まわりを見回したら空き家ばかりだった
長野市の、とくに善光寺門前は今や全国から「リノベーション」という切り口で観光客や視察が訪れるほど、リノベーションが定着しつつあります。その立役者のひとりが2010年に市内で不動産屋「MYROOM」を開業した倉石智典さんです。
それ以前も、02年のナノグラフィカ(編集企画室・喫茶・ギャラリー)、04年のリプロ表参道(複合商業ビル)、05年のぱてぃお大門蔵楽庭(複合商業施設)、まちなみカントリープレス(出版社)などがリノベーション物件として挙げられますが、その動きは緩やかなものでした。
それが09年以降、リノベーションで生まれた店舗や事務所などは100を超えるまでに至っています。それまで空き家があっても持ち主と借り主をつなぐことができないまま放置されたり、はたまた駐車場になったり、そんな状況だったところに倉石さんが空き家専門の不動産屋として、空き家の持ち主と借り主のつなぎ手として、登場したのです。
長野市内の工務店に生まれ育ち、大学進学で上京、卒業後は神奈川県でマンションや住宅を仲介する不動産の仕事に携わっていた倉石さん。しかし、おおよそのことを覚えてしまえば、あとは自宅と会社との往復の日々。そんなとき興味が湧いていたのが〝家族〟でした。高校を卒業するまでの長野の印象は面白くないところ。早く外に出たくて、そして出てきた東京は刺激的だったそうですが、将来、家族を持つことを考えたとき住みたいと思ったのはその長野でした。仕事を辞め、実家に戻って兄が継いでいる工務店で働くことを決めたのです。
仕事は主にハウスメーカーの下請け。家をつくること自体は面白いし建築も覚えはじめたものの、お客さんと顔を合わせるわけでもないし、かといって自社で一から家を建てるかというとハウスメーカーのコストパフォーマンスには勝てない。「これからはリフォームか?」。家業に携わって6、7年が経った頃、そう考えを巡らせてまわりを見たら、あるのはたくさんの古い空き家でした。もったいない、直して使えたら面白いと思い立ちます。ちょうどその頃、東京R不動産の書籍を読み、「これを長野でもやりたい」と、家族の反対を受けながらも不動産と設計、施工を請け負うMYROOMを立ち上げたのです。
きっかけは空き家見学会
10年5月にリノベーション物件「KANEMATSU」に入居し事務所を構えましたが、はじめたばかりで物件があるわけでもなく、事業が順調に動き出したわけではありません。振り返れば最初の1年で成約したのはたった2軒、「それでも焦る気持ちはなかった」と倉石さん。日々、カメラと住宅地図を携えて自転車でまちをまわり、面白そうな空き家を見つけては登記簿謄本を取って大家さんを当たるものの、簡単に鍵を預けてはくれません。
それでも、「〝面白空き家〟に出会えることが楽しくて仕方なかった」と思い返す倉石さんは、目尻にいい笑い皺を寄せて心から楽しそう。その頃も手づくりした面白空き家のスクラップブックを眺めながら楽しくてついひとりでニヤニヤしていたら、当時KANEMATSUの管理運営をしていた有限責任事業組合ボンクラのメンバーでシーンデザイン建築設計事務所の宮本圭さんと、manz designの太田伸幸さんらが面白がってくれて、連れ立って空き家を探したり見に行ったりしていたそう。順風満帆ではなかったものの「面白い」と思ってくれたことが励みになったといいます。宮本さん、太田さんとは、のちに「CAMP不動産」を立ち上げることになります。
軌道に乗るきっかけとなったのは10年の秋、善光寺門前の西之門町青年部が中心となって開催した空き家見学会に参加したことでした。参加者も多く充実した会でしたが空き家の紹介や仲介には宅地建物取引士の資格が必要です。そこで第2回からは有資格者の倉石さんも主催者側として参加していくことになったのです。
