No.207
辻
明紀さん
戸隠神社 神主/鷹明亭辻旅館 代表取締役
神に出会える里、戸隠
太々神楽を継承する
文・写真 Rumiko Miyairi
御神徳を広める太々神楽
「戸隠神社の太々雅楽は舞いも楽もすべて神主がやっています。神楽は、子どものころから観ていましたが、習ったのは神主になってからでした。戸隠の人はみんなこの太々神楽が好きですよ(笑)」
ニコニコと話すのは、戸隠神社の太々神楽の伝承者である辻明紀さん。辻さんは、戸隠神社中社の近くで鷹明亭辻旅館を経営しながら戸隠神社の神主でもあります。
古来、戸隠山は天の岩戸が飛来してできたとされ、その神々をお祀りする山岳信仰の社でしたが、平安時代のころは修験道の霊場とし「戸隠山顕光寺」と称されました。辻さんによると辻旅館の歴史は、そのころからの宿坊として始まったといいます。明治時代に入ると、寺は神仏分離によって神社に変わりました。それに伴い辻さんの家も宿坊から旅館となり、代々神社に仕える神職も司るようになりました。
現在辻さんは、社殿で神々に献上するための太々神楽の舞い手や楽を奏しています。
「銀座と長野市のご縁づくり」のひとつ、シナノゴールドの木の植樹祭が2014年12月17日に銀座で行われ戸隠太々神楽を奉納。座を清める「身滌の舞」を舞う辻さん
戸隠の太々神楽は全部で10座。舞手、伶人はすべて戸隠の神職が受け持ちます。まず、翁面を付けた神として舞う、降神の舞(こうじんのまい)。そして、水継ぎの舞(みずつぎのまい)、身滌の舞(みそぎのまい)、巫子舞(みこまい)、御返幣の舞(ごへんぺいのまい)、吉備楽の舞(きびがくのまい)、三剣の舞(さんけんのまい)、弓矢の舞(ゆみやのまい)、岩戸開きの舞(いわとびらきのまい)と続き、最後は直会の舞(なおらいのまい)という流れに沿って執り行われます。
五穀豊穣や無病息災など、それぞれの舞に意味がある太々神楽なので、舞い手になる神主もそれぞれの役を引き受けます。
戸隠の人が愛すこの太々神楽は、今年、長野県民俗無形文化財に指定される予定です。神事としての太々神楽ですから、その舞いは厳かに執り行われます。ですから、緊張感がみなぎる神聖な舞いとして元来、門外不出の社殿だけで行うものでした。
「ドイツとオーストリアで日本の文化を紹介する機会があってこの神楽を舞ってきました。いろいろな考え方があるかと思いますが神の威徳を広げるということで今までとは違って出張のスタイルをとったんです。戸隠の文化としても誇れるものですから、これからの御神徳の高揚につなげていきたいですね」
戸隠のルーツを描きだす厳粛な太々神楽は、この地の歴史を語り、戸隠の誇りとして舞い継がれています。
戸隠太々神楽は全部で10座。戸隠神社の神主がそれぞれの役を引き受ける
「戸隠」という特別な時間と空間で
雪深い戸隠は、旅館から目と鼻の先にあるほど近い位置にスキー場もあります。そんな環境で育った辻さんは、2才からスキーを始めて、まるでスキー場は庭のようだったといいます。天気さえ良ければスキー場で遊べるとばかりに、幼いころから毎日の天気が気になり出し気象学に興味を持ちます。そして専門的な勉強をしようと進路を考えました。
しかしその矢先、戸隠神社の聚長をしていたお祖父さんが亡くなりました。
「今思えば、神主になるという定めを示してくれた出来事だったように思いますね。確かに、長男で跡取りだからっていうことはありましたが、将来まったく別の職種に就きたいと思っていましたからね」
このとき神主になることを本気で思い立ち三重県伊勢市にある大学に進学します。そこで神道学を学び卒業後、奈良県桜井市の大神神社に奉職します。そののち生まれ育った戸隠に戻り神職に就きました。
「これから、どんどん若い世代がここに来てくれることを願っています。戸隠は、昔からの信仰に基づく文化や古い資産、あるいは国が保存指定をするほどの素晴らしい自然がある空間なんです。そんな戸隠に来て現代の日常にはない『戸隠ならではの時間』を過ごしてもらいたいんです」
辻さんによると豪雪地帯の戸隠は、どんなに大雪の朝でも早朝から雪掻きがされ道路は快適だといいます。訪れる人の足元を守り、温かくもてなしたいという地元の気持ちの表れだと感じました。
「旅の醍醐味は日常にはないものを感じられることだと思うんです。大体それを、古い建造物やご当地の食事などが演出してくれますけど、戸隠は、戸隠ならではの時間や空間を感じてもらえるように、地元の人の温かい心がおもてなしします」
トレーラーハウスを2台つなげて作ったスキー場のレストハウス「ゾゼール」。メニュー一押しはかつ丼!
戸隠人の戸隠風「温かいおもてなし」
戸隠の冬は、熱く温かいイベントがたくさん用意されます。戸隠では毎年お馴染みとなった「The べ~そ(雪の上の大酒宴)」は、今年3月7日土曜日、午後7時から9時までの開催が決まりました。
会場でオリジナル「べ~そカップ」を買うと、「べ~そ鍋」という戸隠ならではの鍋のほかに、ワインや日本酒なども飲み放題になります。このイベントは中社観光三組合が主催。辻さんはその戸隠観光協会の専務理事でもあることから、企画当初より関わって活躍しています。
「最初、戸隠雪上謝肉祭といってスキー場で肉の丸焼きをして、みんなで酒を飲んで温まろうって始めたんです。雪像も作るので毎回、子どものころからの雪遊びが生かされていますね。そのうち、揃いのシャツを着たり、仮装するお客さんも来始めたり、まさに”べーそたける”イベントになりました(笑)」
“べーそたける”という言葉は戸隠弁で調子づく、また、調子に乗って騒ぐ、という意味を持つそうです。イベントのタイトル「The べ~そ」は雪の中で賑やかに楽しもうと辻さんが考案し、ほかでも、辻さんのアイデアで戸隠弁を用いたネーミングがあります。
「えんでこう」という名称は、戸隠スキー場中社ゲレンデの公衆トイレ。この”えんでこう”には、歩いておいで、という意味があります。数年前にオープンした中社ゲレンデのレストハウスは「ゾゼール」。”ぞぜる”は、甘えるように駄々をこねるようなときに使う言葉だといいます。
あれは遊び心で名付けた、という辻さん。少し照れながら戸隠に対する熱い思いをこう話します。
「戸隠には1200年を超える歴史があります。先人たちが、その時代ごとに努力をして続いてきたものなんです。だから戸隠の魅力は、受け継いできた戸隠人(とがくしびと)にあるんです」
「The べ〜そ」では、その年流行った人物などをモチーフにして雪像も。辻さんが造った力作のべーそマイケル![写真協力・辻明紀さん]
今年の4月26日から5月26日まで戸隠では、戸隠神社式年大祭が行われます。
この期間中、渡御の儀、柱松神事、還御の儀などの神事を中心に、また、辻さんも舞う太々神楽も連日奉納し祈りを捧げます。
長野市善光寺で仏に、そして戸隠で神に出会う、そんなありがたいご縁が感じられる年になりそうです。
戸隠太々神楽は式年大祭期間中、戸隠神社の中社で奉納される
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会える場所 | 蕎麦会席の宿 鷹明亭辻旅館 長野市戸隠3360 電話 026-254-2337 ホームページ http://oumeitei.net/ FAX 026-254-2338 |
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