長野駅前から歩いてほどない場所にある南石堂町には、国内では珍しい厚生労働省認定の犬の美容師、トリマーを養成する職業訓練学校があります。

「うちは半年間の授業ですが、非常に濃く深い授業をしているので、1年から1年半くらい学んだのと同等の経験値になります。でもその分、非常に厳しいですよ。生徒には最初に、覚悟しときなさいと言っていますから」

その気迫ある言葉に尻込みしそうになる私に対して、お茶をすすめてくれたのは、講師の深井幸一さんです。深井さんはJKC全犬種審査員、JKCハンドラー、JKC訓練士という肩書を持ち、確実な技術と実績を持つことで定評があります。

ご自身でも強面と称する深井さんですが、犬を抱きかかえると、その表情は和らぎ、口調も緩やかになります。やはり犬好きに悪い人はいないと言葉を思い出した瞬間でした。

「最近は、トリマーの需要が多くなってきている分、トリミングが雑になってきているなぁと感じます。だから下の世代にきちんとしたノウハウを伝えたいんです」

そのため、授業では深井さんの檄があちこちで飛びます。しかし、生徒さんの顔は真剣で、深井さんの一挙手一投足に視線が集中します。

深井さんは子どもの頃から動物全般が好きだったといい、平成23年に講師になるまで38年間、ペットショップを経営していました。

「とにかく動物が好きですね。犬は特に格別。今まででトリマー以外に、全犬種審査会やドッグショーなどでの審査員も含めると、何万頭という犬を見てきましたよ。一日に多い時は300～400頭の犬に会いましたね。全国はもちろん、台湾でも審査員として呼ばれたこともありましたし、とにかく犬が好きじゃないと出来ませんよ」

そんな深井さんだからこそ、犬に対する思いは人一倍。授業もシャンプーやリンス、カットなどのトリマーとしての基本知識や技術はもちろんのこと、犬全般のサービスが出来る人材を育てようとしています。

「トリマーは髪を切るだけではダメ。だから、うちはお産の練習も生まれた子犬の蘇生もさせますよ。それに、使った教室の消毒や掃除などの衛生面も徹底させます。飼い主からしたら、犬のことをトータル的にわかっているトリマーなら安心して預けられるでしょ。犬も人間も一緒ですよ」

厳しさの中にも愛情が垣間見える深井さんの言葉からは、業界を担っていく後輩への期待が感じられました。

現在までに、深井さん本人が認める弟子は、県内をはじめ、山梨、千葉、新潟、石川と全国に15人ほど。厳しい指導のもと育った教え子だからこそ、安心して世に送り出せると胸を張ります。

そんな百戦錬磨のドッグ会の重鎮、深井さんが好きな犬は、『いい犬』だそうです。

「いい犬というのは、欠点がない犬ですね。全犬種審査では、犬の性格や尻尾の巻き方まで審査されますから」

今後は、犬の訪問介護を広め、アニマルセラピーを医療に取り入れたいと展望を語ってくれました。

帰り際に披露していただいた深井さんの直々のドライングに、見たこともない気持ちよさそうな表情を浮かべるワンちゃん。それを目の当たりにした坊主頭の私は、春先にでも髪の毛を伸ばしてみようかなぁと思いました。