当時、開業して半年、MYROOMでは未だ具体的な案件は進んでいませんでしたが、それでも倉石さんの存在は門前を賑わしていました。「面白い不動産屋が現れたぞ」と。前年には西之門町にイタリアンのこまつや、西町にギャラリーカフェのMAZECOZE、大門町にフリースペースの豆蔵、東町にシェアオフィスのKANEMATSUやフリースペースの花蔵がオープンするなど、リノベーションの熱がまちに帯びてきたときでもありました。
長野市は県庁所在地とはいえとても狭いまち。必然的に人と人とがつながり、歯車が動いたのです。空き家見学会はその後も毎月1回開催され続け、18年12月までにおよそ100回を数えるまでになりました。
建物やまちの履歴から場所を見立てる
現在は20軒ほどの空き家の鍵をお預かりしている倉石さんですが、その不動産情報をウェブで公開することはなく、問い合わせがあるとまずは空き家見学会に参加してもらいます。空き家見学会で必要以上に建物のことを説明したり、斡旋したりすることはありません。というのも、そもそも通常の不動産探しと異なり、すぐに入居できるような状況の空き家もありませんし、地域のつながりが強い善光寺門前で暮らすことは、マンションの1室を借りることとは勝手が違います。
物件案内、リノベーションの事例案内、まちの歴史案内をからめながら、まずは空き家の状況やリノベーションの実情をつかんでもらうとともに、空き家を借りることがどんなことなのか、善光寺門前がどんなところなのかを知ってもらうことを大切にしているのです。
見学会のあとに電話営業することもありません。お客様が興味を持って名前を名乗り、自分の背景を語ってくれる姿を見て、こっそりと本気度を見極めているのです。そうして信頼関係を築いていってはじめて建物のこと、大家さんのことを紹介していきます。ネットで間取りや家賃が即座にわかる形に慣れてしまった人には面倒に感じるかもしれませんが、この過程こそが大切で、成約していく確率も非常に高く、かつ長く借りてくれる可能性も高くなると倉石さん。
「家賃が高くても借りてくれるフランチャイズは断りますが、資金がわずかでも建物に合った面白い事業を継続してくれて、次の人を呼び込んでくれるような人であれば、家賃や工事費を下げて応援することもあります。1年では赤字でも長い目で見れば」。
長く借りてもらうことが借り主や大家さん、ご近所さん、そして倉石さんを含むまちのみんなの利益に比例するのです。
現在、未来の借り主のウェイティングリストはなんと約100人。倉石さんは未来の「借り主」の人柄、事業計画とその実現可能性を整理し、ときにはアドバイスをしながら内容を詰めていきます。一方、「建物」に対しては建築的な特徴や立地環境、持ち主の思い、ご近所などを見極め、建物の力とまちの力を読み解いたうえで入ってほしい店舗や人を見立てます。
たとえばかつて豆腐屋だった建物の周辺は、住宅が密集する地域で水もきれいなところが多いので、現代の暮らしの文脈に照らし合わせて「パン屋ができたらいいな」と見立てる(妄想する)のです。そのうえで「借り主」と「建物」をすり合わせ、より合う「借り主」と「建物」を巡り合わせようとしているのです。
「建物を見つけて、調べて、妄想しているときが一番楽しいかもしれないですね、大好物です(笑)」。
善光寺門前は「ずるい!?」
借り主と建物だけではなく、借り主同士のマッチングをするのが、2018年から動きはじめたCAMPiTプロジェクト。こちらはNTTの社宅だった築50年の3棟の団地をリノベーションするプロジェクトです。ただ物件として貸し出すのではなく、事前に興味のある人に集まってもらい、見学会やワークショップ、演奏会などを通じて実際に場所を体感してもらって何ができるかを考えながら場所をつくりあげていきます。実際に使うことで生まれる場所の空気感を共有しながら、隣に誰がいるのかも知ったうえで、その場所を選んでもらいます。
現在、住居やアトリエなど、1/3ほどが埋まっているそう。もとは集合〝住宅〟ですが、ともに暮らすことにとどまらずともに働く場所としても創造されていく新しい形が生まれつつあります。
