No.376
荒井
君江さん
縄文編み・原始布作者
縄文人の知恵、自然への思いを
子どもたちに伝えたい
文・写真 宮島悦雄
昔の人はどんな服を着ていたのでしょうか。肖像画などが残る時代になるとわかりますが、それ以前になるとよくわかりません。出土品などを丹念に調べて、想像しながら古代人の服を再現する―そんな取り組みをしているのが荒井君江さんです。荒井さんの編み物は縄文編みと呼ばれ、イベントなどを通じて素朴な技法を覚えたいという人も増えています。篠ノ井の荒井さんを訪ね、素材となる草木の繊維や再現した古代の編み具を見せてもらいながら話を聞きました。
縄文土器の底に残る布跡から再現
荒井さんはこれまで千曲市の「さらしなの里歴史資料館」や長野県埋蔵文化財センター(長野市篠ノ井)の依頼で、展示する縄文服などの製作を手掛けてきました。荒井さんの編み物は「縄文編み」、織物は「原始布」などとも呼ばれることが多く、さっそくどんなものかうかがうと、困ったようにはにかみながら、
「じつは正式にそう命名されているわけじゃないんです。誰が最初に名付けたのかもよくわかりません。栄村の秋山郷などに残る民俗例を参考にして、古代で使われていたであろう編み具を再現して、近くの山野に自生するクワやクズ、カラムシ、シナノキなどの皮から繊維をとって編んだものです。編み方は俵編みなどと同じアンギン編み。出土した縄文土器の底に、この編み物の跡が残っていて、粘土で土器を成型するとき編み物の上に置いて製作したんだろうと想像されています。それを研究しながら再現してみました」
と、ゆっくりとした口調で答えてくれました。ちょうど午後の日が傾く時間帯で、薪ストーブの前に座る荒井さんの回りには、現代とは別の時間、いわば古代の時間が流れているような錯覚に襲われます。見せていただいたタペストリーやコースターのような敷物も、枯れた草の風合いがそのままで、不思議と心が落ち着きます。
長野県埋蔵文化財センターの展示室に展示されている縄文服。国宝土偶「仮面の女神」に描かれた文様をイメージしながらデザインした(荒井さん提供)
「草木の布」から縄文服へ、興味は古代へさかのぼる
荒井さんは、若い頃は空間演出デザイン、彫刻など美術の勉強をしていました。その頃、『忘れられた日本人』の著者で民俗学者の故・宮本常一先生が指導されていた民俗学の研究室を訪れる機会がありました。先生は、荒井さんが長野県出身と知り、「長野県には伝統的なものや古いもので素晴らしい手作りのものがたくさん残っているよ」とアドバイス。荒井さんは帰郷してから、宮本先生から聞いた「素晴らしい手作りのもの」を見つけようと、紬工房で下働きをしながら織物を学びました。
やがて絹糸よりもっと自然に近い素材を試したくなり、クズ、カラムシ、クワ、コウゾなどの草木から繊維を採集して糸を紡ぎ、「草木の布」を織るようになりました。そんな折り、当時の戸倉町に開館することになった「さらしなの里歴史資料館」から声をかけられ、資料館に展示する縄文服や原始機(古代の織機)等の製作を依頼されたのです。
「できるだけ当時作られていたと思われる原始的な技法で仕上げたかった。だから想像しながら編み具や原始機なども作ってみました。鹿の皮をなめして漆で縄文時代の文様を描いた衣服も作ったのですが、毛皮をなめすところから自分でやったので、あれは大変でした」
その後、「さらしなの里歴史資料館」に勤務するようになり、編布(アンギン)や網代(アジロ)などの編み物、古代の織物を研究し、同館のイベント等で子どもたちに縄文服づくりや復元した編み具の使い方を指導したりしてきました。最初に作った鹿皮の縄文服をはじめ、荒井さんが作ったさまざまな編み物や編み具、原始機は、今も同館に展示されています。
「こんな織り具もあったんじゃないか」と想像して製作した弓状織り具の使い方を教えてくれた
素材となる草木
縄文時代は豊かな時代だった!
平成27年に同館を退職してからは、それまでの研究を続けながら、長野県埋蔵文化財センターの依頼で縄文服を作ったり、同センターが主催する「考古学チャレンジ教室」で古代の編み物の指導をしています。
「復元の仕事をしていくなかで、縄文人は私たちが想像する以上に素材の扱い方を知っている。自然の恵みを巧みに利用する知恵や技術を持っていたことを感じられ、とても感動しました。食べ物の知識も豊富で、自然とうまく共生していて、じつは豊かだったんだと思います。作っているときもそれを使うときも自然への感謝の気持ちが湧いてきます。私が作る服なんて、縄文人から笑われるかもしれませんが…」
と笑う荒井さん。これまでいろいろな人たちに出会い、指導してもらいながら経験してきたことを、これから恩返ししたいと言います。埋蔵文化財センターの「考古学チャレンジ教室」など、イベントに呼ばれれば積極的に参加して、縄文人の暮らしの一端を見てもらいながら、自然への感謝の気持ちを子どもたちに伝えていきたいと、今の思いを語ってくれました。
アンギン編みにチャレンジ(荒井さん提供)
荒井さんが草木から作る編み物
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会える場所 | 電話 荒井さんの作品が見られる場所 千曲市さらしなの里歴史資料館 |
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