No.104
伊藤
倫さん
詩書家
詩を綴るように書にしたためる
文・写真 Chieko Iwashima
アクロバティックな書道パフォーマンス
親子連れでにぎわうイベント会場でひときわ異彩を放ち、迫力のライブ書道パフォーマンスを見せてくれた詩書家・伊藤倫さん。
紙に向かって正座して手を合わせ、ジャンベの生演奏に合わせてバケツに墨をドバドバと注ぎ込み、全身を使って筆を走らせる。その様は初めて見る何かの儀式のようで目が離せませんでした。
このライブ書道パフォーマンスをはじめ、書を通して地元でさまざまな活動を展開している伊藤さん。筆遊びのワークショップは3歳くらいの子どもから、お年寄り、障がいをもった人など幅広い層の人が自由に楽しんでいます。
9月に権堂の広場で行われたライブ書道。2011年から2013年の冬季は白馬五竜で外国人観光客に向けて毎週ライブ書道を行っていた
伊藤さん曰く、筆は線一本でも多彩な表現ができるといいます。
「筆遊びでは幼児向けの絵本を読みながら、それに沿って筆で表現してもらうんです。例えば動物の鳴き声の絵本を題材にすると、『ガオー』って線と『ワンワン』って線は違います」
「子どもたちは書くのが早いですね。書きたいって思ったら書く。当たり前の行為だと思いますが、その素直さが素晴らしいと思います。大人は戸惑う人が多いですが、講座に長く通ってくれている生徒さんは、拾った木の枝や葉っぱを持ってきて、それで書いてみるってことをしたりする人もいて、私も刺激をもらっています」
3つの漢字それぞれに子どもに一筆入れてもらって完成。その後、プレゼントされた
詩から書へと変化した表現方法
伊藤さんの創作活動は詩を書くことから始まりました。
「大学生のころ、ずっとノートにペンで詩を書き続けていました。相手が人間だと、自分を拒否される場合もあるけど、ノートとペンは受け入れてくれる。辛い人たちに寄り添うような、共感とか共鳴とか共存とかを軸に詩を書いていました」
頑張れなくて落ち込んでいるときに頑張れと言われると余計に辛くなったり、眠りから覚めるときに強い光をあてられると眩しくて目が明けられない感覚に陥ってしまうことがあります。伊藤さんの詩はそんな風に力任せに励ますのではなく、同苦し、そっと隣にいてくれるようなものでした。
「詩人の谷川俊太郎先生と何度か手紙のやり取りをしていたんですが、あるとき先生から『一人ぼっちのあなたが、一人ぼっちの誰かに贈る詩を書いてあげてください』って言われたんです。それからは路上に出て、人に贈る詩をつづるようになりました」
そうして感性が磨かれていった伊藤さんはコンテストで多数入選し、詩の才能を開花させました。転機となったのは、2004年にスペインで行われた「国際ヴィエンナーレ」という日本文化の発信イベント。そこにも詩を出展していた伊藤さんは、会場で見たライブ書道パフォーマンスに衝撃を受けました。
「琴に合わせてライブで書道パフォーマンスをやっている方がいたんです。そこで書の圧倒的な迫力に魅せられて、ペンを筆に持ち替えたんです」
その後出会った書の先生には、筆ではなく割り箸や爪楊枝を使った創作をすすめられ、いわゆる一般的な書道は習いませんでした。その間も路上で詩を書き、独自のスタイルを模索し続けます。
子どもの名前を書いてほしいと頼まれることが多く、権堂のイベントでも長蛇の列ができていた
「だんだん、詩を書かずに筆だけで表現することに目覚めていきました。例えば、雨という漢字一文字でも、激しい雨なのか、やさしい雨なのか、花という一文字が、桜なのか、ひまわりなのかをイメージできるような…。それから路上には出ずに作品作りをするようになりました」
先生について書をはじめてから、たった3カ月後、伊藤さんの作品は篠ノ井にある書家・川村驥山の書を収蔵する美術館・驥山館(きざんかん)の全国書初め展で特選に選ばれ、以降3年間特選をとり続けました。そのほか、黒沢明監督生誕100周年記念「生きる」入選(銀座クオリア)、産経国際書展2年連続入選(東京都美術館/池袋サンシャイン)、日本武道館高間杯日本武道館賞受賞など数々の受賞歴があり、その名は広く知られていきました。
BGMが琴や三味線ではなくソウルミュージックなのも伊藤さんの特徴
長野から発信していきたい
伊藤倫という名前は詩を書き始めた頃から使っているアーティスト名。
倫には、”人間の倫・自分の道・私の未知”という意味を込め、それを探求し続けているといいます。
「表現するということ自体が自分にとって大事なことなので、そのツールとして書道というものを選んでいます。1枚1枚、どの字も違うけれど、どれも自分の字。そこが辛いけどおもしろかったり、その偶然性も含めて、書の魅力だと思います」
ここまでほとんど我流で書き続けてきた伊藤さんですが、その姿勢は常に謙虚。最近は、さらに深みや説得力を出すために基礎をやり直しているそう。
そして、ずっと大切にしているのは長野で作り続けることだといいます。
「どうしても、東京にいなきゃ何もできないとか、すべての中心が東京って考える人もいますが、私はそうではなくて、長野から中央、そして海外へ発信できる作品作りをしていきたい。長野でしかできないことってたくさんあると思うんです。ここで培ったものを発信していきたいですね」
自分の作品作りにのみ没頭するのではなく、地域に出て人と関わっている伊藤さんだからこそ、その思いは強いのではないでしょうか。
意図せず紙に垂れた一点の墨さえも、美しい詩のように意味を感じさせる伊藤さんの書。
私のなかでまた1つ、長野の誇れるものが増えました。
ながの東急カルチャーで創作書道の講師も務める。飲食店の看板の文字や商品のパッケージのロゴデザインなど商業書道も手掛け、広告のプロデュースも行っている
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