CAMPiTプロジェクトが善光寺門前から少し外れた地域で動いているように、善光寺門前のみならず長野市郊外の住宅地や県全域でも空き家は大きな問題となっています。倉石さんは長野市郊外でも空き家見学会を開催するほか、県の事業で松本市や諏訪市、岡谷市、佐久市、辰野町、伊那市、大町市、千曲市、安曇野市などに出かけて空き家見学会のワークショップを開いています。
どの地域に出かけても魅力的な空き家が多くて興味を持っている人も多い一方、倉石さんのように手のかかる仕入れをし、妄想して主観的にマッチングできてなおかつ、設計も施工も請け負えるワンストップの不動産屋がいないことが次のステップに進めないネックになっているようです。
その点、現在の善光寺門前には倉石さんをはじめ、リノベーションを語るうえで欠くことのできない魅力的な人たちがいて、倉石さんらが立ち上げたCAMP不動産というユニットもあります。プロジェクトごとに人を変えて集まり、終わったら解散するという緩やかな形。
「善光寺門前は面白い空き家がたくさんあって、面白い人がたくさんいてずるいと、ほかの地域の人からよくうらやましがられます」。
まちはひとつの大きなキャンプ場
2018年の暮れまでに、倉石さんが手がけたリノベーション物件は100軒にもおよびます。空き家が多かった頃は事務所が、事務所ができはじめると働く人が立ち寄る飲食店や雑貨店などができ、その人たちの住居もできて、お店が増えると観光客が増えて今度は宿ができて…と、まちが次第に肉付けされていくように変化していきました。
善光寺門前のリノベーションが大きく動きはじめてから約10年。30代、40代が主導していた初動期から「今はリノベーションが当たり前という10代、20代の第二世代、第三世代が登場し、新しいメディア、新しい事業を生みつつあります。誰も〝まちづくりをしよう!〟と考えて動いているわけではないのに、まちの使い方が変わりつつあって、新しいコミュニティが生まれてきています」。
なぜ、今、善光寺門前なのか。
「みんな肌感覚で集まってきている印象です。要因を突き詰める必要はなくて、今こうあることを受け入れて、まちを楽しむだけでいいと思っています」。
そんな善光寺門前のことを〝大きなキャンプ場〟と倉石さん。
「魅力的な山があって、まちがあって、好きなところにテントを張って、好きな人とバーベキューをしたり、ときには遊んでみたりというイメージです」。
そのなかで倉石さんが模索するのは、行政がやってきたサービスを民間として請け負うこと。キャンプ場の受付がテントを貸してくれたり、バーベキューの道具を用意してくれたり、危険な場所を教えてくれたりするように、民間の会社がまちの受付になって家のメンテナンスや小さなお遣いを引き受けたり、たまにはイベントをしたり、お店を案内したりと、建物にとどまらず、暮らしや地域のさまざまな手配を、利用料をもらって請け負い、まちを面白く、便利に管理していくビジネスです。受付である民間の会社がすべてこなすのではなく、まちにいるガイドが得意な人、工事が得意な人、イベントが得意な人を紹介しながら担っていくイメージ。
「CAMP不動産が目指すところはそこなんだと思っています」。
善光寺門前をベースにコミュニティを紡いできた倉石さんだからこそ妄想することかもしれません。
自身も古い建物をリノベーションしてつくったシェアオフィス「東町ベース」を運営し、現在は自身の事務所もそこに構えます。そんなMYROOMの事業内容には「空き家の未来をデザインする会社」という一文がありますが、倉石さんの思いや動きは、空き家の未来をデザインしながら、まちの未来をもデザインするもの。善光寺門前で生まれた小さな不動産屋が、大きく、大きくまちを動かしつつあります。
MYROOM
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