で演劇をやるつもりはなかったんですが、ちょうど長野オリンピック前で文化活動を盛り上げようと長野市で劇団が立ち上がったんです。何か手伝えることがあればと話を聞きに行ったらオーディションを受けることになって、そのまま入団したんです」
2015年2月に長野ホテルメルパルクで行われた、清水まなぶさん(ナガラボ№156で紹介)主催の「Sweet Valentine 2015」に演出出演。フラッシュ・モブからのプロポーズに会場全体が感動!
その「劇団くるま座」は東京から招へいされた演出家・くるま大八さんが座長を務める本格的なものでした。青木さんはそこで約10年の間、年間50ステージ以上に出演しました。コアなファン層への人気があった劇団でしたが、青木さんはもっとすそ野を広げ、大勢の人に演劇を見てもらいたいという思いが強くなって退団。その後、自身が中心となって劇空間夢幻工房を立ち上げました。
「劇団を立ち上げたきっかけは、自分が胃がんになったこともあります。そのとき私は37歳で子どもは小学5年と中学1年。10年間、演劇も子育ても家事も仕事も、どれも完璧にやろうとして必死だったんです。以前から胃潰瘍を繰り返していましたが、命と向き合って自分が本当にやりたいこと、やるべきことは何なんだろうと考えました。そして演劇を通してもっと社会の役に立てることをしたいと思ったんです」
以前は優先順位が全部一緒だったという青木さん。以来、自分にストレスをかけない生き方を心がけ、何でも完璧にやろうと無理をするのはやめたといいます。
稽古中の青木さん。清泉女学院短期大学国際コミュニケーション科の非常勤講師も務めた
演劇をツールとした社会貢献
公演プロデュースや台本の執筆、演出、役者などいくつもの役をこなしながら、表現を通じての教育活動にも取り組んでいる青木さん。毎週日曜日に行っている、表現とコミュニケーションを主体にしたワークショップ「夢幻∞アクティビティーズプログラム」は、これまでに1500回以上開催されてきました。これは、音楽や歌、ダンスなど、さまざまな表現を体感しながらコミュニケーション力をアップしていこうというものです。こうした取り組みは行政や学校、地域主催のワークショップでも依頼があります。また、現在は中野市の職業訓練センターでの就活支援講師も務め、社会人として必要なコミュニケーション力を学ぶツールとして演劇を取り入れています。
「自己分析からはじまり、前向きな考え方の癖付けや人と話すときのアイコンタクトのとりかたなどを実演してもらっています。演じてもらうと、早く実感できて分かりやすいんですよ」
青木さんは、さらに学校教育の場面にも演劇を生かしたいと語ります。
「近年、子どもたちのコミュニケーション力の低下が問題視されていて、文科省でも重点に挙げられています。一緒になってやってくれる人を呼びかけて、チームとなって長野で波及させていきたいです」
金子みすずの詩から、即興で劇を組み立てているところ。こうした稽古を通してメンバーの仲を深めながら一つの目標に向かう
2008年から劇団をNPO法人という形にしていますが、それも青少年教育をはじめとして地域・社会へ協力したいという思いからだったといいます。
「社会があっての私たちなので、社会からもらったご恩をお返しするために、私ができることをやっていきたい。きれいごとだと言われるかもしれないけれど、本気で思っています。長野市に新しい芸術館も完成しますし、演劇の面白さを広めながら地域へ貢献していきたいです」
私たちは日々、自分以外の他者に対して何かしら表現していて、人生それ自体が演劇なのだという青木さん。そう思うと、演劇を知るということは自分を知ることにつながることのような気がします。一人ひとりが自分が主役の人生をより輝かせていくことができれば、地域も輝く。青木さんと話していると、そんな可能性に胸が熱くなりました。
劇団員、準劇団員、研修生、キッズなど細かくクラスを分けて意識の高い役者を育成
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